見出し画像

映画「うちげでいきたい」脚本・菅原直樹さんインタビュー〜後編〜

在宅看取りをテーマに大山町で製作された映画「うちげでいきたい」の脚本を担当された菅原直樹さん。菅原さんは、岡山県奈義町で劇団OiBokkeShiを主宰し、「老い」「ボケ」「死」をポジティブに捉える活動をされている。介護福祉士でもある菅原さんが描く大山町での看取りについて、前編では脚本へ込めた想いを伺った。後編では、介護と演劇は相性が良いと考える菅原さんと、癌の宣告の時、介護の現場、日常の様々な場面で登場する演技を例に、真実とは一体何なのかを考えていく。

※この記事は、映画の内容に関することが含まれます。映画「うちげでいきたい」をご覧になってから読むことをお勧めします。

介護と演劇は相性がいい。認知症の人への演技について

中山:今回の映画は「演技・芝居」というのがキーワードだなと感じました。

菅原:はい、僕も読み返してそうだなあと。演技ってフィクション、嘘ですけど、何が本当かっていうのはよく考えるんですよね。

僕は普段、老いと演劇のワークショップを通じて、介護者は認知症の人に対して演技をすることも有効なんじゃないかって言っているわけです。認知症の中核症状によって、息子を誰かと間違えたり、家にいながら家に帰ろうとしたり、こちらからするとおかしな言動があった場合、介護者は合わせる演技をしてもいいんじゃないかって。

でも実際のところ、認知症の人も、介護者がなにかを演じた時に、演技だってことをわかった上で受け入れてくれるようなこともあるんじゃないかと思うんですよね。なんか、自分でもちょっとおかしなことを言っちゃったけど、この人は優しく受け入れてくれているなって。

たとえば、認知症の人には介護職員が時計屋さんに見えて、「あら、時計屋さん」て言った時に、その介護職員が「時計の困りごとなにかあります?」と話を合わせて時計屋さんになるわけです。すると「いっぱいあるわよー」みたいな感じで会話が盛り上がりますよね。でも、もしかしたら途中で「あれ?この人時計屋さんじゃない」と気付くかもしれない。その時に「ああ、私がちょっとおかしなことを言っても、この人は受け入れてくれる」って、そういう思いは認知症の人にも伝わるんじゃないかなって。
最終的に、目の前の人が時計屋さんかどうかはどうでもよくなって、話を聞いてくれる人、楽しい話をしてくれる人になればいいんじゃないかっていう。逆に言うと、介護者は常に相手に演技を見破られてもいい演技をしないといけない

中山:おもしろいですね。これまで演技やお芝居っていうのは、舞台の上のもの、もう少し遠いものかと思っていました。

菅原:そうですね。演技っていうのは身近なもんなんだなって、認知症介護や看取りの現場に立ち会うと感じるのかもしれないですね。僕も介護現場に入ってから、たくさんの演劇的な瞬間に出会いました。認知症の人と介護者、それぞれ異なる世界を見ている二人が、どのようにコミュニケーションをとれば同じ世界を見ることができるか。相手を思って意識的に振る舞うこと、これも広い意味での演技ですよね。

画像1

演技をする気持ちはどこから来るのか

菅原癌の宣告の時に家族がしていた演技と、認知症の人に介護者がする演技と、どこが同じでどこが違うのかってところがずっと気になっていたんです。

癌の宣告を受けた時に、昔は本人に知らせずに家族に知らせて、家族は治る病気だと演技をしていた。当時は一般的だと思われていたことが今はそうではなくなっているんですよね。でも、そうやって家族を看取った人達にとっては、家族を想う気持ちがあったんだと思うんです。

認知症の人との関わりにおいて演技をする時も、寄り添って折り合いをつけることだからいいかなとも思うけど、もしかしたら騙している感じもあるしとか、上から目線になってしまう感じもあるし、色々あると思うんですよね。時代が進んで、「いや認知症でも嘘はつかずに言わないと」みたいなことが一般的になるかもしれない。

そういうことを考えながら「うちげでいきたい」の脚本を書きました。だから、看取りの場での人との関わり方と、認知症の人との関わり方が少し重なって見えてくるんですよね。子どもたちに演技をしてもらっていた民代がすべて見抜いていて「下手くそだったから演技しているのはわかってたよ、でもありがとう」と言う。認知症介護や看取りの現場では、そういうことって意外とたくさん起きているじゃないかなと。だから、介護する側の留意点としては、相手が一枚上手なのかもしれないという意識は常に持っていた方いいんじゃないかなと思うんですよ。

画像2

演技をきっかけに、口にできた本音

菅原:民代の「自分の人生は演技なんていらない。この現実を受け止めながら死んでいく」という発言を聞いた時に、息子と娘が変わるわけですよね。民代が自分の人生のありのままを受け止めたことで、周りの人たちはお母さんのためにちょっとなにかしてあげようかなっていう感じで演技を始める。民代は、何も言わずにその演技に乗っかった。そうすることで最後、これまで変えようとして変わらなかった関係がゆっくりと変わりはじめる

中山:演技ではあるんですけど、実際ゆらいでいる部分もあるのかなと。ゆらいでいるからこそ、変化につながるのかもしれないと感じました。

菅原:そうですね。今回の家族では、最後、珠美と雅文が演じるじゃないですか。最初はしてあげるための演技だったけれど、途中で特に雅文と民代のやりとりは本音が出ている。演技だったものが真実になっているわけですよね。役を演じてお母さんにある台詞を言うと、お母さんはそれに応えるわけですよね。これはお母さんにとって、もしかしたらずっと言いたかった台詞かもしれない。で、さらにそれに息子が返事をする。これももしかしたら、ずっと言いたかったけど言えなかった台詞かもしれない。なので演技はきっかけなんだけれども、そこで本当に言いたいことは言えたっていうね。娘もそういうところあったのかな。僕も無意識で書いているんでね。今、発見したんですけど。笑

癌の宣告をされた時の周りの家族の演技でも、そういう瞬間があればそれはそれでいいのかなと思うんですよね。ただ、死っていうのと向き合わずに大切な話をしようとした時に目を背けるための演技だと、それはなんかちょっともったいない感じがあるのかもしれないですね。

A4ポスター_ページ_1

ーーーーーーーーーーーーーー

headerBのコピー

菅原 直樹
1983年栃木県生まれ。劇作家、演出家、俳優、介護福祉士。
「老いと演劇」OiBokkeShi主宰。平田オリザが主宰する青年団に俳優として所属。
2010年より特別養護老人ホームの介護職員として勤務。2012年、東日本大震災を機に岡山県に移住。2014年「老いと演劇」OiBokkeShiを岡山県和気町にて設立し、演劇活動を再開。並行して、認知症ケアに演劇的手法を活用した「老いと演劇のワークショップ」を全国各地で展開。さいたまゴールド・シアターと共同し制作した『よみちにひはくれない 浦和バージョン』(2018年/世界ゴールド祭)、OiBokkeShi×三重県文化会館「介護を楽しむ」「明るく老いる」アートプロジェクト(2017年~)など、劇団外でのプロジェクト、招聘公演も多数実施している。
インタビュアー:中山 早織
元書店員の助産師・コミュニティナース。2014年に東京より鳥取へ移住。現在は大山町で地域活動や聞き書きを行う。大山100年LIFEプロジェクトメンバー。映画では小道具・衣装を担当。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?