フォローしませんか?
シェア
樋口大喜(び)
2020年7月2日 15:11
目覚まし時計は鳴っていない?昨日から降り続いた雨と体にまとわりついた湿気のせい。唇に触れて漏れ出ようとした ため息を大きく吸い込んで背伸びをする。耳をふさぐと聞こえる音。1週間が始まる。でも昨日までとは違う。のそのそと起き上がって、冷蔵庫を開ける。取り出すものは決まっているのにドライな冷たさを感じたくて指先を右往左往。ようやく手に取った100%の果汁をコップに注いで胃袋に入れ
2020年6月8日 16:51
「あいつやっぱ苦手だわ」菜々子が話しているのは川田一郎の話。転校生。こんな町に似合わないシティーボーイだ。「なんか、ウザいよね」煽るのは雅(ミヤビ)だった。柔軟剤が香るシャツに腕を通しながら。このグループでは菜々子がリーダー。雅はいつもご機嫌とり。「結海(ユミ)はどうなの?」あからさまに肩が上がった、気がした。ちょっとした沈黙。ウ…ウ…みんなが求めている言葉。「あー、だる
2020年5月28日 22:18
夏に生まれたから夏を彩るってことで、彩夏。良い名前って言われるけどあたしは単純だなぁと思う。 時代遅れの扇風機がカタカタうるさい。生ぬるい風で我慢してるんだから静かにしてよ。汗でへばりつくのが嫌だから仕方なく髪をくくる。昔はお母さんにくくってもらうの好きだったな。いつからだっけ、たぶんアイドルが歌う「ポニーテール」ってタイトルの曲が学校で話題になってから。なんか
2020年5月21日 14:32
「焼豚の作り方動画見たよ!」「見てくれたの?ありがとぉ」「1000リツイートはすごいよね」「通知が画面いっぱいでさぁ」千秋は照れながらも自慢げに話しているようだ。昨日、千秋が投稿した料理動画がまた、バズったらしい。 最初は半年くらい前。時短料理を投稿した動画がインフルエンサーをきっかけに拡散。「RT」「いいね」に比例してそれまで影の薄かった千秋にも視線が注がれるよう
2020年5月11日 19:43
同じ方向に流れる木目を見つめていた。教室の机は、産毛が立つくらいに冷たい。 遠くで金属音が鳴る。野球部の掛け声が聞こえて、窓に目をやる。桜の木が花びらを落としながら揺れていた。 「橘!おい!聞いてるのか!」狸顔の渡辺先生は5秒も直視すると破顔してしまう。口の端に唾を溜めながら早口でまくしたててくる。親指の第一関節をこすり付けるように眼鏡をくいと上げるのは癖だ。「半年後
2020年5月14日 19:03
「コンバースなんか履いてくるんじゃなかったぁ」銭湯で爪先歩きするのと同じように田んぼの畦道を歩いている。「こっちのが近いんだから我慢して」「近道なんていいよ〜 てかUFOなんてあるわけないじゃん」気怠そうに答える結海(ユミ)に目を向けず希美花(キミカ)は足を進める。返事はしなかった。結海に見えないように、もう一度LINEを開く。「今日、お父さん来てる」「わかった」「晩御
2020年5月11日 19:38
「昨日、裏山にUFOが落ちたらしいぜ!」北林が大声で走り回っている。「お前!ウソつくなよ〜」「昨日見たんだ!じいちゃんが! あれは絶対UFOだって!」「はいはい」 弁当箱の隅に残った米粒を突く。鶏肉とブロッコリーの炒めものは昨日の夜より美味しくなかった。一人だと余計に周りの音がよく聞こえる、というか、うるさい。「そこの男子ちょっと静かに」なんていう女の子たちは何処かで孤
2020年5月11日 19:39
カシュ。アルコールランプの火が消える音で我にかえる。「みさき、大丈夫?」「あ、うん。ちょっとぼーっとしてた」少し焦げた匂いが鼻をかすめて頭を振る。 「手を止めぇー!」大袈裟に黒板を叩く。松木先生はいつもそうだ。「わかったな、 塩化ナトリウムも加熱すると融解して 液体になる。ここテストに出るからな!」 キーンコーンカーンコーン…「はい、号令」話し声や椅子と床の擦れ合
2020年5月11日 19:41
「朝ごはん食べないから!」「ちょっと…」背中に降りかかる母の声を勢いよく背負ったカバンで跳ね返して玄関扉に手をかける。 日の光が眩しい。くぅー。両手を高く伸ばして深く息を吸う。はぁー。そして私は、冨田沙里になる。 「おっはよーう!」「サリー!あのさ!」「数学の宿題でしょ?」恵理子は上目遣いでキュッと唇を結んでる。「おっけーおっけー」春風に黒髪がなびいて甘い香り
2020年5月11日 19:44
「あと3点!決めていこう!」「オウス」体育館に響く野太い声。「安藤、背中、頼むわ」「はい」両手を大きく開いて野沢先輩の背中を叩く。「ありがと」振り向いた笑顔とコートに向かう軽い足取りを見て自分の両手には超能力があるんじゃないかとすら思う時がある。 少し息苦しい。今朝から続く雨は目に見えないけれど、まだ降っているみたいだった。昨日切った前髪が張り付いて、短すぎたことに
2020年5月11日 19:45
「ごめんね〜」コツコツと、聴き慣れないヒールの音で振り返る。青い花柄のワンピースにまた心音が早くなる。「待った?」「あ、いや、全然」「そか、よかった」じゃ行こ、と言って変わらないポニーテールを振って麻友は先を歩いた。風が運んで来たのはいつもと違うベリー系の甘い香り。
2020年5月11日 19:46
「その天然パーマは笑えますね」「うるさいよ、生まれつきなの」湿度が高いと自動的に巻き上がってしまうこの髪の毛には、うんざりだ。洗濯機の中、1枚だけあるTシャツを真っ先に手に取る。「お気に入りなんだよね」「週3で着てますもんね」そんなに着てない、と呟きながらバサバサと洗濯物をふる。家事の最後は、洗濯物を干すと決めている。ベランダには影が一つ。風が気持ちいい。透明少女 /