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【文化財紹介】大正時代の白い洋館(国の登録有形文化財)

大阪歴史倶楽部です。

大阪市西成区にしなりく天下茶屋てんがちゃやにあります大正時代の白くてかわいい洋館をご紹介いたします(西成区編 第1弾)。

梅谷歯科医院(国の登録有形文化財)
大阪市西成区にしなりく天下茶屋てんがちゃや3丁目にある梅谷うめたに歯科医院さんは、1922(大正11)年頃に建てられた歯医者さんです。白くてハイカラな木造の洋館。

なお「Wikipedia」では、この梅谷歯科医院の建築年代について「1922(大正11年)建築」と断定していますが、大阪歴史倶楽部が各種資料を調査し、また文化庁をはじめ関係各所へ問い合わせても「1922(大正11)年頃」としか分からず、断定することはできませんでした。

さて、この梅谷歯科医院の建物は木造3階建てで、外壁は1階部分の正面の下3分の1ほどが石貼り。その上部3分の2ほどがタイル貼りという当時としては豪華な仕様になっています。2、3階部分の外壁は下見板張りしたみいたばりという当時の木造の建物としては普通の仕上げだと思います。

屋根は現在、黒っぽい色のスレートきとなっていますが、もとは瓦葺きだったのか銅板葺きだったのかは不明です。建物内部は一部を除いてほとんどが和風の造りとなっているようですが、内部の一般の見学は不可となっています。

梅谷歯科医院(北側から)
建物正面(西側)の上部
西側の玄関部分
玄関上部のステンドグラス
玄関脇に設置されている古い駐輪スタンド
建物の南側から

この建物がある大阪市西成区天下茶屋てんがちゃや地域は、西成区内でも南部の地域で戦前(大正時代~昭和初期)には比較的高級な住宅地でした。

梅谷歯科医院もそのような環境のなかで建てられたのだと思います。現在でも天下茶屋てんがちゃや地域は、西成区の中では最も治安が良く(普通の住宅地なみの治安です)、昭和時代の雰囲気があちこちに残っている庶民的な下町です。

この梅谷歯科医院は、現在も残る大正時代に建てられた街の開業医の貴重な一例で、国の登録有形文化財となっています。非常にきれいな良い状態を保っていてメンテナンスが行き届いています。

梅谷歯科医院への行き方
梅谷歯科医院へは、南海なんかい電鉄の各線および大阪メトロ堺筋線さかいすじせんの「天下茶屋てんがちゃや」駅(南海電鉄と大阪メトロ堺筋線は同じ駅舎です)から南東へ徒歩約3分。阪堺はんかい電車「北天下茶屋きたてんがちゃや」駅からは南西へ徒歩約5分。大阪メトロ四つ橋線よつばしせんの「岸里きしのさと」駅からは北東へ徒歩約10分です。

文化財データ
梅谷歯科医院
大阪市西成区天下茶屋3丁目16-16
1922(大正11)年頃 竣工
日本国登録有形文化財
写真:2021年9月 大阪歴史倶楽部 撮影

豆知識
天下茶屋てんがちゃや」の地名の由来:
かつて豊臣秀吉が、大坂城(当時は「坂」の字を使っていました)から住吉大社へもうでる途中、紀州街道きしゅうかいどう沿いのこの地にあった茶店で休憩をしたことから、その茶店を「天下人の茶屋」「天下の茶屋」「天下茶屋てんがちゃや」と呼ぶようになり、やがてその茶店があったこの地域一帯も「天下茶屋」と呼ぶようになりました(諸説あり)。豊臣秀吉が休憩した茶店の「天下茶屋」は、第二次世界大戦前までは残っていたのですが空襲で焼けてしまいました。現在は「史跡 天下茶屋跡」として整備され、1本の大きなクスノキと小さな1つの蔵だけが残っています。

史跡 天下茶屋跡(2022年1月 大阪歴史倶楽部 撮影)

おわりに
ここでご紹介いたしました建物などの文化財を見学したり写真や動画などを撮影されるときには、所有者さんや管理者さん、ご近所さんや周りの交通などにご迷惑がかからないよう、ご配慮をお願いいたします。

許可なく他の人の敷地内に入ったりはしないようお願いいたします。またとくに建物内部の撮影はセキュリティの関係もありますので、必ず所有者さんや管理者さんなどの許可を得てくださいますようお願いいたします。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

(『大阪歴史倶楽部』第2巻 第5号 通巻15号 2022年1月29日)

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