天真爛漫なTくん
次男が、いつものように学校から帰ってきた。
お帰りー、暑かったね。と声をかけてびっくりする。
知らない友だちが一緒だった。
次男は、一人さっさとランドセルを置いて、手を洗いに洗面所に行ってしまう。
ちょっとちょっと、友だちは?
その子は、玄関でエヘヘと笑っていた。
とりあえず、こんにちは、と挨拶する。その子のエヘヘには、人懐っこさと、照れのようなほんの少しのバツの悪さが混ざっている。
次男が「あー、なんかさー、◯◯がオレのうち知りたかったんやって。そんで勝手に着いてきた」と説明する。
そっか、勝手に来ちゃったからこの表情なのね。
聞いたことのある名前だったのでホッとした。同級生、しかも毎週通う習い事も、出身幼稚園も同じのお友だちだった。
放課後一緒に遊んだりしたことはないから、私の方で顔と名前が一致していなかったのだ。
ボーイズの友だちには、過去にたびたび驚かされてきた。
ピンポーンと玄関が鳴ってはーいと出ていく前に勝手に入ってくる。
今日はお家で遊ばないよと言っても入ってくる。
気まぐれボーイズが今日は遊びに行かへんと返事をしてもいい返事が返ってくるまでピンポン鳴らす、そして入ってくる。
気まぐれボーイズとケンカをして、腹を立てて裏口から入ってこようとしてドアを壊す。(まぁこれは、同じく腹を立てていた長男と揉みあった結果なので、半分は我が子のせいだから仕方ないのだが。)
(そして下の2件は同じ子だ‥。)
たまに、遊びに来た子に「おじゃまします」もしくは「こんにちは」と挨拶されると、もうそれだけで母としては、なんていい子だ!と思ってしまう。こんな散らかったお家で良ければ、どうぞまた来てください。
でもまぁ、うちにやって来るボーイズの友だちは、八割九割が顔見知り、挨拶も抜きで入ってきては、座り込んでなかなか帰らない常連さんたちだ。
今日初めて来たこの子は‥
「はー、暑かったー」
座り込んだー!
これは、長引くパターンだ。
ほんと、暑かったね。でもさ、ちょっと待って。◯◯くん、ランドセルのまんまうち来て休憩してるけど、そりゃ休憩させてあげたいけどな。まずは一回お家帰らなあかんで。
◯◯くん(仮にTくんとする)は、またエヘヘと笑った。
「あんなー、一回な、△△(次男)の家知りたかったねん。
前は、近くの□□公園まで来たことあるんやけどな。そこから分からんかったからな、今日やっと分かったわー」
次男も私の反応を予想していたようで、オレも帰りって行ったのに、Tが家まで行くって言って聞かへんかったねんと補足を入れる。
そして、玄関でしばし休憩しているTくんをそのままにして、じゃオレ宿題しーよう、と言ってそそくさと持って返ってきたタブレットを開き、宿題を始めた。(いつもは、自分だってゴロゴロ漫画タイムに入るのに!)
え、ちょっと待って、ちょっと次男!
Tくん、もうお家分かったんやから、お茶飲んだらもう帰り。家の人心配するやろ。
「えー、心配せーへんでー、帰ってくるの遅いもん」
でもな、普通は、寄り道しないでまず家に‥、
ちょ、ちょっとTくん入りません!今日はお家では遊びません!
「なぁー、このアンパンマンの箱なにー」
あー、そこにおもちゃとか独楽とか入れてあるの。置いといてー。
「なぁー、この盾って何ー。」
あー、これは長男が習い事で、1級まで続けたからもらった盾なんよ。
「へー、お兄ちゃん勉強もスポーツもすごいんやなぁ。△△だって頭いいもんなぁ。すごいなぁ。」
えー、ほんと、ありがとう。スポーツ得意って訳ではないけど、頑張って続けてたからね。
Tくんだって一緒にサッカー頑張ってるやろ。
あ、そう言えば、Tくんはコマ回し名人やったっけ。
次男が前に言ってたよ!すごいコマ上手って!
Tくんのエヘヘが、きりりとしたエヘヘになった。
いつの間にか、彼は我が家のアンパンマンボックスに入れてあった独楽を手にしている。
「おれな、家に持ってるコマな、ツバメって言ってな、真ん中のところが凹んでて、めっちゃ回るやつ、オレそれツバメ返しできる。
オレのツバメは、前に学校に持って行ったら、踏まれて壊れたから‥。もうな、学校とかな、持って行かへんねん。大事やから。
あと、鯛の一本釣りも出来るで(※)!
こうやってな、回ってる独楽を、こうして、紐で‥、‥っと、こうやって釣るねん」
おぉー、すごい!かっこいい!見せてくれてありがとう。
あれ、次男は?今の見た?
「あー、前に見せてもらったー」
次男は、部屋で一人宿題をしていた。
‥って、ところで、Tくん。
一本釣りも見せてもらったことやし、もうお家帰り。
お家の人家に居てなくてもな、遊ぶ前に一回ランドセル置いてこなあかんわ。
家、どの辺やった?こっからまだ遠いの?
「えー、◇◇町」
えー!◇◇町?!
彼が口にした地名は、校区内でも、完全に我が家と反対方向の場所だった。
てっきり、途中まで同じ方向で帰ってきて、そこから着いてきただけだと思っていた。
同じ方向どころか真逆、使う校門も違う。しかもお家はどの辺と聞かれて彼が答えたスーパーの名前は、広い校区の端のほう、かなり遠い場所だった。
Tくん、帰り道分かる‥?
「えーっと、あんまり?分からんかも知れへん」
□□公園まで送ろか、そこまで行ったら分かる?
「んー、分かるか分からんか、分からん。」
次男、とりあえずあんた自転車でいいから分かるところまで送ったりよ。Tくん帰られへんかも知れへんから。
「オレは帰りって言ったのにTが着いてきたから‥。それにもう宿題始めたもん。外暑いし。」
もー、こんな時ばっかり宿題って!あんたの友だちでしょ!
Tくんのエヘヘ顔が消えて、段々もじもじし始めたので、結局は私が、彼が分かる道まで着いて行くことにした。小学三年生の友情なんてそんなものか‥。
学校までの道を戻る。
□□公園を過ぎる。駄菓子を売ってある文房具店も過ぎる。彼はまだ帰り道にピンとこないらしい。ほぼ初めての道を来たのに、帰り道の心配もしなかったなんて、子どもってつくづく最強だと思う。
これはもう最後まで行くしかない。腹をくくって、Tくんとお喋りしながら歩いた。Tくんはまた嬉しそうな顔に戻って、饒舌になった。
「あんな、お兄ちゃんな、オレお兄ちゃんおるんやけど、オレのプリン食べたからな、オレな、仕返しすることにしたねん。仕返しにな、ゴキブリをな。」
え、えちょっと待って何て言った?ゴキブリ?ほんものの話してる?
「ゴキブリをな、プリンのな、ほらプリンって下黄色で上茶色やんか、そこにな!」
ちょっとちょっとちょっと、おもちゃ?それニセモノやんな??
「そしたらな、お兄ちゃんめちゃくちゃ怒ってな!オレめたくそ殴られそうになったからな、布団に潜って隠れてた!そしたら、気づいたら寝てた!ほんでな、またな、今度はまたドッキリしようと思って、お兄ちゃん帰って来る時に、トイレの掃除する、あの、ほら、掃除のやつあるやろ。あれをな、」
なんのはなしですかー!!
と言いたいのをグッとこらえて(※2)、Tくんが喋るに任せた。とにかく、歳の離れた中学生のお兄ちゃんがいること、そのお兄ちゃんとはいつもびっくりするようなドッキリの応酬(そして報復活動)を繰り広げているらしいことが分かった。我が家のボーイズのケンカが可愛らしく思えるほどに。
どこまでが本当かはさておき、お兄ちゃんの話をしているTくんは楽しそうだった。
そうこうしているうちに、小学校までたどり着いた。
さぁ、ここからはもう分かるね。気をつけて帰りよ。
「あのさー、」
なにー。
「今度さー、△△の家、また遊びに行ってもいい?」
いいよ。
でも、ちゃんとランドセル置いてから、来るんやで。
あと、帰り道もちゃんと覚えておいてね。
※ 鯛の一本釣り
Tくんは確かに鯛の、と言って見せてくれたのですが、調べてみると「カツオの一本釣り」という技が有名らしいです。独楽回しの技名に地域差があるのか、Tくんが鯛の方がカッコ良いと思ってそうなったのか、真相は分かりません。
※2 #なんのはなしですか
小学生と話していると、日常的に「なんのはなしですか」と突っ込みたくなる案件が発生します。彼らがしばしば主語や前提をすっ飛ばして喋りたいことを喋り始めるからなのですが、今回、その傾向は、我が家のボーイズだけでないことがよく分かりました。むしろ、ほぼほぼ初対面で、Tくんが何を話し始めるか見当がつかず、私の頭の中は全編「なんのはなしですか」状態でした。彼とそのお兄ちゃんのケンカにまつわる真偽のほどは、謎のままです。どうかオモチャでありますように。っていうかオモチャだよね。
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