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幻のライブ音源で聴く笠置シヅ子の歌声

笠置シヅ子が歌手として活躍した1930年代~1950年代のレコーディング方式は、78回転のSPレコードが主だった。

従ってどうしてもスクラッチノイズが強めに発生するため、クリーンなシヅ子の歌声を聴くことが出来るのは、皮肉にもシヅ子が歌手廃業の決断へと向かっていた、三十代後半から四十代はじめの、声が衰え始めた頃の数曲であり、楽曲もシヅ子の代名詞であるブギではなかった。

シヅ子の全盛期のパフォーマンスを収録した音声付きの映像は『銀座カンカン娘』に代表されるミュージカル映画が大半を占め、残りの数少ないフィルム、例えばニュース映像であったり、記録映像だったりの類いには残念だが、生のシヅ子の歌唱までは収録されていない。

私が知る限り、シヅ子のパフォーマンスと歌声を同時に捉えた映像は、米軍キャンプらしきナイトクラブのような場所でジャズバンドをバックに『東京ブギウギ』を歌唱する、わずか一分程の記録映像のみである。

daisukenta(大須健太) on Instagram: "レコードリリース翌年の1948年頃に記録された笠置シヅ子の歌う『東京ブギウギ』 当たり前のことであるが、全盛期の笠置シヅ子のリサイタルを丸ごと収録したフィルムは存在しない。断片を捉えた映像としてはもう一本フィルムが残されているが、残念ながら歌声までは収録されていない。 映画以外で、こうした笠置のライブパフォーマンス、歌声を記録した映像は極めて現存数が少ないことから、この映像は非常に貴重な一本である。 ちなみにこの時着ていた衣装は、映画『春の饗宴』で初めて『東京ブギウギ』を歌唱した際にも着用。当時の笠置を象徴する衣装として、度々見掛けることとなる。 80年近くが経過しようとしている今でも、笠置の愛娘の手により大切に保管されている。 【注意】 この映像と歌声がなければ説明がつかないのでポストしましたが、著作権やなんかで削除依頼が来たら映像は削除します。 #笠置シヅ子 #東京ブギウギ #朝の連続テレビ小説 #ブギウギ #服部良一 #鈴木勝" 54 likes, 0 comments - daisukenta_gram on October 4, 2023: "レ www.instagram.com

遅すぎる笠置シヅ子ブームに誰もが当時のシヅ子の幻のライブでの歌声を聴きたいと願うところだが、その幻の歌声が2014年、シヅ子生誕百年を迎えたのを機にCDとなって数曲だが現代に甦っていたことを知る人は、余程の笠置シヅ子ファンでしか知ることはなかっただろう。

この音源を収録した『ブギウギ伝説・笠置シヅ子の世界』のライナーノーツを手掛けた佐藤利明氏によると、シヅ子の檜舞台であった「日劇」をはじめ、映画でも名コンビと謳われたエノケンこと榎本健一が、当時まだ、NHKでもテープレコーダーを導入したかしないかといった時代に、希少だった6ミリテープにプライベートで、自分の出演した舞台の記録用に録音していたのである。そこで、幸運なことに共演者としてシヅ子が同じステージに立っていたのである。
1951年、越路吹雪を主演に『モルガンお雪』を第一回作品として和製ミュージカルを制作して来た、帝劇ミュージカルの第四回公演として上演されたのがテープに録音されていた『浮かれ源氏』である。
この音源が発見されたのは、榎本健一生誕百年の年に当たる2003年のこと。日本のミュージカル黎明期を捉えた、この歴史的テープが存在していたことをシヅ子が知っていたかまでは不明だが、シヅ子の生誕百年を機に日の目をみたというわけである。

収録された楽曲に正式名称はなく、CD化に当たって後に付けられたタイトルである。共演者の一人として出演した宝塚歌劇団月組トップの娘役だった筑紫まりとのデュエット『加茂の祭り』、榎本健一とのデュエット『チェリー・ブギ』『気など狂っていない』、シヅ子のソロで『買物ブギ』をミュージカル用の歌詞に書き換えて歌った『ストリップ源氏の歌』、この年にリリースされた『雷ソング』、榎本健一がソロで歌った『鬼の跋扈 』の計七曲が収録されている。

このミュージカルの全貌をどこまで捉えているのか、そこまでの記述はなかったので、他にも楽曲が存在しているのか不明なところがいささか気になるところであるが、このミュージカルを捉えた音声が存在していたことは晴天の霹靂であり、日本のミュージカル史上、そして歌手・笠置シヅ子のライブでの歌声を語る上で大変貴重な、一級品と言っても過言ではない録音である。

当時の音響設備を考えると、マイクロフォンは勿論、今のように小型のものなどあるわけがなく、ひとり一台というわけにはいかない時代である。
大きなスタンドマイクが舞台の中央に一本、もしくは三本、等間隔で置かれてあり、歌手たちは自分の出番が来たらそのマイクの前に立ち、歌唱したものと思われる。

アドリブを嫌ったというシヅ子は、『雷ソング』の歌唱の際、息継ぎの箇所を一箇所だけ、レコードとは違う部分でしただけで、後は作曲家の服部良一が示した楽譜通りの歌唱をしているが、レコードとは比較にならない、鬼気迫る圧倒的な歌唱を披露している。シヅ子の歌声を支えるバックバンドの演奏も超一流で、シヅ子の歌声と楽曲の本来の魅力を今に伝えている。

この時、シヅ子は当たり前のことであるがレコーディングとは違い、マイクロフォンの前で立ったまま息の上がらない状態での歌唱ではなく、舞台を所狭しと走り踊りながら歌ったのである。その他に衣装替えもあっただろうし、榎本健一の相手役であるから殆ど出突っ張りだった筈である。そんな息も上がる厳しい条件の中で、共演者とデュエットもし、演じ踊り歌う日々を一ヶ月半続けたわけであるから、シヅ子は相当な体力の持ち主であり芸達者であったと言える。
宝塚を受験したシヅ子を不合格にした宝塚音楽学校は、笠置シヅ子に限っては見る目がなかったと言わざるを得ないだろう。

シヅ子の最大の魅力はやはり、ステージであったことがこのライブ音源は物語っている。前述したように、どれぐらいの長さを記録したテープなのか不明であるから何とも言えないが、このステージの音源が全てCD化されたら、当時の日本のミュージカルがどのようなものであったかということを、しつこいようだが現代の我々が知ることの出来る一級品の音源であり、また後世に残す必要のある文化遺産であることは明確である。しかし、70年以上前の作品となると現代では使うには不適切な言葉が歌詞に散見していたり、事実、現在CDに復刻された『買物ブギー』は不適切とされる一部の歌詞が削除された状態で復刻されているし、後々、このような商品化等全く意図していなかったため、著作権がクリア出来ず全容公開には至らないのが現実である。

生前、シヅ子がこの録音を歌手引退後、一度たりとも耳にしたことがあったのかどうかは不明だが、シヅ子がもし、この自分の歌声を耳にする機会があったとしたら、きっと懐かしみながらも自分の歌の未熟さを嘆いたのではないだろうか。それだけ笠置シヅ子という歌手は、自分の歌に妥協をしなかった人間である。その事実を裏付けるようにその歌への厳しさは、まだ早過ぎると惜しまれた歌手廃業に表れていたし、その潔癖さがシヅ子の歌声の根底に絶えず存在していたから、私たちは笠置シヅ子の歌声を半世紀以上を経た今も、直接シヅ子を知らなくても、もう一度聴きたいと思うのではないだろうか。

シヅ子のステージでの幻の歌声が世に公開されてから今年で九年。皮肉にもその半生がテレビドラマ化されたことから、今やちょっとした笠置シヅ子ブーム、ブギウギブームが到来しているような雰囲気だが、それと同時に世界情勢は緊張を帯びていく一方である。
二度と笠置シヅ子のような、戦後という辛い時代をたったひとりで背負った歌い手を作り出してはならいと、私は思うのである。今となっては笠置シヅ子の歌声とその存在は、空から爆弾が落ちて来たりすることのない、平和な日本の象徴なのである。

当時はあまり話題にもならなかったが、再びシヅ子のライブでの歌声がひとりでも多くの人々の耳に届くことを願いながら、私の笠置シヅ子評を終わりたいと思う。


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