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大家族日記 「四十半ば、ぬいぐるみと蚊帳の中」


1話 出会い


うちの家、部屋数が足りない。
療養中の母に私の部屋を譲った。
私の居場所は、リビングの端っこ。
パイプベッドを置き、夏に使用していた蚊帳を張り、その上に大風呂敷を重ねて被せた。

簡易小部屋のようなこの空間で寝起きし、人通りのない時を見計らって服を着替え、大風呂敷を捲り上げて蚊帳の外に出る。
私の身長は150㎝ほど。蚊帳の中のベッドに最小限の衣類も持ち込んでいるが、狭いことはない。そして20年来の友だちであり家族である、くまのぬいぐるみも蚊帳の中に同居している。

私はこの子に人格を与えている。与えようと思ったわけではなく、幼い頃からぬいぐるみとはそういう付き合いだったのだ。
子どもの頃から姉妹3人で共有してきた犬のぬいぐるみは、妹たちのものになった。だからと言って、新たなぬいぐるみを探していた訳ではない。こういうのは出会いだ。


時は遡り、出会いは20年ほど前のことになる。
2001年12月14日(金)、私は神戸での仕事を終え、三宮駅に行くためにサンチカを歩いていた。地下街に広がる数々のお店はとても賑わっていた。ショーウインドウに素敵な洋服や靴・バッグなどを身に纏ったマネキンがいるお店。甘い香りで引き寄せるスイーツのお店。空腹ではなくても食欲がそそられる飲食店。夢のような魅力的な地下街を歩いて終盤まで来た。その時に、無縁とも思える子ども服やグッズを取り扱うお店に吸い込まれるように入った。お祝い事もないので不思議なことだった。そしてこの子と出会ったのだ。この子は3種類のくまたちとして、色違いとサイズ違いで座っていた。
真っ直ぐに見つめてくれるその子たちのつぶらな瞳は、新しい出発を夢見て輝いていた。その中で、ひときわ笑顔を向けてくれていた真ん中の大きいサイズの子がいた。ミルクティー色の毛並みだ。その子の、なんとも言えない嬉しい気持ちが、テレパシーのように伝わってきた。

「よし、一緒にうちに帰ろうね」

そう心の中で返し、レジ台へ。自分用なのに、プレゼント包装をお願いした。
可愛い袋にリボンで結ばれたその子を、優しく抱えながら電車を乗り継いで帰宅。
玄関で迎えてくれた母に、「新しい家族ができたよ」とプレゼント袋を見せた。
母は、袋の中から出て来たその子を見て、「なんか怖い顔してるー」と言った。
私もその子の顔を覗き込んだが、にこにこしているじゃないか。
見る人によって見え方が違うものだな。
母の第一声があまり歓迎されていないようにも聞こえたので、くまのぬいぐるみを気の毒に思った。

「来て早々にごめんなあ」

私は自分の部屋で袋から出してきたその子をぎゅうっと抱きしめた。
めちゃくちゃ喜んでいる顔をしている。抱っこすると真っ直ぐ見上げてくれて、猫背で丸みのある小さな体は撫でやすく、毛並みも柔らかい。腕にすっぽりと収まる。
なんて可愛いのか。
名前はなんとしようかな。帰りの電車の中でもその子の重みを感じながら楽しく考えていたが、毛色がミルクティーなので、「ミルクティー」という名前にしようかという程度でピンと来ないままだった。
帰宅して改めて、その子ぐまをよく見た。
私には喋りかけているように思えるほど愛しい存在だ。
よくぞ私を待っていてくれた。よくぞ我が家に来てくれた。

「お名前はねえ…」

しばらく考えていた。20〜30分は経っていただろうか。

「ぷうたくん。ぷう太やな。うん、ぷう太くん。ぷうちゃんや。ぷうや」
この子ぐまの持つ癒しと愛らしさ、何か話しかけてくれているような雰囲気を、名前として日本語の響きを当てはめると、私には「ぷう太」という名前が一番表現できているように思えた。名前が決まって、ぷうも私も幸せな気持ちになった。落ち着いた。
以来、ぷうはずっとうちの家族としてすっかり馴染んでいる。



〈写真・文 ©︎2022 大山鳥子〉


※この小説は、少しの実話と多くのフィクションで出来ています。


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