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【グラフ大大阪】大正時代のスペイン風邪ポスター
大阪歴史倶楽部です。
スペイン風邪(スペイン インフルエンザ)は、1918年〜1921年にかけて世界中で大流行(パンデミック)したインフルエンザです。当時はまだ今のようなワクチンが開発されていなかったために、世界中でたいへんな数の犠牲者がでてしまいました。
我が国でも1918〜1921(大正7〜10)年にこのスペイン風邪が猛威をふるいました。芥川龍之介や志賀直哉、与謝野晶子などをはじめ何人もの文豪がこの時のスペイン風邪について書き残しています。画像はそのスペイン風邪が大流行した時に発行された啓発ポスターです。
2枚目と3枚目のポスターに注目してください。2枚目のポスターの女性や3枚目の電車の乗客がつけているマスクが黒いですね。
これについては、作家で英文学者だった佐々木邦が1925(大正14)年に発表した作品『女婿』の中の「嚔」で次のように書いています。
今日でも東京の電車に跡を止めている。
――咳嗽噴嚔をする時は布片又は紙などにて鼻口を覆うこと――とある。
嚔はその方針を一々電車の掲示に指定して置くほど人生の大問題だろうか?
鼻腔に故障のない限りは、頼まれても然う無暗に出る筈のものでない。然るに当時は嚔から世界風邪が感染したのである。西班牙人の男性か女性か知らないが、第一回に嚔をしたものゝ上に百千の呪いあれ!
嚔はその処置を市当局で斯くの如く制定するほどの重大事件になった。この要旨を布衍して命を惜しい人は皆、烏天狗のようなマスクをつけて歩いた。
とあります。これは、いまでいう咳エチケットとマスク着用の奨励ですね。
そしていまも烏天狗のような黒いマスクはありますね。
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画像の出典
『パネル企画展 晶子とスペイン風邪』さかい利晶の杜(千利休・与謝野晶子記念館)2021年3月の展示より
★さかい利晶の杜さまより特別に許可を得て撮影・掲載しています。
(『大阪歴史倶楽部』第1巻 第8号 通巻8号 2021年12月11日)
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