【詩】重圧の住人 ~ストレス社会と現代人~

真っ白い空間があった。
壁もなくただひたすらにだだっ広い場所で断続的に何かと
何かがぶつかる音が聞こえた。

ふいにそれが私の近くで響いた。
すぐ横を見てみると、ひと一人入れるほどのガラス細工の
前で青年が呆然と立っている。
ガラス細工はハート形を模しているらしくその横ではスーツ
姿の青年を映した大きなモニターとそれを見て微笑む白衣姿
の中年男性が見える。

青年の反対側から誰かがガラス細工に刃物を突き立てた。
ガラス細工の一部が飛び散り、それを見ている青年の顔は
背景に溶け込む程、白くなっていった。
「あれはあなたのものですか」と、私は彼に尋ねた。
青年は僅かに頷いた。
反対側では見知らぬ誰かがまた刃物を突き立てる。
青年の顔がさらに白めいていくのがわかった。
「どうして止めないんですか」
青年は答える代わりに涙を零した。
そして、モニターを指差すとそこには彼とともに笑う女性
やこどもが映っていた。

――ドンッ!

と、今度は鈍い音が聞こえた。
驚いて青年の表情を見ると何かを漏らすまいと必死に口を
つぐみ、到底正気とは思えない形相をしているのがわかっ
た。
その表情に言いようのない恐怖を覚え、私はその場を後に
した。

ところで、彼とは等間隔で同じような光景がいくつもあり、
破壊されるガラス細工の前では多様な人物があの青年と同
じように、まるで人間とは思えない表情を浮かべてただた
だ立ちすくんでいるのが見えた。
相も変わらずその反対側では誰かしらが刃物や鈍器を手に
その破壊を臆することなく行っていた。

――いったいなんなんだ、この光景は。
私はそれらの光景にたまらず、すっかりと歩みを止め、
立ちすくんでしまった。
その場所は静かだった。恐る恐る隣を見てみるとそこに
は中年の男性が倒れていた。
モニターを見ると電車がやってくるのが見え、時期にモ
ニターが砂嵐へと変わった。
「けっ。弱いもんだね」と、そこにいた白衣姿の男が
言った。
彼はモニターの電源をいらただしげに切ると、ガラス細
工とともにそれを段ボールへ無造作に放った。

「何してんだい? あんた」
唐突に背後からやってきた中年女性の声は例えようのな
いほど力強い手に代わって、顔を見させないまま、私の
首根っこを引きずっていった。

そして、私は誰も立っていないモニターの前に放り投げ
られた。私は愕然とした。
モニターにはスーツ姿の私が映っていた。

――ドンっ!

と、鈍い音が間髪入れずに鳴り響いた。
途端に私の目頭は燃え盛り、身体中へ戦慄が飛び散っ
ていくのがわかった。
「痛いかね?  クククク。痛いかね? 耐えるんだよ」
私は私から感覚が失われていくのがわかった。
目線が地に伏せ、急速に狭まる視界の中からそれでも
ひと言、私に届いて、この世に身震いを残した。

――それが人生ってやつさ。


                                                                            

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?