見出し画像

時空を超えて~作家・大江健三郎~

 テレビを観なくなるということは、大人になることだということを子供の頃は分からなかったし、そんなことを考えたこともなかった。テレビはずっと面白いものだと思っていたし、いつもスイッチをつけているものだと思っていた。生まれた時からスマートフォンがある現代の子供達とは違い、見たい映像が世の中に溢れ返っている時代に子供時代を過ごしたわけではない私のような人間は、テレビから得るものが多かった。

 大人になってテレビを観る時間も限られるようになったのは確かなことだが、テレビを観なくなったそれ以外の理由としては、やはりテレビが面白くなくなってしまったことがいちばんの理由である。そんな私が観るテレビといえば、過去に自分が観ることのなかった番組の再放送である。

 最近、NHKの教育テレビで始まった新番組「おとなタイムマシン」という番組が最近の私のお気に入りである。この番組は過去にNHKが放送した番組の中から、視聴者のリクエストによって放送される番組が決定されるという。毎週、必ず自分が観たいと思う番組が放送されるとは限らないが、先日、当時六十六歳だった女優の中村メイコさんが自身の「老い」について語る番組が放送された。

 私はユーモリストのメイコさんが大好きだったから、まだ老いとはいくらか無縁だったメイコさんがどのように自身の老いを捉えていたのか気になり、その番組を観た。とても楽しいメイコ節炸裂のトークは秀逸で、私は一気に彼女のトークに惹き込まれた。

 やはりいい番組だなぁと思った私は、毎週、この番組を心待ちにするようになった。もちろん、内容によっては観ないが、先日はまたしてもひとつ大きな気づきを、今度は作家の大江健三郎さんから得たのだった。それは一九八八年十一月二十九日に放送されたETV8「シリーズ授業 作家・大江健三郎」という番組だった。

 どこの学校だったかとかそんな細かいことまでは覚えていないが、確か大江さんのふるさとの中学校での授業だったと思う。生徒たちに自分の村の魅力を作文に書かせ、それを読みながら大江さんが添削していくという、非常に豪華な内容だった。

 ここで私は、自ら書いた作文と言ってしまえばいいのだろうか、自分の文章を思い出しながら大江さんの解説を聞いていた。するとどうだろう、私の文章の未熟さが大江健三郎先生の授業により、つまびらかにされてゆくではないか!しかも質が悪いと思ったのは、中学生が書いた文章を読んで、私自身もここで一つの区切りをつけた方が、何を伝えたいのかがより明確になる、と思った箇所を、大江さんも同じように思っていたことである。そして、文章の終わりで前文と同じ言葉を使っていることに大江さんも違和感を感じたらしく、ここは言葉を変えた方が良い、とその言葉を消して、違う言葉を書いていた。

 文章を書き始めてからもう少し、簡潔な文章を書けないものかと私は思っていた。そして、何度もトライしてきたが、やはりそれが私の個性といえば個性であるのだろう。いくら書いても私の文章か簡潔になることはなかった。しかし、人の振り見て我が振り直せとはよく言ったもので、中学生の文章を読んで大江健三郎さんと同じ見解ができるのだから、直せないことはない筈なのである。

 私は大江健三郎さんを直接知らないが、この番組を観て本当に良かったと思った。やはり私の文章は蚊取り線香のように渦を巻いている。いささかくどいのである。それをどうしたら矯正することができるのか、簡潔に私に教えてくれたのは大江健三郎さんである。
 もうお会いすることは叶わない人ではあるが、テレビというメディアを通じてまたひとつ、私は素敵な人と出会い、知らなかった自分を知ることができたのである。やはり、私はテレビが好きである。そして、再放送の重要性を痛感している。

 今こそ、「古きを知り新しきを知る」時である。

2024年6月5日 書き下ろし


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?