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『見ててね』 【小説】


その日のことは、あまり覚えていない。
緊張していたからかも知れない。

先生が、ホワイトボードに名前を書いた。
ぼくは「水口こうたです。よろしくお願いします。」と言って、頭を下げて、前から3列目の空いていた席に座った。

周りの皆は薄いパソコンを出して、算数の問題を解いていたみたいだった。
前の学校では、こんなの使ったことない。
じっと見ていると、隣の席の男の子と目が合った。
慌てて目をそらそうとしたけど、その子はニヤッと笑って「オレも去年転校してきた。」と言った。

新しい学校では、授業も新しかった。
いちばんびっくりしたのは、英語の時間。
英語の時間は、担任の澤田先生じゃなくて、ミズ・エリィとアランが教室に来てくれる。
ミズ・エリィは日本人の先生で、アランは外国人の先生だ。
ぼくにとっては初めての英語の授業で、皆は机に名前カードを置いてたけど、ぼくはまだだったのでアランがぼくの席までやって来た。
「Hi.」
それから、名前を聞かれて、ぼくが答えるとアランはぼくの名前を繰り返した。
Kota。アランが呼ぶと、ぼくの名前なのにぼくも外国の人になったみたいだ。

それから、グループでいろんな色のカードを使ったゲームをした。
最初はドキドキして、何もできなかったけど、5回目の時思いきって手を伸ばしてみた。
当たりだ!アランが、Good job!と言ってニコニコしてる。
「すげー」
隣の席のらいとが、ぼくを見てニコッとした。
らいとだっていっぱいカード取って、ぼくよりすごいと思うんだけどな。

あとは、理科の授業も楽しい。
自分のタブレットを使って、好きな種類の昆虫を選んで、好きなだけ調べることができる。一つ終わって先生にスタンプをもらったら、2種類、3種類とどんどん次の虫を調べていい。
ぼくは、二つめには、家の図鑑に載ってなかった外国のトンボを調べることにした。
らいとは虫がきらいみたいで、「きもっ」て言いながらまだ一枚目の蟻の足を描いてた。ぼくの前の席のゆうりちゃんが、振り返ってぼくのワークシートを見て「わ、絵うまーい」って言ってくれた。ゆうりちゃんはイラスト描くのがクラスでいちばん得意だ。
ゆうりちゃんの描いてる蝶々も見せてもらった。翅の細かい線まで丁寧に描いてあった。


次の理科の時間、先生はホワイトボードに、クラス全員の描いた虫の絵を映してくれた。
ホワイトボード一面に昆虫の絵が並ぶと、ちょっと迫力がある。またらいとが「きもっ」と言って、皆が笑った。
中には蜘蛛とか、昆虫じゃないのも混ざってたけど、先生はこれがクラスの昆虫図鑑になると言った。タブレットのクラスのページから開いたら、いつでも皆のが見れる。
先生は、何人かのワークシートを拡大して紹介した。この人はまとめ方が見やすい。この人は丁寧に色が塗ってある。最近は、ぼくももう半分くらいクラスの子の名前が分かる。いつもはマスクしてるから、体育の着替えの時とかに、口を見て、あれ、これだれだっけってなる時もあるけど。
ゆうりちゃんのも紹介された。イラストを大きくした瞬間、わぁーって何人かが声を上げた。ゆうりちゃんの蝶は本当の図鑑に載っていてもおかしくないくらい、細かく繊細に描かれていた。

「最後に、クラスの昆虫博士の作品を紹介するよ。」
「昆虫はかせ?!」
ざわざわっとなる。誰だろう。虫に詳しい子‥まだぼくが名前を覚えてない子だろうか。
友だちになりたいな。仲良くなって、イチオシのカブトとか、聞いてみたい。
「水口こうたさん」
突然名前を呼ばれてびっくりした。ぼくのワークシートが大きく表示されている。
「こーた、すげー」
らいとが、いつものニコッとした顔でこっちを見た。
へへ。ぼくも笑った。その日はいつまでも、心ぞうのところがピョンピョンしている気がした。

楽しい授業ばっかり、ではない。ぼくは歌うのがあまり得意じゃないから、自信がない時はマスクの中でムニャムニャってごまかしてしまう。しばらく学校で歌うことなんてなかったから、大きな声で歌う方法、忘れてしまったみたい。
あと、体育も苦手。泳ぐのとかはいけるんだけど、ぼくはダンスがめちゃめちゃきらいだ。だから2年前運動会がなくなった時、お母さんたちはすごくがっかりしてたし、ぼくもかけっこがなくなったのは残念だけど、皆の前で踊らなくても良くなったから、実はホッとしていた。

だけど、今年は違う。

実は、前の週からタブレットを持って帰ってきて、家でも動画を見ながら、毎晩練習してる。
ダンスの最後には、クラスの皆で考えた決めポーズがある。ぼくはいつもそこで遅れちゃうから、らいとが、「オレは1,2,3で動き出すけど、コータは1,2で先に出たらいい」ってアドバイスしてくれた。やってみたらいつもよりちょっとだけ早く場所についた。もう一息だ。
おじいちゃん、おばあちゃんは、こうたが新しい学校で頑張ってるのを、オンラインで観る!と張り切って、電話でお母さんにネットの使い方を教えてもらってるんだって。
運動会を見に来れるのは、一緒に住んでる家族2人までだ。去年は1人だけだったから、お父さんは後で写真楽しみに見るよって、その日は仕事に行った。今年はこうたが小学校入って、やっと初めて観れるなぁって嬉しそうに言っている。

お父さん、お母さん。
おじいちゃん、おばあちゃん。
見ていてね。
近くたって、離れてたって。ぼくはここでがんばってるよ。




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