移動と脳トレI-a

本章では移動、特に歩行動作と脳機能の紹介、またそれをどのようすれば鍛えられるのかを紹介していきます。

Indroducion

ほとんどすべての動物は移動を行います。特に人間に連なるすべての脊椎動物は遊泳、飛行行によって移動を行うのはご存じのとおりです。移動と脳トレI系統では人間の移動の原点でもある歩行に焦点を当てて脳をトレーニングしていきます。

歩行と脳機能の関係に関する研究が最も進んでいる動物は何でしょう?やはりヒトでしょうか?もちろん人の歩行に関する研究もそうとう進んではいるのですが、実はネコの歩行に関する研究がもっとも古くからおこなわれており、多くの知見が蓄積されています。

さて、まずヒトを含めた動物の歩行運動の目的とは何でしょうか?基本的に人を含めたほとんどすべての動物は「食料を得るため」に移動を行います。現代人がお金を得るために移動する行為はほとんどがこれです。家に帰ったり、レジャーでストレスを発散したりするための移動行為も、次なる仕事の英気を養うためと考えれば、やはり食料を得るための移動と考えることができますね。例外は遺伝子を残すための移動くらいでしょうか。高次の脳機能やより優れた社会生活の為、これら食料調達と生殖以外のための移動の割合を増やしていくという脳トレもあるのですが、そちらは別シリーズで紹介することとします。

哺乳類の歩行

まずは猫、つまりネコ科の動物が歩行時にどのような筋肉をどのような順番に使って移動するのかを学び、それと同じ筋肉を人間が使って二足歩行を行うとどのようなメリットがあるのかを紹介したいと思います。

すべての脊椎動物の歩行動作は、脊椎の波動運動をリズミカルな脚の交互運動に変換することで生まれています。もちろんこれだけでは路面の状況に合わせて脚をコントロールしたり、進行方向を転換したりが行えないため、常に微細なコントロールが無意識に行われています。

それではネコ科動物の移動を思い浮かべてみましょう。こちらのサイトでは高品質な動物の歩行動画がたくさんあります、ぜひ再生してみてください。

どうでしょう?猫をはじめとした哺乳類は、背骨がゆるゆると縦に横に波打ちながら脚を見事に使って移動運動を行っているのがわかるでしょうか?猫の研究が先行してはいますが、その他の哺乳類の歩行動作も根本は同じで、メカニズムに大きな違いはありません。

人間もこういった素晴らしい移動動作をする時期があります。赤ちゃん期のハイハイです。身近にハイハイ期の赤ちゃんがいる方はよく観察してみましょう。ネコ科の猛獣がサバンナを疾走するときのように背骨の波動運動を手足の運動に変換して見事な移動を行っていることがわかります。

では現代人の歩き方を、例えばそうですね、渋谷のスクランブル交差点のライブカメラなど使って観察してみましょう。渋谷のような多くの人の観察ができる場所だと、ごくごく希に素晴らしい移動方法をしている人を見つけることもできますが、多くの現代人の歩き方を見て、アフリカの大地を群れで闊歩するヌーの群れや、雪原に足跡を残して遊ぶトナカイの群れを想像することができるでしょうか?

現代人の歩き方は、乱暴に言えば昔のブリキのロボットがギクシャクとあるく姿を思い描けてしまいませんでしょうか?

どうやら現代人は赤ちゃん期に備わっていた動物本来の素晴らしい移動動作を成長とともに失ってしまう残念な動物になってしまったようです。特に現代人は、ほんのちょっと、すぐそこまでの歩行移動すら面倒くさがることがありますが、動物本来の機能としてどうなんでしょうかね?

歩行と脳

では歩行動作のコントロールに神経系がどのようにかかわっているのか見てみましょう。

歩行動作を神経系の働きから見てみると、まず脊椎がコントロールするパターン化された運動と、脳がコントロールする微細な調整の二つに大別されます。もう一つ脊椎の波動運動を手足に拡大するという小脳の大切な機能があるのですが、I-aでは扱わないことにします。

ひとまず、股関節回りの筋群を複雑にコントロールすることで生まれるパターン化された交互の動作は、脊髄によってプログラムされているということを覚えておきましょう。身体と路面に何も問題がない状態では、このプログラムに身を任せて歩くのが最もスムースな歩行動作と言えそうです。

そして脳による微細な運動のコントロールですが、脳にはもう一つ大切な役割があります。歩行開始のスイッチを入れる役割です。

さて、これらが正常に働いている人はどのくらいいるでしょうか?どこかぎこちない歩行になっている人、そもそも移動自体が億劫になってしまう人は、これらの機能が低下していると考えてもよさそうですね。

本来自動で働くはずのスムースな筋肉の連動を阻害するように、腰背部、下肢の筋肉にコリや拘縮があったらどうでしょう?脳は自然な筋肉の運動が阻害される”その度”に、必要な筋肉にわざわざ指令を送って歩行を行うことになるでしょう。方向転換や速度、路面状況による歩行のコントロールを行う前に、そもそも一歩ごとに大変な努力感が生まれるはずです。想像しただけで気持ち悪いですね。しかも常にブレーキをかけながら移動しているようなものですから、動きもギクシャクしてぎこちないものになりそうです。

まさに現代人の歩き方…、こうなっていませんか?

その結果移動行為がたいへん面倒くさいものになり、どこかに行くといった移動時代のモチベーションも低下することになるのです。移動自体を忌避するようになると、”はい、いまから移動してください!”という、脳が歩行を開始するシグナルを送る機能も低下します。

こういう人、身近にいませんか?

脳は巨大な情報処理装置であり、プログラマブルな存在です。そして基礎的なソフトウェアは、いくつかの機能で共通して使用するようにできています。

移動をつかさどるソフトウェアがうまく働かなくなると、それを応用している脳の機能が大きく低下します。例えば目標に向かって突き進む前進力や、何か問題が発生した時の突破力などでしょうか。逆に言えば移動に関するソフトウェアを改善することで、これらの高次元の脳機能が鍛えられることになるでしょう。

ではもう一つ、移動のスイッチを入れる脳の機能が低下するとどうなるでしょうか?こちらの方がわかりやすいかもしれません。いわゆるやる気スイッチみたいなもを想像すると良いと思います。何かをやろう、始めようと思ったら、すぐに取り掛かることのできる意志力、最初の一歩を踏み出すまでのるまでの決定の速さにこのソフトウェアが使われていそうです。

面白いのはこれらのソフトウェアはバックグラウンドで常に働いているということ、つまり無意識の領域に大きな影響を与えているのです。これら何となく働きの悪いソフトウェアが顕在意識に浮かび上がってくるとどうなるでしょう?

そうです。

なんだかんだ言い訳ばっかりしてやらない、とか。
努力感ばかりアピールする癖に、ちっとも話が前に進まないとか、とか。
ちょっとそこまでいけば済むのに、だれかをわざわざ呼びつけて自分は動かない、とか。
簡単な作業を、いやだいやだ、きついきついと文句ばかり言いながら続ける、とか。

いますよねぇ、こういう人たち。

おそらく移動に関連した脳の機能が低下しているとこうなります。

逆に上記二つの機能が優れていると、こうなりそうです。

目標に向かって、颯爽と進んでいく、とか。
どんどん話を進めて、前に前に進んでいく、とか。
やってみようと思ったらもうすでに行動を始めている、とか。
物事を淡々と進め、必要に応じて修正をかけながら完遂する、とか。

いますよねぇ、こういう人たちも。

どちらが良いかは一目瞭然です。脳のソフトウェア、機能の話なので、実際の物理的な歩行動作の優劣よりも、移動に関する脳機能が社会に与える影響というものは数百、数千倍も差が出そうですね。

脳トレPoint‼

移動に関する脳の機能に関しては、ものすごくたくさんのメソッドがあるのですが、今回は歩行に関する一番大きな筋肉を刺激することで、歩行動作を改善してましょう。結果として精神にも非常に良い影響を期待できます。

今回鍛えるのは歩行時、脚が接地して体幹より後、最も後ろに位置してから、前に振り上げるときに働く最大の筋肉であり、現代人が残念ながら使いこなせていない筋肉である”腸腰筋”です。人が高度な運動機能を発揮するためには腸腰筋の活用が必須不可欠であるにもかかわらず、ほとんど人はこの筋肉を自覚することすらできないという眠った筋肉であると言われます。

腸腰筋を鍛えるメソッドは本当にたくさんあるのですが、今回は初級編ということで、腸腰筋を直接刺激して体性感覚を刺激することから始めてみましょう。その後、実際に体を動かして動作の変化を感じてみます。さて、動きの質や、感覚がどう変わるでしょうか?それではメソッドです。ちなみに健康な人向けのメソッドです。腹部にキズや、大動脈瘤などの疾患がある人は絶対に行わないでください。

〇一人でやる方法

1.仰向けに寝転がり、息を少しだけ残して吐き切ります。
2.息を胸に引き上げて腹筋の力を抜き、お腹をペコっと凹ませます。
3.おへその右側5㎝のあたりを、両手の人差し指、中指を束ねた四本の指でゆっくりと突きます。
4.お腹がへこんで腹筋の力が抜けていれば、背骨の付近まで指を差し込めます。まずは縦に5‐6㎝差し込みましょう。
5.そのあと背骨の方に向かって力の方向を変え、さらに5‐6㎝指を動かすと、背骨の近くで筋肉が張ったような、股関節あたりまでびーんと響くような感覚のあるコリコリとした筋肉に触れます。これが腸腰筋です。
6.腸腰筋に触れたら、数回指先でこするように刺激し、指を離して息を整えます。もし感覚がわからなければ何度も試して触れられるまで続けましょう。
7.おへその横で腸腰筋を触れられたら、次はおへその横から上に2‐3㎝刻みで横隔膜に当たるまで、同じく下に2‐3㎝刻みで恥骨、股関節まで同様に行います。息が続かなくなったら適時息を整えてから無理なく行ってください。

腹部を深く刺激するメソッドなので、ヒトによっては気持ち悪くなったり、腹筋や横隔膜が痛くなったりするかもしれません。たいていは筋肉や内臓のコリが原因なので、痛気持ちいいくらいの刺激でゆっくりと腸腰筋を探してください。宿便に当たってどうしても深く押せない人もいますので、指を差し込むポイントを少し変えt利、ファスティングを行い腸を空にしてからメソッドを行ってください。変なしこりが見つかった場合は速やかに病院で検査をしてもらいましょう。

〇二人でやる場合

1.受け手が仰向けになり、おなかをリラックスさせます。
2.施し手は受け手の腹部の横に座り、腹部に正対します。
3.施し手は片手(利き手がよいですが、やりやすいほうで)の手のひらを受けてのおへその横5㎝程の部位に当てて軽くゆすります。
4.施し手はおへその横に当てた手のひらを5㎝ほど真下にゆっくり押し込みます。
5.施し手は押し込んだ手の深さを変えず、さらに背骨の方に向かって5㎝ほど力の方向を変えて押し込みます。数秒押し込んだらゆっくり手を離してください。

施し手は自分の感覚では腸腰筋に触れているかなかなか分からないと思いますが(慣れてくると分かります。)、手のひらで力をかけることで指よりも広範囲に強く力を加えることができるため、方向さえ守れば腸腰筋に触れられます。受け手の感想を聞きながら行ってください。

施し手の手のひらには力を入れず、柔らかく、柔らかく使ってください。手のひらや指に力を入れると施し手が痛みや恐怖感を感じ、快適さがなくなります。部位によっては動脈の拍動が触れると思いますが、別のメソッドになるため、この方法では拍動を感じなくても問題ありません。

一人でやる場合も二人でやる場合も、腹部を指や手のひらで押し込むという力が必要なメソッドですが、決して”全力”で行ってはいけません。ほどほどの力加減で行ってください。

さて、腸腰筋にいい刺激が入ったと思った、そのまま横になったまま腸腰筋を使って太ももを引きずり上げられないか試してみましょう。おそらく初めてのメソッドで、数回腸腰筋に刺激を入れた程度では、うまく腸腰筋を使えないはずです。根気が必要ですが、そのくらい自覚的に使うのは難しい筋肉なのです。

では、おなかの中にぼんやりと腸腰筋の感覚が残った状態で、ゆっくり立ち上がって数歩だけ歩いてみましょう。

どうでしょう?体の内側からそれほど力感なく足がさっと素早く上がる感じがしませんか?本気で腸腰筋をぱっつんぱっつんに使える人たちに比べて、わずか数パーセント程度でしょうが、今まで影も形もつかめなかった腸腰筋にぼんやりと感覚が残ったまま歩くだけで、歩行が快適になったような気がしないでしょうか?そのほかの筋肉にブレーキがかかった状態でこれですからね?それらが外れるとどれだけスムースに歩行ができるか想像するだけで楽しくなりませんか?

まずは腹部の奥、キュンと腸腰筋を触れた後に残るじんわりとした感覚、この感覚を恒常化できるようにトレーニングを進めてください。実際の移動動作が快適に行えるようになれば、脳でソフトウェアを共用している高次の脳機能である目標遂行、そのための手順・経路の探索、そしてリーダーシップに関する能力なども改善されます。

感覚の鈍い人は年単位(!)のトレーニングが必要ですが、一度コツをつかめればものすごく快適に体を使うことができます。腸腰筋を探索して刺激するこのメソッド、ぜひチャレンジしていただきたいと思います。これ以外にも様々な方法がありますが、それらを探して試してみるのもよいでしょう。

まずはほんの少し、腸腰筋を活性化させ、使えなかった自分と比べてみる事、これを最初の目標にしてみて下さい。

移動と脳トレI-bでは今回紹介した腸腰筋をさらに大腰筋と小腰筋に分解して攻略していきます。そしてIIでは移動能力を脳の根本から改善する”掌”の攻略にうつります。お楽しみに。

(やっぱ図を載せたいなぁ、笑)


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