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少年少女とエンドロール

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超短編集。青春の一瞬。 https://open.spotify.com/playlist/0Nff5uyaBKSHN9uqd4rUGT?si=hno2Uj2kSL2LnpAi…
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記事一覧

1年2組 朝の空気

目覚まし時計は鳴っていない?
昨日から降り続いた雨と
体にまとわりついた湿気のせい。
唇に触れて漏れ出ようとした ため息を
大きく吸い込んで背伸びをする。
耳をふさぐと聞こえる音。
1週間が始まる。でも昨日までとは違う。
のそのそと起き上がって、冷蔵庫を開ける。
取り出すものは決まっているのに
ドライな冷たさを感じたくて指先を右往左往。
ようやく手に取った100%の果汁を
コップに注いで胃袋に入れ

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1年6組

「あいつやっぱ苦手だわ」
菜々子が話しているのは川田一郎の話。
転校生。こんな町に似合わないシティーボーイだ。
「なんか、ウザいよね」
煽るのは雅(ミヤビ)だった。
柔軟剤が香るシャツに腕を通しながら。

このグループでは菜々子がリーダー。
雅はいつもご機嫌とり。
「結海(ユミ)はどうなの?」
あからさまに肩が上がった、気がした。
ちょっとした沈黙。
ウ…ウ…みんなが求めている言葉。
「あー、だる

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2年B組 初夏

夏に生まれたから
夏を彩るってことで、彩夏。
良い名前って言われるけど
あたしは単純だなぁと思う。

時代遅れの扇風機が
カタカタうるさい。
生ぬるい風で我慢してるんだから
静かにしてよ。
汗でへばりつくのが嫌だから
仕方なく髪をくくる。
昔はお母さんに
くくってもらうの
好きだったな。
いつからだっけ、たぶんアイドルが歌う
「ポニーテール」ってタイトルの曲が
学校で話題になってから。
なんか

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2年4組

「焼豚の作り方動画見たよ!」
「見てくれたの?ありがとぉ」
「1000リツイートはすごいよね」
「通知が画面いっぱいでさぁ」
千秋は照れながらも自慢げに
話しているようだ。

昨日、千秋が投稿した料理動画が
また、バズったらしい。

最初は半年くらい前。
時短料理を投稿した動画が
インフルエンサーをきっかけに拡散。
「RT」「いいね」に比例して
それまで影の薄かった千秋にも
視線が注がれるよう

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3年H組

同じ方向に流れる木目を見つめていた。
教室の机は、産毛が立つくらいに冷たい。

遠くで金属音が鳴る。
野球部の掛け声が聞こえて、窓に目をやる。
桜の木が花びらを落としながら揺れていた。

「橘!おい!聞いてるのか!」
狸顔の渡辺先生は5秒も直視すると破顔してしまう。
口の端に唾を溜めながら早口でまくしたててくる。
親指の第一関節をこすり付けるように
眼鏡をくいと上げるのは癖だ。

「半年後

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2年2組

「コンバースなんか履いてくるんじゃなかったぁ」
銭湯で爪先歩きするのと同じように
田んぼの畦道を歩いている。
「こっちのが近いんだから我慢して」
「近道なんていいよ〜
 てかUFOなんてあるわけないじゃん」
気怠そうに答える結海(ユミ)に目を向けず
希美花(キミカ)は足を進める。
返事はしなかった。

結海に見えないように、もう一度LINEを開く。

「今日、お父さん来てる」
「わかった」
「晩御

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2年1組

「昨日、裏山にUFOが落ちたらしいぜ!」
北林が大声で走り回っている。
「お前!ウソつくなよ〜」
「昨日見たんだ!じいちゃんが!
 あれは絶対UFOだって!」
「はいはい」

弁当箱の隅に残った米粒を突く。
鶏肉とブロッコリーの炒めものは
昨日の夜より美味しくなかった。
一人だと余計に周りの音がよく聞こえる、
というか、うるさい。
「そこの男子ちょっと静かに」なんていう女の子たちは
何処かで孤

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2年B組 春

カシュ。
アルコールランプの火が消える音で我にかえる。
「みさき、大丈夫?」
「あ、うん。ちょっとぼーっとしてた」
少し焦げた匂いが鼻をかすめて頭を振る。

「手を止めぇー!」
大袈裟に黒板を叩く。
松木先生はいつもそうだ。
「わかったな、
 塩化ナトリウムも加熱すると融解して
 液体になる。ここテストに出るからな!」

キーンコーンカーンコーン…
「はい、号令」
話し声や椅子と床の擦れ合

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2年F組

「朝ごはん食べないから!」
「ちょっと…」
背中に降りかかる母の声を
勢いよく背負ったカバンで跳ね返して
玄関扉に手をかける。

日の光が眩しい。
くぅー。
両手を高く伸ばして深く息を吸う。
はぁー。
そして私は、冨田沙里になる。

「おっはよーう!」
「サリー!あのさ!」
「数学の宿題でしょ?」
恵理子は上目遣いでキュッと唇を結んでる。
「おっけーおっけー」
春風に黒髪がなびいて甘い香り

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1年6組

「あと3点!決めていこう!」
「オウス」体育館に響く野太い声。
「安藤、背中、頼むわ」
「はい」
両手を大きく開いて野沢先輩の背中を叩く。
「ありがと」
振り向いた笑顔と
コートに向かう軽い足取りを見て
自分の両手には超能力が
あるんじゃないかとすら思う時がある。

少し息苦しい。
今朝から続く雨は目に見えないけれど、
まだ降っているみたいだった。
昨日切った前髪が張り付いて、
短すぎたことに

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1年C組

「ごめんね〜」
コツコツと、聴き慣れない
ヒールの音で振り返る。
青い花柄のワンピースに
また心音が早くなる。
「待った?」
「あ、いや、全然」
「そか、よかった」
じゃ行こ、と言って
変わらないポニーテールを振って
麻友は先を歩いた。
風が運んで来たのはいつもと違う
ベリー系の甘い香り。

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1年B組

「その天然パーマは笑えますね」
「うるさいよ、生まれつきなの」
湿度が高いと自動的に巻き上がってしまう
この髪の毛には、うんざりだ。

洗濯機の中、1枚だけあるTシャツを真っ先に手に取る。
「お気に入りなんだよね」
「週3で着てますもんね」
そんなに着てない、と呟きながら
バサバサと洗濯物をふる。
家事の最後は、洗濯物を干すと決めている。

ベランダには影が一つ。
風が気持ちいい。

透明少女 /

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