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「山下達郎と私。」 vol.4 〜"サブスク"という現代魔法が解かれる日〜

定額制音楽配信サービスをご存知でしょうか?

手短に書くと、「月額1,000円程度で、所定の楽曲を聴き放題になる音楽配信サービス」です。このサービスは、音楽を購入・所有するのではなく一定期間の利用権を得るという点でユニークで、「サブスクリプション方式」というビジネスモデルに分類されます。主なものとして Apple Music, Spotify, AWA, Amazon Music, YouTube Music などがあり、2020年現在においては無くてはならないものになった印象があります。

しかしながら、現在のところ山下達郎の多くの楽曲は定額制音楽配信サービスプラットフォーム上で公開されていません。こうした状況をもどかしく思い、「解禁してほしい!」と考える方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。

そこで今回の記事では、「今後山下達郎の楽曲が定額制音楽配信サービスで配信される日は来るのか?」という問いに関して、僕の個人的な見解・予想を書き記しておこうと思います。

なお、現代社会に生きる皆様は忙しいと存じますので、結論だけ先に申し上げますと、ズバリ「ありえるが、相当あとになる」です。


まずはじめに、山下達郎が定額制音楽配信サービスをどう捉えているかを見ていく必要があります。「楽曲配信」という新しい音楽消費はありなのか、なしなのか。仮に「なし」ならば、そこで話は終わりになります。

2015年の記事に、こんな記述がありました。

──今は配信やストリーミングで音楽を聴く機会も増えましたが、そうした状況については達郎さんはどう捉えていますか?

いや、まあ今や趨勢としては不可避でしょ。だからそれしか方法がなくなったらやるよ。それまでは粘る(笑)。
(ナタリーより引用)

2015年は、Apple Music が開始された年で、同時に定額制音楽配信サービスが広まりはじめた時期です。前向きか後ろ向きかはさておき、すくなくとも5年前の段階で音楽消費のひとつの選択肢としてこれらのサービスの存在を認知していたようです。

それから5年ほど時が流れて、2020年。彼は、配偶者である竹内まりやさんのアルバム『TRAD』が Apple Music で配信されるにあたり、次のように述べています。

Apple Digital Mastersでの配信開始にあたっては、プロデューサーの山下達郎が、米カリフォルニアのApple本社の技術者によって行なわれたリスニングセッションに参加したそうだ。『TRAD』を含めポップやクラシックなど様々な楽曲の聴き比べをしたのち、山下達郎は「Apple Digital Mastersが目指していることには、僕は基本的には賛同しています。こういう形のクリエイティビティは未来に向けての重要な作業だと思えます」としながら、「Apple Digital Mastersがオーディオ的に優れてることは充分に認めます。ただ欲を言えば、生まれて以来ずっとアナログで育ってきて、この35年間CDの音質をアナログに近づけるために格闘してきた自分としては、よりガッツのあるロックンロール的グルーヴを実現していただければと思っています」とコメント。さらに、「Apple Digital Mastersは、現代のコンシューマーのための、例えばiPhoneのような軽便なハードで聴くためのものなので、僕らのような職業的な粗探しではなく、誰もが音楽を気軽に楽しめ、素敵な音楽だと思える環境を実現するものでなくてはなりません。その意味でもApple Digital Mastersには大いに期待しています」と、生活に身近なデバイスで、軽量のデータで高音質の音楽を楽しむことの重要性を語ったという。(barks.jp より引用)

これは意外でした。「音質に不満があるから否定的なのかな〜」と勝手に予想していたのですが、むしろその役割や将来性に期待を込めている。まりやさんの楽曲と自身の楽曲を分けて考えるのは無理筋と思われるので、この発言はそのまま山下達郎作品へも適用されると考えられるでしょう。

以上を総合すると、「すくなくとも Apple Digital Masters においては、選択肢としてはアリだけれど優先順位の都合で配信するに至っていない」と考えるのが妥当のようです。

では、なぜ「アリだが、優先順位の観点で配信するに至っていない」という現在の状況に落ち着いているのでしょうか。主要因と周辺的・付随的な要因に分けて考えていきます。

(主要因) 1. 定額制音楽配信サービスの必要性の弱さ
最も大きな要因は、既存のファンとの関係にあると僕は考えています。すなわち、すでにファンとしっかりした関係を築けているため、定額制音楽配信サービスを利用する必要性が相対的に強くない、ということです。シングルやアルバムを発売したら買ってくれる、ということでもあります。

山下達郎の音楽家人生はもうすぐ50年! 。SUGAR BABE からはじまり、NIAGARA TRIANGLE を経由して、山下達郎としてのソロ活動へ。その随所でファンを魅了してきたわけで、当然ファンはたくさんいます。「自分の青春時代を山下達郎の LP や CD 抜きには語れない」という方々は、かなりの数にのぼるはずです。彼ら・彼女らはおそらく 40〜60代で、山下達郎ファンのボリューム層を成していると考えられます。

そんな「常連」や「超常連」の方々が、アルバムを買った上でしっかり聴き込んでくれる。「CD」という商材による古き良き音楽消費がたしかになされる。長い時間をかけて、音楽家とファンの間でそんな関係が築かれてきた。だから、定額制音楽配信サービスを導入する必要性が強くない。こういうことです。

キャリアの長さ、ファンの年齢分布、古き良き音楽消費スタイル。この図式が力強く機能している点が、新たにファンを獲得しなければいけない今の音楽家と明確に異なる点であって、定額制音楽配信サービスを導入する or しないの判断を分けている分岐点と言えるでしょう。


定額制音楽配信サービスは、おそらく比較的若い世代向けのサービスです。調査したわけではないですが、定額制音楽配信サービスは若い世代を中心に消費されていると思われます。テクノロジーとの親和性が高く、確立された音楽消費スタイルを持たない若い世代に支持されている。

このため、山下達郎にとって定額制音楽配信サービスの解禁は、これまで未開拓な層へ働きかけることになります。だからこそ、とても大きな意味を持つでしょう。若い世代を巻き込むことができますし、世代分けがなされていることで CD 販売の減少(カニバリゼーション)も起こりにくい。ここ数年来の世界的な City Pops の高まりも追い風で、全世界のファンへ同時にアピールできるチャンスすらある。正直なところ YouTube などを駆使すれば、結構儲かる気がします。

ただ、これまでの彼の音楽人生を見返したとき、経済的な利益に耽溺している様子はまるで見られません。音楽番組に出ないこと、大きな会場でライブするのではなく中小規模の会場を全国津々浦々周ること、ライブ映像を売らないこと。音楽活動のポリシーは一貫していて、すくなくとも経済的な利益を最重要項目に据えていません。

きっと山下達郎は、音楽とファンだけを望んでいるのだと思います。ただそれだけ。そして、その目的はすでに達成されてきた。または現在進行形で達成されている。

「定額制音楽配信サービスが解禁されない」という現状を悪く表現すれば、音楽消費体験において慣性が働き、旧来のスタイルが維持され新しさに欠けるとも言えます。ですが、いますでにある関係は山下達郎とファンにとっては不満のない理想郷であって、さらにそれが健全に機能しているのです。

だから、定額制音楽配信サービスを解禁する必要性がとても弱い。定額制音楽配信サービスが悪だとか・好まないだとか、そういう話ではありません。その前の段階の話です。「定額制音楽配信サービスを解禁するかどうか」という問い自体が薄弱なのです。いやもしかしたら、実はそもそも存在してすらいないのかもしれません。

2. 優先すべき他タスクの存在
山下達郎界隈をウォッチングしていると、どうも忙しそうです。いつぞやのラジオでは、「『僕の中の少年』や『POCKET MUSIC』のリマスターをつくっている」とおっしゃっていましたし、そのほかタイアップ曲、ライブ、ラジオなど精力的に活動なされています。まとまった休みもなくお仕事なされている様子です。

そんななかで、定額制音楽配信サービスを開始するのは現実的に難しいと予想されます。なぜなら、すくなくとも山下達郎にとっては、定額制音楽配信サービスの開始は、ファイルのアップロードで済む作業ではないからです。

[ラジオでの流す楽曲について]
音質へのこだわりから単に、レコードやCDをかけるのではなく、事前に自宅でPro Toolsを使ってラジオ向けにマスタリングした音源をWAVデータにして、TOKYO FMのサーバーに流し込んでオンエアしている。なお、2015年6月28日の放送では、「最高の音質」とうたっているのはあくまでラジオ向けの音で、オーディオ的に最高の音質というわけではないと話している。
( Wikipedia より引用)

考えても見てください。ラジオで流す音楽で"すら"、ここまでこだわっている音楽家が、自分の音楽を気軽に配信するとは到底思えません。やるとなると、楽曲配信プラットフォームの品質やリスナーの音楽環境を調べた上で、その環境で最適に音楽を楽しめるようエンジニアリングするはずです。

その軽くない作業が、シングル50枚・アルバム20枚以上に上るのです。ヘビータスクとなるのは避けられません。このような重いタスクを、多忙のなか既存のファンからの期待に応えながら進めるのは、かなり過酷です。ただでさえ、既存のファンからの期待に応えるだけでも重労働なのですから。

であるならば、「目の前の仕事をがんばろう」「おなじみのファンを大切にしよう」というリテンション重視の路線も自然に思えます。無理に定額制音楽配信サービスを開始するよりも、新曲や『ON THE STREET CORNER 4』や『JOY 2』をつくろうとなっても、まったく不思議ではありませんよね。(『JOY 2』楽しみ!)

こうした「定額制音楽配信サービスの解禁が大変な仕事である」というエンターテイメントらしくない現実的な要素も、現状の要因になっているように思います。

3. 周辺機能の未整備
現在のところ、主たる定額制音楽配信サービスにおいて、ライナーノーツ、関係者のクレジット(作詞などの表記)、ブックレットなどを閲覧する機能はやや貧弱です。正確に調査したわけではありませんが、特にモバイルアプリにおいてその傾向が顕著です。こうした間接機能の未整備も、定額制音楽配信サービスに二の足を踏む遠因かもしれません。

山下達郎に限らず音楽家の職業人生は、「なぜ音楽をつくるか、どういう音楽をつくるか、どう届けるか」という営みです。音楽家は、それに体力と気力をすり減らしてきました。ということを念頭に置くと、ライナーノーツやクレジット(作詞・作曲・編曲・楽器担当・エンジニア・プロデュースなど)が見えづらい現在の状況(仕様)は、「いただけない」と映っていてもおかしくありません。

CD と同等の状態を実現するのは困難ですし、おそらくそこまで求められていません。ですが、すくなくとも作詞・作曲・編曲・ライナーノーツといった基本要素を手元で確認できるようになれば、「定額制音楽配信サービスええやん!」となるかもしれません。音楽家も、リスナーも。

以上の要因のため、冒頭で示した「ありえるが、相当あとになる」が、一応の僕の結論になります。すくなくとも、リマスターの作成やらなんやらが片付いてからになるだろうと予想しています。

もちろん、これは個人の予想に過ぎません。先日行われたライブ映像の配信のように、ある日突然に禁が解かれるかもしれません。山下達郎本人の判断だけで決まる話でもなさそうですし、音楽の届け方への考えが変わるかもしれない。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)下の状況では一層予測が難しいです。だから今回の記事は、あくまで個人の予想として受け取っていただければと思います。

若い世代において、定額制音楽配信サービスは常識やインフラと化した印象がありますが、よくよく考えてみると音楽のサプライチェーンの選択肢のひとつに過ぎません。その選択肢を使うか、使わないか。どちらの選択があってもいい。いずれの選択も音楽家の個性が出ておもしろいので、ファンはその選択を楽しむだけです!

ご覧いただき、ありがとうございました。



謝辞

アイキャッチ画像は、「ソコスト」さまの画像をお借りしました。すばらしい画像をありがとうございます!

商用可・フリーイラスト素材|ソコスト
https://soco-st.com

(おまけ)

(宣伝です。すいません。)

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