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確立から充実、そして維持へ:除雪事業のSDGs

 気づけば、持続可能でよりよい世界を目指す国際目標として、SDGsと呼ばれ定められた17の目標達成時期まであと7年。実は、SDGsは2030年までの努力目標として掲げられたものなので、かなり切羽詰まっているのだ。先進国の押し付けだ、エゴだ、との批判的な意見もある一方で、環境主体で地球全体を見たときに、急激な地球温暖化、気候変動に世界が一致団結して対応して行こう、と呼び掛けた危機感からくる提言である。ここには先進国の実体験からくる焦りもあるだろう。人口減少が進み、今まで時流に乗って開発、発展、進展とすそ野を広げてきた社会構造は維持しきれなくなっている。新興国の発展について「もっと環境を考えて」とコントロールを促すための提言でもあるかもしれないが、実は「持続可能な」の部分に大いに後悔と反省の自覚が滲み出ているのではないだろうか?
 SDGsのSはSustainable(サスティナブル):保全、保持、維持すると言う意味で、同義語に「maintainance(メンテナンス)」があるが、実は英語圏において、この二つの語彙から受ける印象は少々違う。メンテナンスの方は日本語の「保守点検」のイメージに近く、「持続させる」という可能性が大前提としてある。しかしながら、このサスティナブルという語、努力していかないと持続できない、という危機的な悲壮感をはらんだ「維持」であるらしい。

 札幌市の除雪事業も実は今「サスティナブル」が課題だ。札幌市がアメリカ式の除雪機を初めて購入したのが1950年。その後1972年に札幌オリンピックを成功させ、日本経済の好調期と相まって札幌の除雪事業は公共事業として様々な投資がされてきた。そんな中、1986年、第三次札幌市長期総合計画に雪対策は盛り込まれ(つまり大きな予算がついて)、21世紀を展望する枠組みの中で10年計画の「雪さっぽろ21計画」が策定される。1991年から2000年までを念頭に置いたその計画には「除雪水準の確立」「施設の整備」「ネットワークの形成」など、システム構築の黎明期だったことが伺える語彙が並ぶ。しかしながら、札幌市から発行されている計画概要便覧の扉を見ると、決して意気揚々と明るい未来を思い描いて企画した楽観的な未来都市計画などではなく、生活水準の向上により市民意識が変化し、快適性と利便性への志向が強まっていること、急速な高齢化、新たな社会資本の蓄積が困難になっていくこと、などに言及されていて、右肩上がりではなくなった未来を想定してこの対策は急務、と考えて取り組んでいたことが伺える。「体力がある今のうちにシステムを確立しなければ」という使命感があったのだろう。
 「雪さっぽろ21計画」の大きな成果として、道路除雪のために道路を4種類に分類し、それぞれに降雪量と必要な除雪業務の基準を定めたことだろう。それまで国道、市道、生活道路とそれぞれ行政区ごとに除雪担当が分かれていたものを、マルチゾーン方式として地域ごとの除雪センターを配置し、各地域での降雪量や気象に合わせたスムーズな出動と対応が出来るように試行を重ねたのもこの時期。また、生活道路についてはそれまで市からのトラック貸与のみであった排雪事業を、「パートナーシップ制度」と言う形で住民と市との協働事業も策定されている。
 この道路にどれくらい積もったら出動するのか、と言う基準の策定と、現在でも活用されているマルチゾーンと言う概念を創出、そして市民と市との協働、と言う雪対策に対する姿勢を打ち出した10年だった。なお、この間に粉塵が公害として問題になっていたスパイクタイヤが、スタットレスタイヤへ移行するよう義務化されている。

 第2期雪対策の10年計画として策定されたのが「札幌市雪対策基本計画」。過去半世紀で得られた経験蓄積の中から、社会経済情勢、市民ニーズ、現状問題点などを分析し、①道路交通の安全性・定時制の水準確保、②市民・民間企業・行政の協働による冬の生活環境の向上、③環境負荷の軽減、④情報の共有という4点を重点課題として挙げている。先の「雪さっぽろ21計画」を踏襲して、ここでは「充実」「効率化」というキーワードが目に付く。
 この時期に注目したいのは「ロードヒーティングに替わる路面管理手法の確立」が検討されていることだ。
 スタットレスタイヤになったことで、ソロバン道路と言われるコブ路面やタイヤ熱で生成されるツルツル路面が問題になった。その時に応急的な措置として取り入れられたのがロードヒーティングである。現在40代の記者はロードヒーター全盛期に学生時代を過ごしているので、ロードヒーターがどんどん拡充、増設されるものとばかり思っていた。だがしかし、ロードヒーターは導入当初からそのコスト面で「一時的な応急措置」という立ち位置だったらしい。人の命には替えられない、しかし未来の市民に高コストな設備は残せない、ということで、耐久年数を過ぎたロードヒーターは次々と撤去されており、現在稼働しているのは本当に危険な個所と認定されているごく一部らしい。ロードヒーターの耐久性が続く間に、より高性能なスタットレスタイヤの開発、凍結抑制舗装の拡充、より安価な凍結防止剤散布のシステム構築が急がれていたことが伺えた。
 この第2期の間に札幌市の除雪制度はある種の完成期を迎える。市民懇談会を開き、行政と市民、そして民間企業が関係性を構築しながらまちの課題を共有していく、という機会をつくり、当初から懸念材料であった少子高齢化、厳しい財政状況がいよいよ無視できない現実となって来ていることを、なんとか自分事として市民に認知してもらおうとしていたことがわかる。除雪システムやセンターの配置などのハードインフラ整備にとどまらず、この時期には学校教育や社会教育との連携を実現する目標の一つに掲げている。現に、札幌市は地域学習の取り組みとして小学校4年生の社会科の副読本に「私たちの冬の暮らし」を作成し、講師の派遣やオンライン上では充実した資料の配布などもこの頃から行っている。無尽蔵ではない財政、変化のスピードが加速する社会、より対応力が求められるようになった気候変動、どれも待ったなしで迫ってくる中、いよいよ人材育成、認知、意識の共有といったソフトインフラの必要性が2000~2009年度に提起されている。

そして2009年から2018年度、ちょうどリーマンショックの後の第3期10年計画の名称は「札幌市冬のみちづくりプラン~協働で支える雪対策~」である。ここでのキーワードは「維持」「確保」。そして市民参加と協働が根強く謳われている。「みちづくり」というひらがなには自分たちが使う道なんだよ、と言う身近さを感じてもらうための仕掛けを感じるし、過去20年間の間に進めてきたシステム構築のよりきめ細かいルールーやマナーの確立が見受けられる。ただ、「雪堆積場や除雪業務人材の確保」というフレーズにはいよいよ焦燥感を感じるし、「除雪体制の維持」という表現には危うさすら感じる。つまり、この時期にサスティナブルへの転換へ、本気で舵を切ったことになるだろう。この時期の計画には行政が何をするか、市民、企業がどんな取り組みをするか、ということを分担業務のように書かれていて、行政は「周知、情報提供」を徹底し、市民・企業は参加・協力・理解をすることを求められている。「選択と集中」「メリハリ」という文字も踊る。つまり、財政がひっ迫していますよ、ということだろう。想定していたよりも少子高齢化は業界に大きな影を落としたし、世界的な不景気も影響した。この第3期目の雪対策計画は、非常にきめ細やかだ。協力と理解を促すための緊張感すら感じる。除排雪について学べる冊子の発行や、雪にまつわる若い世代対象の課題発表会などの開催は、ハードインフラが老朽化を迎える一方で人材、社会理解と言ったソフトインフラを育んでいかないと根本的な解決は難しい、と行政が認知したことの証だと思う。

 そして現在、「札幌市冬のみちづくりプラン」は次の10年目のタームを迎えている。今期のキーワードも維持と確保。しかしながら、より踏み込んだ課題について提起している。「町内会・自治会役員の高齢化」「支出の増加」「負担増」「記録的な異常気象」「危ぶまれる除排雪体制」「除雪オペレーターの厳しい労働環境」「老朽化の進行」「経費高騰」「負担感の増加」「ルールが守られていない」…などなど、かなり厳しい文言が書かれている。もうお先真っ暗だ、おしまいだ~と逃げ出したくなりそうなほどである。ただ、もちろん、これらに対して今期の課題解決のための重要な視座として示されている事柄もきちんと提言してある。いくつかあるうち、目新しい文言と言えば「ICT」「市民力の結集」だろう。ICTはGPS端末などを重機に取り付け、安全警備作業員の省力化を図るなどの技術がすでに開発されているらしい。そして市民力の結集、として学生ボランティアの除排雪支援などが掲載されている。しかしながら、現段階でその人と人とのつながりをどのようにシステムとして保持して行けるのか、の施策はまだ確立していないようだ。あくまで、現在ある市民活動を「拡充」という方向性で「広報、啓発」するらしい。
 かつて、ロードヒーターを一時的に導入してその間にハイスペックなスタットレスタイヤを開発できていた時代とは明らかに市の様相が異なる。サスティナブルの意味はかなり逼迫していて、「持続可能」と言うよりは「崩壊寸前」の重みがある。

 ただし、ここで悲観していても仕方がない。今ある課題は40年前も同じ課題だったのだ。当時から比べれば、前に進んでいることは確かだろう。ただ単に、それら課題が時を経て現実味を帯びてきただけに過ぎない。雪対策について、10年ごとに短期立法で策定しているのは、その時代性を反映できるメリットがあるからだ。今期雪対策の中の厳しい論調は、厳しい時代を肌で感じたリアリティが十二分に反映されているからだ、と言う風に視野を広げてみるのはどうだろう?そう考えると、まだ手を付けていない部分について、すぐに行動を起こせばいいだけだ、と言う風に気付ける。



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