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【麦酒夜話】第五夜 ホーチミンの警告

 東南アジアらしさが残る最後の国ベトナム。こんなキャッチコピーに惹かれ大学4年の卒業旅行に、友人のTくんとホーチミンへ行くことにした。彼は高校時代の友人で、ロンドン、パリ、上海を旅行した仲だ。本来であればお互いそれなりに予算をかけてヨーロッパにでも行きたかったのだけれど、残念な懐事情で早々に断念。しかし、せっかくなので面白そうな近場の国を探したところ、前述のキャッチコピーに出会った。

 なんでも上海より物価が安いらしい。当時の上海の物価は、日本の5分の1から10分の1。それに対して、ベトナムは20分の1というではないか!※実際は、そこまでではなかったけれど、1食50円以内、1泊250円~500円程度。ということは、不便で、不潔で、治安も悪いのでは?と疑ったが、そうでもないらしい。比較的安全で、凶悪犯罪は少ないとのこと。とはいえ、初めての東南アジア。果たして、無事に旅行できるのか。まだまだ無知だった私は、楽しみ半分、ビビり半分で旅路についたのだった。

 関空を出発し、ホーチミンへ。空港からタクシーに乗り込むと、運転手から「宿は決まっているのか?」と聞かれる。ん?これは詐欺的なやつか?そう思い、地球の歩き方を見ると、運転手は良い宿を知っているので、紹介してもらうとよいとのこと。なんだ、親切心で言ってくれているのか。安心して、宿を紹介してもらった。どうやら価格交渉もしてくれたみたいで、2人で1250円の宿が、1000円に値下がっていた。部屋にはクーラーもある。何も文句はない。やはり地球の歩き方は信用できる。到着したのは昼下がりの午後。部屋に荷物を置き一息つく。窓から、ノンヘルで2人乗りのバイクが無数走る街並みを見下ろすと、それが先ほどのタクシー運転手のやさしさとオーバーラップして、どこか牧歌的な風景に映っていた。ベトナムは親切心で満ちている!旅先として正解だ!妙な達成感と、これから始まるベトナムの日々に気持ちが高揚していた。

 宿はどうやらバックパッカーの拠点のような立地で、小さなバスツアーの申し込み窓口が無数にあった。欧米人が多く、わりに英語が使えた。夕方のちょっと前、早くも一杯飲みたくなった。東南アジア特有の湿気は、ビールをうまくする。どの店にも、絶対に置いているのは333。なんでもベトナムNo.1の銘柄らしく値段も安い。しかし、失敗したくない気持ちが先立ち、安定のハイネケンを注文。くー。日本で飲むよりも、本場アムステルダムで飲むよりも、断然うまい!そうか、ビールとは東南アジアで飲むものなのだ。ということは、やはり333もまずいわけがない。ということで2杯目は「333プリーズ!」。くー‼これも美味い!その土地ならではの気候風土が生んだ味。ビールとは、地元の味を楽しむべし!か。そんなこんなでほろ酔いになってきたところ、バイクタクシーの運転手が声を掛けてきた。

 「どうだ、ホーチミンの街をバイクで案内してやろうか」。333を飲むという、とてつもなく小さな冒険を征服した私たちには、次の冒険もまた挑戦すべきだとの使命感に沸いていた。近くにいた欧米人の恐らく駐在員が日本語で「ホントウニキヲツケテ。アブナイヨ」と警告してくれたにも関わらず、「行こう!」と2つ返事。早速バイクの後ろにまたがって、夜の散歩に行ったのだった。

 ホーチミンの夜は、昼間よりバイクが多い。それもほとんどが2人乗りだ。よく見ると、ロータリーを永遠に回っているバイクが多い。どういうことだろう。バイクタクシーの運転手オップに聞いてみると、涼むためだという。宿にはクーラーがあるが、ほとんどの家にはまだないらしい。たしかに夜風は気持ちよく、このままずっと走っていたい。中心部の郵便局や湖畔、フランス植民地時代のコロニアル調の街並みをぐるっと見た。

 「晩御飯にヤギ鍋はどうだ?」オップの提案に乗る形で、ヤギ鍋を食べることに。日本だと真夏のような日に、路上で、鍋を囲む。これはさすがに普通のツアーではなかなかできない体験だ。味も悪くない。お会計の値段を聞くと、数百円とのこと。それならおごるよと、気前よく支払いを済ませた。オップは気を良くし、ルンルン気分でホテルまで送ってくれた。

 「明日はメコンデルタのミトーに行かないか。1人12ドルで一日案内するよ」。メコンデルタか。ノープランの旅、こういった提案は大歓迎。「わかった、じゃあまた明日!」こうして、ホーチミンの初日が終わった。(つづく)

Connecting the Booksは、これまで培ってきたクリエイティブディレクター、コピーライター、編集者としてのノウハウを公開するとともに、そのバックグラウンドである「本」のレビューを同時に行うという新たな試みです。