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僕が孫正義から学んだ5つのこと(その3)

これまで同様、ソフトバンクで過ごした数年間の中で印象に残った孫さんならではのコメントやディレクションに焦点を当て、僕がそこで得た学びを皆さまにシェアできればと思います。

(これまでの内容はこちら↓)

今回は5つの学びのうち、最後となる5つ目の学びの共有です。note記事としても全3回の最終回ということで、孫さんからの学びの中で個人的に最も印象的だった内容をたっぷりとお伝えできればと思います。


具体的なエピソードに入る前に。

社会人として働いていると、会議などでよく耳にする言葉のひとつに「本質的」というキーワードがあります。「もっと本質的な課題解決につながる提案を」とか「あの人のディレクションはいつも本質的だ」といったような感じで使われ、なんとなく「なんだか頭良さそう」「的を射ている感じ」な印象をもたらしてくれる便利な言葉です。が、便利なあまり「本質的」の本質を理解せずに、都合よく雰囲気だけで使ってしまうことも多いのではないでしょうか?

ちなみに、辞書を引くとこういった説明がされています。

ほんしつ-てき【本質的】
[形動]物事の根本的な性質にかかわるさま。
「本質的な問題に触れる」「両者は本質的に異なる」

うーん、わかるようでわからない。先に述べたようなビジネスシーンにおける使われようとは少し違う解釈のようにも感じます。一方で「本質的」の本質が何か分かれば、それこそもっと本質的な課題解決やクリエイティブディレクションができるようになるのかもしれません。

これからご紹介する孫さんとのエピソードは、そんな本質的の本質とは何かを物語るものであり、当時僕やプロジェクトメンバーが抱えていたモヤモヤを綺麗さっぱり吹き飛ばしてくれた、鮮やか極まりない一言でした。

それは、孫正義がロボット事業を発明するために下した、とあるクリエイティブディレクションのお話です。


語録5「お前たちは赤旗法を知っているか?」

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それは、ロボット事業の発表まで数ヶ月に迫った社長会議でのこと。プロジェクトは"ある危機"に瀕していました。ペッパーのソフトウェアに不安定な部分が少なからず残されており、大きな動きをしている際に制御が効かなくなった際、バランスを崩し転倒してしまうという課題でした。

誰もがふれあえるパーソナルロボットの市場投入という、未曾有の事業発表。その世の中へのインパクトを最大化すべく、記者発表会の翌日から、ソフトバンクの旗艦店への配備が決定していました。過去のあらゆる等身大ロボットとは違い、ペッパーはステージ上やデモンストレーターの付き添いのもと動くものではありません。まさに自律型。一般のお客様と同じ空間で、囲いもなしに自由にふれあっていただける。まるで人と接するようにコミュニケーションができる、前代未聞のヒューマノイドロボットでした。もし、ソフトウェアが未完全な状態で店頭展開を行えばどうなるでしょう。突如ペッパーが制御不能になり、子どもやお年寄りに倒れかかってくるかもしれません。121cm、28kg。ちょうど小学校低学年くらいの子どもと同じくらいの大きさで、大人が一人で持ち上げるのが大変なほどの重さ。最悪の場合、大きな事故につながります。そうともなれば、世の中やメディアは一気に逆風となり、社運をかけたロボット事業が窮地に立たされるのはもちろんのこと、ソフトバンクグループ全体の甚大なブランド毀損にもなりかねません。

悩みに悩んだ末プロジェクトチームが出した答えは、ペッパーの下に半径1メートルほどのシートを敷くというものでした。このシートよりも中に入ってコミュニケーションをすると、ペッパーが倒れた際に大きなリスクが伴う。お客様に、これ以上ペッパーに近づいてはいけないというゾーンをシートを使って明示し、視覚的に伝える狙いです。ペッパーをふれあいづらい壇上にあげたり、大袈裟な柵囲いで近寄れなくするよりは、よっぽどいい。空間としては大差ないですし、チームとして導き出したベストな解決策でした。

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(上:イメージ図)


会議では、店舗オペレーションの最高責任者がチームを代表し、孫さんにアイデアをプレゼンテーションしました。苦肉の策ではあるものの、最善の策には違いない。誰もが固唾を飲んで孫さんの反応を見守りました。

プレゼンを聞き終え、しばらくスクリーンを見つめたまま黙っていた孫さんは、その後ゆっくりと振り返り、プロジェクトメンバー全員と目を合わせるように見渡しながら、誰もが予想していなかったであろう言葉を私たちに投げかけました。

「お前たちは赤旗法を知っているか?」

その場にいたプロジェクトメンバー全員が、キョトンとしたかのような空気になったのを覚えています。赤旗法。僕は子どもの頃に自動車の発明物語を絵本で読んだことがあり、それがどういったものか、記憶の片隅にかすかにですが残っていました。

それは、自動車が発明されて間もない19世紀後半にイギリスで施行された法律です。当時まだ自動車は珍しく、危険な乗り物と見なされていた時代。歩行者の安全に配慮し、自動車が公道を走る際は、赤い旗をもった人がその前を歩き、周囲に通行の注意を促すことを法律で義務付けたものでした。なので当然、自動車は旗を持ち先導する人間以上のスピードを出すことができません。せっかく人が速く移動するための手段として発明した乗り物なのにです。結果、この法律は英国の自動車産業の発達を妨げ、他国に大きな遅れをとることにつながります。

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(詳しくはこちらの記事をご覧ください↓)


孫さんは続けました。「車が当たり前の今からしてみれば、馬鹿げた法律だと思うだろ。でもな、」「今おまえたちが提案したのは、これと同じことだ。」

その言葉を聞いたとき、脳みそを思いっきりどつかれたような、経験したこともないほどの衝撃を受けたのを覚えています。その言葉がストレートに胸に響いたのはもちろんのこと、ほんの僅かな時間の中で、これほどに自分たちの甘さを痛感させる事例を用意した孫さんの思考の鋭さにも驚愕しました。

孫さんは静かに語り続けます。「いいか、俺たちがつくっているのはロボットじゃない。未来だ。」「こんなマットでふれあえないようにして、ロボットと人が共生する未来を本気でつくれると思っているのか?」

「俺 た ち は 未 来 を つ く っ て い る ん だ ぞ 。」


後にも先にも、これほど的確で胸を打つクリエイティブディレクションに出会ったことはありません。僕同様、ついさっきまでシートを敷く方向で考えが一致していたプロジェクトメンバー全員が、自分はなんて浅はかな考えをしていたんだと、痛烈に感じていたことでしょう。

それから数ヶ月後、店頭にはお年寄りにかわいがられ、子どもにもみくちゃにされる人気者、ペッパーの姿がありました。わずか短期間のうちに、プロジェクトメンバー総出でオペレーションを一から見直すとともに、ハード面、ソフト面を死に物狂いで調整した結果がそこにありました。ショップはもちろん、その後の家庭向けに販売されたペッパーでも、大きな事故は起きていません。当たり前のように思うかもしれませんが、車や家電で事故が起きていることを考えれば、これがいかに奇跡的なことか思い知らされます。

そんな努力が裏にあるとはつゆ知らず、無邪気にペッパーとふれあう子どもたちの笑顔を見ていると、自然と目頭に熱く込み上げてくるものがありました。

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さて、話は冒頭の「本質的」の議論に戻ります。この経験を通じて僕が学んだのは、「本質的」の本質とは、視座を上げて物事を捉え、考えることである、ということです。もちろん、それは「本質的」の一側面に過ぎず、他の解釈も当然できるとは思いますが、個人的にはこの解釈がとてもしっくりきています。

多くの人が仕事をする際所属している組織では、少なからず階層構造が存在し、それぞれに応じた視座を自然と持ち合わせています。下から順に、個人としての視座、課としての視座、部としての視座、本部としての視座、会社としての視座という感じです。そして、会社としての視座のさらに上に存在するのが、社会における視座。最近よく言われる「パーパス」も突き詰めればここに当てはまるのかもしれません。

ここで重要なのが、その階層ごとのミッションに縛られがちな視座をひとつ上げるということです。

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孫さんにプレゼンを行った店舗オペレーションの最高責任者が持っていたのは、彼が率いる本部の視座でした。彼が背負う「店舗で最高の体験をお客様に提供する」というミッションに縛られ、本部の視座で物事を考えた場合、「店舗でお客様に万が一のことが起きないよう、リスクを最小限に抑える」が正解となります。先述のシートが最善の解となるのです。

一方、会社のトップである孫さんが持っていたのは、会社の視座のさらに上、社会の視座でした。社長としての視座、すなわち会社の視座で見れば、先ほどの判断には大きなリスクが伴います。最悪の場合、ロボット事業はもちろん、ソフトバンクという会社のブランド自体にも大きなダメージを負うことになったでしょう。しかし、孫さんのディレクションはそのさらに上、社会におけるミッションに照らし合わせた視座によるものでした。

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「いいか、俺たちがつくっているのはロボットじゃない。未来だ。」「こんなマットでふれあえないようにして、ロボットと人が共生する未来を本気でつくれると思っているのか?」

孫さんが語っていた言葉には、社会の未来に対する大きなミッションが感じられます。会社単位で見ればリスクの伴う判断かもしれない。しかし、社会における意義で見れば、これは覚悟してでも取るべきリスクだ。孫さんがなぜあのようなディレクションを下せたのか。携えていた視座の違いがその理由な気がしてなりません。

僕たちは、自分が所属するレイヤの視座で物事を捉え、判断を下しがちです。現場の担当者の意見とマネジメントであるその上司の意見が異なり、企画が差し戻しになる理由のひとつも、その視座の違いにあるように思います。普段から物事に取り組む際は、少なくともひとつくらいは視座を上げて、できればプレゼンテーションを行う相手の視座に立って思考する必要があるのではないでしょうか。

クリエイティブディレクションとは一見、アーティストやクリエイターなど限られた人間だけが持つ華やかな才能のようにも思われますが、一方で責任を取ること、覚悟を決めることがその実態とも言われます。視座を上げれば上げるほど、そこに含まれる人の数は増え、責任範囲や必要な覚悟は大きくなっていきます。その責任を背負い、覚悟を持って、よりよいと信じる方向にプロジェクトの舵を取る。改めて、あのとき孫さんが下した判断は、物事の本質を突くクリエイティブディレクションそのものだったなと感じています。

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僕自身も、プロジェクトの中で責任を持つ機会が少しずつ増えてきました。このとき孫さんからいただいた大きすぎる学びをしっかりと生かしながら、これからの仕事に向き合っていきたいと思います。

孫正義からの学び5
物事に対し、本質的なディレクションを行いたいのなら、今の自分より視座を上げて考えよ。


<このnoteを書いた人>
Daiki Kanayama(Twitter @Daiki_Kanayama
1988年生。大阪大学経済学部を卒業。在学中にインド・ムンバイに渡り、海外インターンとして現地企業のマーケティングを支援。ソフトバンクに新卒入社後、孫社長直轄の新規事業部門立ち上げに最年少で参画。電力事業や海外戦略などの企画、事業推進に従事。創業メンバーとしてロボット事業のゼロイチを経験後、専任となりマーケティング全般を担当。その後、事業会社を支える側に身を移し、ソニー新規事業のマーケティングを1年間常駐支援。その他、著名企業の事業戦略、ブランディング、ソーシャルプロジェクトなどに従事。現在はビジネスインベンションファーム・I&COの一員として、大手企業の新規事業やブランディング、商品サービスの企画開発に携わる傍ら、個人としてスタートアップの支援も行なっている。

受賞・入賞歴に、Clio Awards、Young Cannes Lions / Spikes、Metro Ad Creative Award、朝日広告賞、グッドデザイン賞など。

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