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怒らないすゝめ

※注意事項

 こちらの記事は「いつも怒ってる人」「怒る練習をしている人」または、それに準ずる人に向けて書いた、怒ってる人向けの記事です。

筆者は日本一温厚な人間です。怒らないことこそ人生の幸せと考えており、エビデンス0の私の経験則に基づいたお気持ちの垂れ流しとなります。

本編には説教的な表現が含まれます。メンタルの弱い人は読まないでください。また、更年期障害、月経前症候群、精神疾患、発達障害、認知症の人を馬鹿にする意図は一切ありません。誰かの反論でもありません。あくまでもいつも怒ってる人に向けた内容となっております。

以上を踏まえて、読みたい人だけ自己責任で読んでください。途中で合わないと思ったら読むのをやめてください。
無料のブログのため、一切の責任は負いません。
クレームも一切受け付けません。

① 怒らないすゝめ

天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずといえへり

されども、今廣く此人間世界を見渡すに、

かしこき人ありおろかなる人あり貧しきもあり冨めるもあり貴人もあり下人もありて

其有様雲と坭との相違あるに似たるは何ぞや
 

福沢諭吉著 「学問のすゝめ」より引用

『学問のすゝめ』は私の大好きな本の1つです。本の内容をザックリ説明すると、

「すべての人間は生まれながらにして平等であると言われているが、実際には賢い人と愚かな人、貧しい人と富んだ人、身分の高い人と低い人がいて、雲泥の差がついている。その不平等な差を埋めるために勉強して自分を磨くことをお勧めする」といった感じです。

本の発売当時の時代背景としては、1872年、明治5年(廃藩置県の翌年)で、全国で200万人の武士が一斉に“失業者”となった社会です。

「このままじゃ色々とやばいから、みんなで勉強してなんとか乗り切ろうぜ!」って状況だったみたいです。

さて、大正・昭和・平成と時代を超えて令和となった今、状況はだいぶ変わったと思います。

もちろん今でも勉強は大切ですが、昔ほど最重要課題では無くなってきた印象です。少しずつ常識は変わってきています。

ここ10年だけで見ても、大企業がいくつも潰れています。「一流大学を出て、一流企業に就職。終身雇用で死ぬまでぬくぬく会社の世話になる」なんて時代があったことが嘘のように、みんな転職をしたり、独立したり、起業したり自由に生きている社会になりました。

スマホ1つで金を稼げる時代です。YouTubeや仮想通貨も台頭してきて、1発当てて億万長者になった人間も沢山います。

こういった多様性ある生き方が出来る時代で、勉強だけが不平等の差を埋めるものでは無くなってきています。

私から言わせれば、勉強なんて真面目に授業を聞いて宿題をちゃんとやっていれば、平均点くらいは取れますし、これだけ塾や参考書やネット等でも勉強が出来る時代に、勝算もなくあえて勉強しないやつは怠惰な愚か者ですが。

では、令和の時代において何が不平等の差を埋めるものなのか?それは、

『怒らない』

です。これは私の持論ですが、ほぼ間違いないと思っています。

人生において何か目的を達成するためには、怒らないことを強くお勧めします。なぜ怒らないことをお勧めするのか?

具体的に、いつも怒ってる人達の実例を交えながら説明していきます。

② 何故いつも怒っているのか?

 アンガーマネジメントという言葉が、一般的になってきているように、人間関係を構築する・教育や仕事をする上でも、怒りの感情のコントロールが大切である事が一般常識になりつつあります。

積極的に研修などで取り入れている企業も増えてきていますし、関連するセミナーの開催や、本なども多く出版されております。

ここで私がアンガーマネジメントの真似事で「怒るのは科学的にも心身に悪影響を及ぼす事が判明しています」みたいな事を書いても、いつも怒ってる人達が読んでくれるはずがないので割愛します。

これだけ怒ることが損とされる社会で、何故いつも怒っているのか?

もっと不思議なことに、あえて『怒る練習』をしてる人達もいるみたいです。

時代は回ると言いますが、まるで昭和初期の男尊女卑、亭主関白と呼ばれていたカミナリ親父が、フェミニスト女性として現代に生まれ変わったみたいですね。

どうして練習をしてまで怒る必要があるのか?もしかしたら、のっぴきならない事情があるのかもしれません。てか、そうでもないと説明がつきません。

まずは相手の考えを知りましょう。こちらから歩み寄りましょう。

タイムリーにフェミニストが記事をあげていたので、読んでみることにします。

何を言ってるのか分かりにくく、引用できる部分はあまりありませんでしたが、「喜怒哀楽という自分の感情を大切にするほうがポジティブだ」的なことが書いてありました。

唯一引っかかったのが、こちらの部分。


「怒らずにいられるような構造的に優位な立場にある」

という場合も多い事は自覚してほしいけれど、

なるほど。優位な立場に置かれているから怒らずに済んでいるという意見ですね。これは一理あるかもしれません。心に余裕がないと怒ってしまう事はありますよね。データが少ないのでもう一つのブログを確認しましょう。

こちらはフェミニストの著名人、石川さんのブログです。当時かなり話題になりましたね。こちらなら有力な情報を得られるかもしれません。引用します。

私は、差別されている側の人が自分も怒る権利があるんだということを知って欲しくて怒っています。

誰かに許可を得なくても、私たちは同じ権利をみんな持っているんだということを知って欲しくて活動をしています。

なるほど。石川さんは権利の主張として怒っているみたいですね。石川さんはもともと感情的な人間ではないが、"あえて"怒っているみたいです。

わきまえないに通ずるところがありますね。 Twitter上の演出みたいです。エンターテイナーですね。さらに読み進めます。

どうか、許せないと思ったなら、自分のためにも怒ってあげてください。
怒りを、自分で勝手に「いけない感情だ」と決めつけるのはやめてください。

自分の人としての尊厳を守るための大切な感情です。

どうか、自分を一番に大切にしてあげてください。

全ての人が自分のことを一番大切にすることができれば、人を傷つけたい人もきっと少なくなっていくと思います。

私が目指すのはそんな社会です。

いや、どんな社会だよ!みんなが怒りまくってたら争いしか生まれないだろ!

なんてツッコミで思考停止するのはやめましょう。

石川さんは「怒れる人は自分を大切にしてる人。自分を大切にしていたら他人を傷つける人は減るだろう。」って意見みたいです。

これは思想・笑い関係なく、マジレスで反論しますが、

他人を傷つけない人は、『自分を大切にする人ではなく、他人を大切にする人』だと思います。

石川さんの言葉を借りて訂正しますが、

「どうか、他人を一番に大切にしてあげてください。全ての人が他人のことを一番大切にすることができれば、人を傷つけたい人もきっと少なくなっていくと思います。私が目指すのはそんな社会です。」

これが目指すべき形の理想です。このブログの締めの完全なる真逆の結論が、悪循環の最大の原因だと考えます。

そもそも、自分を特別扱いする事と自分を大切にする事は全く別次元の話です。他人の気持ち関係なく怒りまくってる人は、自分を特別扱いしてるようにしか見えません。

みんなが自分を大切にする(特別扱いする)社会だと、他責思考となり、他人に思いやりのない殺伐とした争いの絶えない社会になるだけなんです。

目指すべき形は、優しさの連鎖、思いやりの連鎖です。みんなが他人を大切にする事で、必然的に自分も大切にしてもらえます。

では、なぜこのようなズレが生じるのか?

どうしても私には理屈として理解が出来ません。とにかく自分が可愛い、自分だけが幸せならそれで良い。そんな人間ばかりだから、この世から戦争がなく無くならないんですよ。

これは視野を広げるしかありません。日本の意見だけでなく、世界へと視点を広げてみましょう。アメリカを拠点に活躍されている、世界でも代表的なフェミニストのツイートで検証してみます。

角野卓造、じゃねーよ!

いや、違うか。とてつもなく怒ってる事はよく分かりましたが、何が言いたいのか全く分かりません。

むしろ怒っていることしか分かりません。

3人の著名なフェミニストの意見を読みましたが、まだ怒っている理由がよく分かりません。ここは女性だけでなく、男性の意見も検証してみましょう。

男性フェミニストのパイオニア、勝部先生の意見です。これは今までで見てきた中で1番理解できる主張ですね。

「女性は怒ってはいけない、ニコニコしていなさい」というモラハラ男性が多いから、怒ることが効果的であるという主張ですね。

なるほど。主張としては理解はできますが、内容が全然ダメですね。

『女性に癒しの役割を押し付けて怒る権利を奪い、相手を支配・搾取しようとするモラハラ男性』

に対してのみ限定的には有効ですが、

代償として怒りの沸点が低くなる

なんて、リスクとリターンが全くあってません。

制約と誓約でこの能力を選んだら、グリードアイランドに行ってもモタリケみたいな未来しか待っていませんよ。2度と現実世界に戻って来れません。

こんなポンコツ能力、絶対にチョイスしたらダメです。容量(メモリ)の無駄遣いです。

しかし、これで全てのピースが揃いましたね。

以上を踏まえて、フェミニスト達の意見を整理します。

・怒るという感情だけを抑えるのはやめよう。怒りも自分の1つの感情としてポジティブに表現しよう。

・怒るのは自分が持ってる自分の尊厳を守るための権利。自分を一番大切にしよう。

・反射的に反論するエクササイズ・怒る練習をしよう。私達はもう黙らない。

・フェミニストは怒るのが仕事。

・モラハラ男性が多いから、沸点が低いのはプラスに働く。

....結局、怒る練習をする意味はなんなの!?

③ その怒りは本当に正しいのか?

 フェミニストの事例から、いつも怒っている人達について考察した結果、彼女たちが怒っている理由が見えてきた気がします。

分かりやすく言うと、彼女達は外敵から自分の身を守るために怒っているんです。野生動物が威嚇をしているのと同じですね。

拾ってきた野良犬が、相手の敵意関係なく、近づく人間全てに噛み付くのと全く同じ心理だと思います。

しかし、野生動物が保護された時、いつまでも敵意のない人間に対して威嚇をし続けて、噛み付いて、果たして幸せになれると思いますか?

ましてや野生動物ではなく、心ある人間なんです。一度立ち止まって自分自身に問いかけてみてれませんか?

「あなたが今怒っているのは正当な理由ですか?」

タイムリーな話題で言えば、kutooの支持者である高校生が、石川優実さんに対してアドバイスをしたところ、袋叩きにされるという事案が発生しました。

ネットニュースにもなっておりますので、興味がある人は読んでみて下さい。

これは、反射的に反論するエクササイズ・怒る練習が完全に裏目に出てしまった典型的な例だと思います。

本来であれば味方であるはずの人間を、ほんの少しの意見の食い違いだけで敵認定してフルボッコにしてしまったのです。

今まで積み上げてきた、①功績②賛同者③信用を同時に失う最大の悪手だったと思います。

なぜこのような失態を犯してしまったのか?怒りという感情のせいなのか?違います。

勘違いして欲しくないのが、大前提として「怒り」という感情そのものは悪ではありません。人間にとっての大切な感情の一つです。

このような悲惨な結果を生んだ原因は、「怒り」という感情が存在する事ではなく、その怒りが本当に適切かどうか判断もせずに、反射的に怒ってしまったからなんです。

そもそも自分という存在価値は、他人からの評価でしか測ることが出来ません。

どんなにフェミニストやアクティビストを自称しても、周りから感情的で怖い人だと思われたらそれで活動家としては終わりなんです。意見を聞いてもらう前に、言論の土俵に立つ事もできません。

肩書きとは、自称するだけではなく他者に評価されて決められていくものでもあるんです。自分ルールだけを優先しているうちは、ただの独りよがりの自慰行為でしかないんですよ。

ここで、Twitterのアンケートを駆使して短期間で8000フォロワーを獲得した新進気鋭のフェミニストである綾野辻子さんのツイートをご覧下さい。

ヴィーガンの併用に関しては完全に意味不明なので飛ばしますが、これは素晴らしい発言です。今後フェミニスト界隈を背負っていくのは彼女かもしれませんね。

結局のところ、ずっと怒っているとただの怒ってる人になってしまって、その人の論や主張は届かずにそこで終わってしまうんですよ。

例えば電車の中で大声で怒鳴り散らしてるおじさんの意見を誰も聞きませんよね。Twitterの目的は、公共の場における会話に寄与することです。Twitterで怒鳴り散らすのはそれと同じ事なんです。

フェミニストの「怒る事は自分を大切にしていることだ」という主張をよく見かけますが、これも真逆です。

むやみやたらに怒りまくる事で、そういう人間だと認識され、意見が通らずに、結果的に損をして自分自身を傷つけてしまっているんです。

そして、最大の間違いが「フェミニストは怒るのが仕事、怒って社会を変えている」という主張です。

厳しいことを言いますが、フェミニストが怒っても社会は1mmも変わないんですよ。

「言うことを聞かないと、怖いことをされるから謝っておこう。」とその場凌ぎの対応をされているだけなんです。

こちらのツイートがロングセラーの珍しい伸び方をしています。これは本当に真理だと思っていて、

怒ることで変わったのは周りの人間からの評価、あなたから見える世界だけなんです。

それで社会を変えたと錯覚しているのなら、あなたは無意識に悪質なクレーマーに成り下がっているだけなんです。

そうならないためにも、反射的に反論するエクササイズをしたり、怒る練習をするのではなく、一回冷静になるしかないんです。6秒でいいんですよ。

あなたのその怒りが、本当に正しい怒りなのかどうか、毎回一呼吸置いてチェックするクセをつけましょう。怒りは一瞬なら止めれます。

(出典:HUNTER×HUNTER・ジャンプコミックス)

④ だから私は怒らない

 そろそろ怒ってる側の人間を擁護させて下さい。もし、怒ってしまってこのnoteを途中で読むのをやめてしまった人がいたらごめんなさい。

でもそうやって怒って読むのをやめたせいで、擁護の部分を読むことが出来なかったんですよ。ほら。また損しました。そういうところですよ。

さて、怒っている側ばかりにアドバイスをしてきましたが、「必要のないアドバイスは加害行為」と、社会活動家も言ってました。

「普段頼まれてもいないのに社会にアドバイスをしてるやん」なんてツッコミは野暮なので置いておいて、この機会に私は怒らせた側にも声を大にして言いたいことがあります。

そもそも怒らせようとした側が悪い

この一言に尽きます。相手の論に対する批判や、矛盾を指摘するのは問題ありませんが、議論外での容姿の揶揄や誹謗中傷は最低です。

そんな事をして議論ごっこした気になっているのでしょうか?私もフォロワー7000人に到達するまでTwitterをやってきたので分かりますが、心無い言葉やデマの拡散は精神的にとても疲弊します。

代表的なものでいえば、わざわざ自分の本アカウントを削除してまで「集団通報されて凍結させられた」と自爆テロを仕掛けてきた『りあむ自爆テロ事件』です。

このように、常人では到底想像も付かないような常軌を逸した行動を平気でしてくる人間が一定数いるんです。

しかし、怒って冷静さを欠いて感情的に大騒ぎしていたら、これだけの証拠を掴む事は出来なかったと思います。証拠を消されていたら終わりだったので。

これ以外にも誹謗中傷は日常的に続いています。

最近凍結から復帰された、不死鳥フェミニストのmさんと、ハードボイルド日本代表のゴクラクトンボさんによるコンボ攻撃です。

無関係な私の嫁(妻)への個人攻撃かつ、事実無根の誹謗中傷です。シンプルな名誉毀損です。

ここでも、冷静さを欠くことなく粛々と証拠保全と拡散に努めました。このような心ない発言は、フェミニスト陣営にとっても深刻なダメージになるからです。そのために込み上げる怒りを必死にコントロールしました。

怒ることによるデメリットは他にもあります。誹謗中傷に対して感情的に怒ってしまっては相手の思う壺なんです。

相手は怒らせるためにワザと誹謗中傷をしているので、感情を荒げて怒ってしまっては相手に主導権を握らせる事になります。相手の望みを叶えてやる義理はありません。

それに、周りの人は見てくれています。私自身が感情的に怒らなくても、多くの人がツイートを見て助けてくれました。フェミニストのあんなさんですら「それはやめよう」と本人を直接静止してくれました。

托卵名誉毀損騒動の時は、フォロワーさんに沢山の励ましの言葉を頂きました。

この場を借りてお礼します。あの時は本当にありがとうございました。いつも応援してくれる皆様に支えられて活動が出来ております。感謝してます。

それでも、誹謗中傷はまだまだ続きます。ツイート以外にも、質問箱を使ってこのような質問が送られてきます。

これも質問の意図は分かりませんが、おそらく嫌がらせだと思います。常識的に考えて他人に向かっていきなりこのような質問はしませんよね。

Twitterがそもそも匿名なのに、質問箱でさらに匿名性を高めて嫌がらせをするなんて、どういう教育を受けたらそのような腐った人間性になれるのか不思議でなりません。親が泣いてますよ。

それでも感情的に怒ってはダメです。仮に私が、

「誰が知的障害者だ!無礼者!差別するな!悪口はやめろ!」

とブチ切れたとしましょう。

私の反射的な怒りによって、無関係な知的障害の方達が傷つきますよね。そうなれば憎しみの連鎖が増えるだけなんです。

障がい者になりたくてなった人などいないと思いますし、障害=悪口として拡散してしまえば、新たなる差別を生み出すだけです。

これに関連して、ついでに苦言を呈しておきますが、プラスサイズモデルなのに「デブ」と言われてブチ切れするのもナンセンスだと思います。

もちろん、上述の通り、悪口を言う方が悪いに決まっています。

それでも、「太っていて何が悪いのか。ありのままの自分を好きになろう。」という活動をしているのだから、そこで悪口として怒ってしまったらいつまで経ってもマイナスイメージから脱却できません。

「ありがとう。ふっくらしてて素敵でしょ?」くらいの心の余裕がないと、せっかくの素晴らしい活動の効果が半減してしまいます。

それに、心ない悪口は周りの人間がしっかりと批判してくれます。Twitterにいると見失いそうになりますが、世の中には優しい人が沢山いるんですよ。

繰り返しますが、怒りたい気持ちは十二分に分かります。私も一通りのネットリンチを受けました。

それでも、損得で考えたら感情的にならない方が得なんです。匿名でしか悪口を言えないタイプに対して、感情を荒げて汚い口調で怒る方が損なんですよ。

そんな弱虫に自分の感情を動かさせられた時点で負けなんです。Twitterはその場で対応しなくても良いツールです。嫌なことがあれば、一旦スマホを置いて一呼吸おけば良いだけです。

頭を冷やしましょう。そして心に余裕を持って、オシャレに言い返してやりましょう。

⑤ まとめ

 ここまで読んでもらったら、もう理解されたと思います。冒頭の話に戻りますが、やはり不平等の差を埋めるには『怒らない』事がとても重要になってきます。

そのことを、『自分の感情を抑え込んで、自分を大切にしていない』と勘違いしないでください。

感情に支配されるのではなく、感情を支配するんです。たったそれだけの事なんです。

怒りはマイナスの側面だけではありません。強いモチベーションにもなります。

「こいつらを見返してやろう、一泡吹かせてやろう。」どんな動機でも、プラスの力に変えて行動するエネルギーに変える事が出来たら勝ちなんです。

そうやってマイナスをプラスに上手に変換していくことで、生まれ持った不遇による差を埋めていけるんです。

遠道にも見えますが、何事も急がば回れです。近道なんてこの世には存在しません。人生もTwitterもマラソンなんです。私もこのポジションに到達するまで9年かかりました。7年間いいね0でした。

いっときの感情に流されて、著名なフェミニストのようにその場凌ぎのダブスタを決め込んだり、著名な害鳥のようにデマを拡散しても、どんどん自分自身の社会的信用を落とすだけなんです。

ほんのちょっとロジハラをします。

あえて皮肉でこのような言い回しをしましたが、強い口調や汚い言葉を使うことで、より一層自分の意見は通らず、どんどん自分の周りから人が離れてしまって結果的に損をするんです。

正直な話、反射的に反論するなんて、社会活動家としては1番やってはいけないことなんです。

ここで、かつてフェミ騎士と呼ばれて私と対立関係にあったマスナリジュン氏の有り難いお言葉を引用させて頂きます。

素晴らしい言葉です。私とマスナリ氏は思想的には今でも水と油です。今でもお互い理解できないところの方が多いです。

しかし、こういった真摯な姿勢には、敵味方関係なく素直に人間として尊敬しております。

いつも怒ってる人達は、相手に対して最低限の敬意を持っていますか?自分の胸に手を当てて考えてみてください。

どんなジャンルにおいても、大切なのはスポーツマンシップです。議論するのも、レスバするのも悪いことではありません。しかし、いつまでも啀み合って罵り合いをして誰が幸せになるのでしょうか?

誰かを幸せにするために始めた社会活動で、みんなが不幸になってしまっては本末転倒です。

目指すべき社会はみんなが他人のことを大切にできる社会です。

議論やレスバがひと段落ついたらノーサイドです。いい加減、敵と味方をハッキリと分けて戦争ごっこするのはやめにしませんか?

私は今までもこれからも「怒らない」ことをお勧めします。1人でも多くの人間が『怒らないすゝめ』を読んで、幸せになる事を祈っています。

⑥ あとがき

 長々と読んでくださり、ありがとうございました。最後まで読んでもらえただけでも本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

フォロワー5000人から6000人までは2ヶ月かかりました。6000人から7000人はちょうど半年かかりました。

この辺が私のコンテンツとしての限界地点なのかもしれません。それでも、何年かかってもフォロワー1万人までは頑張り続けます。

フォロワー1万人到達記念でどうしても書きたいnoteがあるんです。それは私がこの活動を始めて、1番伝えたかったことです。

私はTwitter以外には何の才能も能力もない空っぽ人間です。こんな自分でも伝えられる事がある限り、この命尽きるまで発信を続けていきますので、もうしばらくお付き合い頂ければと思います。

末筆ではございますが、皆様のご健康とご多幸を心より申し上げます。

トゥーンベリ・ゴン

(出典:ONE PIECE・ジャンプコミックス)

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