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姫島、もがく「IT島」〜時代の波に乗れるか <バンライフルポ①>

新型コロナの嵐が吹き荒れる中、私たちの働き方は大きく変わった。仕事のやりとりは対面接触からオンラインに移行した。会議や商談だけでなく、飲み会など人情を交わすやりとりの場すらオンライン上になった。コロナが蔓延する1年半前には思いもよらなかった当たり前が、私たちの日常になっている。

ITを使えば、場所も時間も問わず仕事ができる時代だ。東京や大阪など大都市を離れ、自然を感じながら生きていきたいという人も少なくないと思う。さまざまな自治体が、リモートワークの環境を整え、企業や個人の誘致活動に熱をあげている。

そのひとつが、大分県沖に浮かぶ姫島だ。大分県唯一の村である姫島村は、2017年に「姫島ITアイランド構想」を打ち立て、ITによって地域振興を図ろうとしている。「離島×IT」という切り口で、島生活を楽しみながら先端的な仕事ができる環境があるという。姫島にデジタル社会のヒントがあるのではないか。興味がかき立てられ、国東半島の港からフェリーで島に渡った。

日本書紀にも描かれた島

姫島は瀬戸内海の西の端に浮かぶ人口1700人の島だ。約30万年前からの火山活動によって生まれた4つの小さな島が砂州によってつながった東西に伸びた形をしている。西の端から東の端まで車で10分ほど。南側にひらけた500メートルほどのビーチにたつと、白い砂浜と青い海が目に鮮やかに飛び込んできた。目にもまぶしい景色にひかれ、私は机とテーブルを出して1時間ほど仕事をした。

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(青々とした海と小麦色の砂浜が広がっている)

火山活動でできた姫島は「地質の博物館」とも呼ばれ、希少な地形が各所にみられる。随一の景勝地・観音崎では黒曜石の断崖があり、一体が国の天然記念物に指定されている。縄文時代にはこの黒曜石が瀬戸内海一体に石器として流通していた。ガラス質の石片は現代でも使えそうなほど鋭い。

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姫島は古事記や日本書紀にも登場する。イザナギの神が産んだ女島が姫島だという。さまざまな伝承が伝わっており島は「姫島七不思議」と呼ばれるスポットが点在する。そのひとつが拍子水(ひょうしみず)という泉だ。日本書紀によれば、姫島村の名前の由来となった「比売語曽(ひめこそ)」が、手拍子を打って天に水をもたらすよう祈った際に冷泉が湧き出たという。地理的にも歴史的にも奥深い島だと感じた。

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東京のIT企業2社が進出

さっそくIT施設を訪ねた。「ITアイランドセンター」は小学校の旧校舎を活用したオフィスだ。ここには、ともに東京に本社を置くブレーンネットとRuby開発がサテライトオフィスを構えている。加えて、デジタル分野の研究機関のハイパーネットワーク社会研究所もオフィスを構えている。

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企業進出は島にとって43年ぶりだった。島にとっては画期的なことだったろう。

誰でも使えるコーワーキングスペースもある。2019年1月に整備され、Wi-Fi環境は、手元の通信速度を調べると130mbs。東京のシェアオフィスと変わらない。一日使って500円。私が利用した2日間は、私以外はいなかったが、集中して仕事ができる環境だと感じた。

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仕事に集中できる島暮らし

オフィスで働くお一人が、ハイパーネットワーク社会研究所の所長、青木栄二さんだ。青木さんは多摩大学の情報社会研究所にも籍を置いている研究者であり、IT技術者だ。

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島暮らしの良さのひとつはアウトドアレジャーがすぐにできる環境にあるという。青木さんは所有するクルーザーで海を周遊する楽しみを大切にしている。都会と異なり、ネオンが輝く街もないため、集中して仕事にも打ち込める。シリコンバレーにも住んでいた青木さんは、技術者たちが集中的にプログラミングなどの作業に取り組めるように「ハッカーハウス」と呼ばれる施設整備も進めている。

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(青木さんはIT技術者が集中して作業を進める施設も整備した)

IT構想、実際は苦戦

姫島の「ITアイランド」構想は一見、順調に進んでいると見える。しかし、実際は苦戦している面も大きい。

2社の進出は決まったが、2018年以降は止まっている。移住者の数も、役場の人に聞くと5人にとどまっているそうだ。「ITアイランド」という大きな標語を掲げている割には、実績がなかなか上がっていないというのが現状のようだ。

どうして、姫島のIT構想は苦戦しているのだろうか。理由は島の内外にありそうだ。

全国の自治体と誘致競争

ひとつは、IT誘致をめぐる自治体間の競争の激化だ。働き方が見直される中、企業のIT投資は増加傾向が続いている。国も2020年度にGIGAスクール構想という教育面でのIT活用で4000億円の大型予算を計上するなど、IT分野へのお金の流入は加速している。

自治体はその投資の受け皿になろうと、各地でアピール合戦をしている。例えば、マスコミでもよく取り上げられる徳島県では「Turn Up 徳島」というプロモーション活動に熱をあげている。光ファイバなどの高速通信インフラや手厚い補助金などで後押しする体制も整備している。海に面した美浜町では「昼休みにサーフィンができる」といった、自然環境と合わせてアピールしている。

姫島にとって、全国の自治体がライバルだ。首都圏の企業が、サテライトオフィスを地方に出そうと考えた時、「なぜ姫島か」という問いに答えられる魅力的な答えがどれだけあるかといえば、現時点では心許ないというのが実情だろう。

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変化を望まない「日本の北朝鮮」

誘致が進まないもう一つの理由としては、島特有の気質もあるように感じた。島のある方に話を聞いていると、姫島の異名として「日本の北朝鮮」という言葉があると知った。

なぜか。それは姫島村長が親子で60年以上にわたって君臨し続けているためだ。現在の村長、藤本昭夫氏は2020年11月の選挙で10選。父の熊雄氏から親子2代で計17期連続で、藤本親子が村長職を司っている。その選挙のほぼ全てで対立候補がいない無投票当選を果たしている。

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(フェリー乗り場そばに、現村長の父の像が立っている)

日本の政治は姫島に限らず世襲制が根強いためそれ自体は批判されることではないかもしれないが、確かに北朝鮮のキム一族にも引けを取らない長期政権とはいえる。ここから見えてくるのは、大きな変化を望まない島の気質だ。

戸締り不要の島

島民の方から「家に鍵をかけたことがない」という話を度々聞いた。「この島には危ない人なんかいない」というのが理由だ。人口1700人の島は皆が顔見知り。もし怪しいことをすれば、島にはいられなくなる。

3日間滞在した私の体験からいえば、旅行者に対しては島の人たちはとてもフレンドリーだと感じた。「あんた、どこからきたんね」「旅しているんだったら、観音崎に行ったらいい」「写真撮っているんやったら、(私たちのような)美人の写真も撮らんかね」と冗談混じりに話しかけてくる。

ただもし定住するのであれば、対応は違うのかもしれない。よくわからない仕事をしている人に対しては、異質なものを見る眼差しに変わることもあるだろう。「ITは好かん(嫌いだ)」と率直にこぼす方もいた。漁業を中心としてきた地元住民の多くにとっては、ITは得体の知れないものだ。住民が「アイティー」と発音するその響きには、何か「エイリアン」を思わせるようなニュアンスすら感じた。

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    (島特有の緩やかな時間が流れている)

車エビだけではもたない

しかし、島社会は現状維持のままではもたなくなっている。かつて4000人ほどいた島は現在では1700人にまで減った。20年後には1000人にまでなるという。手を打たなければ、若い方は島外に出たまま戻ってこず、著しい高齢の島になるのはみえている。

 姫島の主力産業は車エビだ。「姫島車エビ」はブランドとして認知はされているが、決して安泰ではない。姫島村の資料などによれば、1993年に生産量250トン、販売額は約17億円にまで達した。しかし翌年に蔓延したウイルス病によって生産量が大幅に減少し、業績が悪化。現在の販売額は3分の1ほどに沈んでいる。

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   (車エビ産業だけでは持たなくなっている)

主力産業が低迷する中、数少ない島再興の一手がITなのだ。しかし、それも思うように進んでいない。姫島は、九州沖でもがいている。

地元に恩恵があるかどうか

どうすれば姫島のIT計画は前進するのか。私の記者経験でいえるとすれば、地域に新たな動きがもたらされるとき、それを受け入れるかどうかは、地元住民が直接恩恵を感じられるかどうかが大事なことだと思う。

 記者時代に原子力を2年ほど取材していた。原子力発電所はたいてい都市部から離れた場所に立地している。原発の建設が盛んになった1970年代、地方の多くの人にとっては原子力は今のITと同じように、得体のしれないものだったはずだ。拒否反応は当然あっただろう。

しかし、それでもなぜ原発は国内に50基ほどまで建設できたのか。それは、「国策のため」という大義名分を地方が受け入れたこともあるだろう。それに加えて、職の少ない地域経済に雇用が生まれるという面も大きかった。原発は無数の人によって支えられている。施設がひとつできれば、多くの人が近くに移り住み、そこに街が生まれる。原発に関わる保安要員、警備など直接的な設備だけでなく、飲食店や服飾雑貨など個人で商いを営む事業者にも恩恵が及ぶ。地元の政治側もそうしたメリットを掲げて、住民を説得していった。

しかしITはそれに対して、雇用を生みづらい。行政から見れば、住民税が増えるといったメリットはあるだろう。しかし、原発のように目に見える形で経済を活性化させるものではない。専門性が高いために、原発以上に何をしているのかわからない。そうしたところに、地元住民との溝が埋まりづらい面があると感じる。

ITを島民の健康管理に

ハイパーネットワーク社会研究所の青木さんは「島民に直接メリットを感じられれば、理解されやすくなる」と話す。狙いをつけているのが、健康管理の分野だ。島民の靴にICチップを取り付けてもらい、立ち座りや歩数などのデータを日常的に得ることで、一人ひとりの健康管理に役立ててもらう考えだ。ITが自分の生活に恩恵をもたらすものと感じてもらい、島のITへの理解を広げたい狙いだ。村長らに働きかけている。

今回の訪問を通じて、掲げた理念を現実に変えることは、簡単ではないと感じた。しかし、どんな地域にも現状を変えようと困難に立ち向う人もいる知った。私はそうした変わろうとする地域や人を応援したいと思っている。日本書紀にも描かれた神秘の島が、現代の神秘・ITとどう付き合っていくか、姫島のチャレンジを見守りたい。

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バンライフで出会った人と地域をルポ形式で書き、コロナに揺れる激動の「いま」を伝えます。


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