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ゲゲゲの信子

 私が小学生の頃、自分がバスに酔う子供だということに薄々気がつき始めた頃のことである。同級生に同じくバスに酔う女子・真田信子がいた。

 信子が育った家庭はまあまあいい暮らしをしていた。そうと分かったのは、社会科の授業の時だったか、家庭科の授業の時だったか、どういう訳だか冷蔵庫の話になった。今でこそ、扉が左右どちらからでも開くとか、ラップなしでも鮮度が落ちないとか、様々な機能が搭載されているが、その頃まだ珍しかった冷蔵庫と冷凍庫の他にチルド室があるものを信子の家は使っていた。どこの家の冷蔵庫にもついていない機能がついている。それは間違いなく最新式の高価な値の張る冷蔵庫だった。

 そんな信子は、授業で担任の教師から冷蔵庫の質問をされると得意になって、
「野菜はチルド室に仕舞います!」
なんて、自分の家はチルド室がある冷蔵庫を使っていることを自慢したかったのか、得意になって答えたものだから、まだチルド室なんてものがない冷蔵庫を使っていた、共働きで薄給の担任の女教師は面白くない。信子の回答に気を悪くしたのか、
「チルド室なんて、そんなものはありません!」
と言い放ち、信子の発言を否定したのだった。それでも信子は食い下がり、
「うちの冷蔵庫にはチルド室があるもん。野菜はチルド室に仕舞ってるもん!」
終いには泣きっ面になって、チルド室は何処へやら。担任の教師と同じく誰ひとりとして賛同しないクラスメイトに精一杯、自分が嘘つきではないことを訴える事態になってしまった。 教師の家にないものが生徒の家にあっても、教師はそれを認めることはない。教師の家にあるものが全てだからである。
 そんな比較的裕福な家庭の娘である信子だったが、どんなに大金を支払って手に入れたくても手に入らないものがあった。それは酔い止め薬である。

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