涙の行方不明( 完結 )
中学三年生にもなると、色々な物が最後を迎える。
三年生最後のプールだったり、
三年生最後の部活動だったりと、
今まで通って来た学舎とのお別れの日も近く、
桜の蕾が膨らみ始めると、
本当のお別れの日が迫ってくる。
人生で数えるならば、たった三年の年月だが、
鼻垂れ坊主から、ニキビ面の顔へと変化をする爆発的な時期なんだと思う。
かくいう私も、いっぱしに初恋をして案の定に破れ、桜の散りゆくままにを経験したりと、
大人への階段を登る時に巻き起こる、先生や親に、理由なき反抗をして、周囲を困らせたものだ。
あの時はもう自分が大人だと思っていた。
自由とわがままの区別がつかなかった。
ある意味では無敵、しかしある意味では無知という諸刃の剣の時代と言っても過言ではない。
そんなクソガキ時代を、常日頃から温かく見守ってくれた、諸先輩方や先生方、何よりも誰よりも私の事を信じてくれていた親には感謝をしたい。
あの日に戻って、ありがとう!って言いたい。
あの日に戻って、ごめんなさい!って言いたい。
あの日の謝恩会で、私が見た光景は、今でも忘れられない。
三年間過ごした学舎で、色々なお別れをしてきて、後は謝恩会と卒業式を迎えるだけになった。
そもそも謝恩会とは、日頃、お世話になった先生や教職員の皆様に親御さん達が感謝の意を表す行事なのだが、
学校行事の場合は少し形を変えて、プレ卒業式みたいな雰囲気で催される事が多い。
体育館に三年生が集まり、理路整然された机と椅子に座り、親御さんたちが企画してくれた、余興などを、少し高級なパウンドケーキを食べながら楽しむ事が出来る。
決して泣かそうとして企画している謝恩会では無いと思うが、謝恩会の余興や、いつもはスピーチなどしない、給食のおばちゃんや、清掃員のおばちゃんなどが、辿々しい言葉ながらも、
泣かせるエピソード1エピソード2などを披露する物だから、馬鹿でしょーもない私も感極まる物があり臍を噛んだ。
生徒の中には、既に感極まって泣く者も出てきて、え?あいつが泣くなんて!?などと新しい発見もあったりして、それもまた涙を誘った。
だけど私は、ここぞとばかりに泣くのを我慢した。
今思えば、何故かわからないが
この様な場面で泣くのはなんだか、
嘘くさい感じと、演技をしている感覚がすらあった。
泣いてる自分に酔ってる様な感じに見えてしまう感じ、そんな気持ちわかるでしょう?笑
それはさておき、
私はその時に、演技では絶対的にない、本当の涙を見てしまった。
謝恩会もクライマックスに差し掛かり、泣かせ歌を、今で言うところのレミオロメンの【3月9日】を歌い上げている。
瞳を閉じればあなたが
瞼の裏にいることで
どれほど強くなれたでしょう
あなたにとって私もそうでありたい。
みたいに
想像を掻き立てれば
この謝恩会の時間がとても尊いものになった。
きっとこれも親御さん達の泣かせ企画だっただろう、泣かせ歌をひとしきり歌った後のクライマックスで、
三年生全員と握手をしてから体育館を後にするという企画があった。
なんて小っ恥ずかしい企画なんだろうと、私は三年生の皆と握手をするまでは思っていた。
しかし現状は違っていた。
普段は一切喋る事のない同級生などと握手をしたところで、何も感じないと思っていたが、
泣かせ歌の余韻の作用で、これが本当の最後だと思う気持ちが込み上げてきて、ニキビ面の私ですらセンチメンタルな気持ちになった。
無論に、常日頃に共に遊んできた同級生と握手した時も同じで、もしかしたらもうこの先会えないかもしれないと言う気持ちで心が震えて来たのを覚えている。
ひとりひとりの順番を待つ様にして、それぞれ握手が交わされて行く中、イジメられてた彼女の番まで近づいてきた。
イジメをして来た何名かの生徒は、
イジメられてた彼女とは握手せずに、
汚いものを見る様な眼差しでそこを通り過ぎて行くのを見た。
私もきっとそうする筈だと思って、彼女の順番を待っていた。
周りから啜り泣く声が徐々に増え始めた頃に、イジメられた彼女の前に私は立った。
握手なんて絶対にしたくない!するもんか!
しかし、彼女を目の前にしてふと彼女の顔を覗き込むと、溢れ出すほどの大粒の涙が頬をつたっていた。
いつもイジメられて泣かされてる時の涙とは別物の、優しくもあり悲しくもあり、全てが凝縮された涙を目の当たりにした私は、とっさに手を出さずにはいられなくなり、彼女の手をギュッと握った。
握った感触は、それは至って普通の人間の手であり生温かく、何も汚い物だとは微塵も感じなかった。
彼女の大粒の涙は
紛れもなく本当の涙だった。
時が経ち、齢40を越えてもまだこの切ない気持ちと、すまない事をしてしまった気持ちが残っている。
あの時の彼女の本当の涙と、普通の手の温かみが脳裏に焼き付いている。
あの日に戻って謝る事は出来ない。
だから私は
その日以来から、人に優しくする事を心の片隅にずっと持ち続けている。
そしていつの日にか、
イジメられてた彼女に巡り逢えたら、
答え合わせをしたいと思っている。
あの謝恩会での握手の時に流していた、
大粒の涙の行方を、
その本当の涙の行方は、
やっとイジメから解放されるという
安堵から来た涙なのかを知りたい。
いずれにしても私は、
あの本当の涙は、
忘れる事はないだろう。
答え合わせをしようと思ったが
ふと思いの気が変わった。
天を仰いで凛とした青空見上げたところで
答えはなんて一つも返って来ないから
その涙の意味は、
ずっと私の中で、
行方不明のままがいいかもしれない。
完
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