見出し画像

私と骨折⑦【骨がくっついた日】

骨折から23日目。

 
整形外科通院の日。
いよいよだ、と思った。
確信があった。今日包帯はとれると。

 
確信通り、その日の通院で骨折の通院は終わった。

 
骨が9割治ったとのことで、もう固定具も包帯も湿布もいらない。

いよいよ、歩く許可がおりた。

 
この23日間、ほぼ24時間巻かれた包帯がとられ、開放的な状態で靴下を履いた。

もう指を曲げ伸ばしても怖くない。

 
今まで慎重に慎重にカバーしてきた左足が、いよいよ自由になる。

 
車椅子や車で両足をついてみた。
今まではずっと左足を地面につけなかった。
だから両足がきちんと下についているだけで嬉しかった。

試しに一度外で立ち上がってみた。
両足をついて見上げた空は広かった。
三週間ぶりの、本来の目線だ。

 
試しに一歩踏み出してみたら
左足の裏から左足首に向かってピキッという衝撃と痛みが走った。

これが、三週間歩かなかった人への新たな試練だと思った。

 
三週間の間、足は向きが普段と異なったし
湿布による影響で皮膚がふやけたりもした。

そして何より、左足はどんどん細くなった。

だから骨がついたといわれてもまだ私は車椅子のままだった。

 
その日は整形外科通院の後に大学病院に行き、甲状腺の治療予定だった。

大学病院は広い。
今まで歩いていなかったのに、いきなり歩行は無理だ。

 
大学病院で再び車椅子に乗り換えた後
送ってくれた母に手を振り、私は車椅子をこぎだした。

採血はいまだかつてない空きっぷりで
15分後にあっさり終わった。
以前は1時間待ちだったから驚きだった。

 
採血後はお昼を食べ、コンビニでお昼を買った。

空いた時間は足踏みをしたり、立位訓練をした。
ちょうど病院には手すりがある。

 
もしも左足の、裏側からつきねけるような痛みの原因が筋肉不足なら
私はまず足をならさなければいけない。

やはり、バーを使っても歩くのは痛みが走った。

 
だが、座った状態での足踏みやそこからの立位は大丈夫だと分かった。

私は足踏みを中心にときどき立位をした。

 
この、痛みがある中での歩行練習は妥当なのか、安静にするべきなのかは
私にはよく分からなかった。

 
甲状腺の方は順調に数値が変化しているらしく
次の通院は一ヶ月後になった。

一ヶ月後!

私は感激した。

 
最初は二週間おきだったのが、三週間後になり、今回は一ヶ月後に!

月一の通院ならどんなにありがたいか。

 
足も甲状腺も順調ということはありがたかった。

 
帰りは地域タクシーを利用した。

さすがに今日は運転は自信がない。
正確には、運転は大丈夫だろうが、駐車場までの行き来が困難だ。

 
そのタクシーの方は私が車椅子だったので色々と文句を言って不機嫌になり
挙げ句に、「一人で車に乗って。」と言われた。

 
病院でタクシーを頼み、車椅子に乗っている方に対してそんなことを言うとは、と衝撃だった。

更にそのタクシーは乗りにくいタイプの車で
私は床を這うようにして乗り込んだ。

逆らったら、自宅に帰れない。

 
そう思い、ひたすらに耐えた。
家までの時間は長く長く感じた。

降りる時も一人だったが
自宅のスロープまで少しだけ肩を貸してもらった。

 
本当は触りたくなかったけど
今の私は下手にでる以外に方法はない。

両親共に仕事で不在だったから。

 
私は鍵を開けた。

両足で立てると、鍵開けがこんなに楽なのかと感動した。

 
今までは片足立ちのフラミンゴ状態で、鍵開けの時はバランスを崩しがちで大変だった。

私はそのまま、自宅のスロープを三往復した。
足は若干痛いが、歩けないことはない。

 
明日は5月3日で連休に入る。

このまま、薬局に甲状腺の薬を取りに行こうか。
私はそう思った。

 
三週間ぶりの愛車は愛しかった。
青空も美しい。

薬局まで10分にも満たないドライブが凄まじく楽しかった。

 
なお、何故大学病院の薬をその場で引き換えないかというと
大学病院内では引き換え不可であり
大学病院で借りた車椅子で院外を行くのは禁止だからだ。

 
大学病院周りに薬局はたくさんあるが
地域タクシーは私が行きたい薬局まで連れて行くのはNGになっており
それにより、このような二度手間になっている。

 
薬局は、駐車場から近い。
自分を鼓舞して、一歩一歩、ゆっくりと歩いた。

薬局の人が慌てて二人手伝ってくれた。

他に人がいなかったのが救いだった。

 
薬を渡したり、会計は椅子まで来てやってくれた。
ありがたかった。

 
薬局を出ようとしたら、薬剤師の方に声をかけられた。

左足が痛い場合、右手で松葉杖の方が楽なのではないか、と。
医師からは左手でやるように言われたが、優しい薬剤師さんの話を聞いて右手でやってみることにした。

 
左手でずっとやっていたからか
いまいち違いがよく分からなかった。

 
実際、私もこれは疑ったことがある。

骨折をした際、医師のやり方では松葉杖で歩くのは困難で
それにより私はほとんどの異動を膝歩きか尻歩きかケンケンになった。

 
松葉杖を持つのは逆手なのではないかと調べたが
どうやら右手で持つやり方と左手で持つやり方があるらしく
また、医師の指示した歩き方も載っていたため
私は診察の際に余計なことは言えなかった。

 
薬剤師さんは駐車場まで見送ってくれた。

「使わないと筋肉が減りやすいけど、すぐまたできるから。そんなに焦らないでゆっくりと慣らしていけたらいいと思いますよ。」

そう、声をかけてくれた。

 
確かに医療従事者のネットの知り合いの方も、似たようなことを言っていた。

私の歩く量は適切なのかどうなのだろうか。
そればかり考えていた。

足りないならもっと歩くけど、どうしたらいいだろうと。

 
病院から戻ってきた私はため息を吐いた。

かつて足を骨折した父が「足が治っても、最初はまるで自分の足じゃないみたいな感覚がある。」と言っていたので、私はそれを信じていた。

 
疲れや違和感があると思っていた。

それがまさか、こんなに痛くて思い通りにならないなんて。

 
自分の足なのに。

 
骨折した箇所は確かに治っていた。
触っても痛くないし、骨折時は歩くたびに足付近が痛かったが
今歩くたびに痛い箇所は確かに別場所だ。

 
その日は暑かったので、シャワーを浴びようと思った。

ずっと拭くだけでしっかりと洗えていなかった左足からは垢がたくさん出た。
念入りに洗った。

立ったままシャンプーしたり、体を洗ったり、髪を乾かした。

 
今までずっと、座ったり、立て膝でやっていたため
目線が本来の場所に戻っても違和感があった。

私はこんなに背が高かったのかと驚いた。
そうだ、本来の私はこんなに身長が高かった(166cm)。

 
新施設長から様子はどうかとLINEが来た。

「この調子なら連休明けから仕事行けますよ!」

と本来ならば言いたかった私は
足がいつ戻れるか分からない現状に打ちひしがれながら
落ち込みながら松葉杖で歩くと痛い旨を伝えた。

 
「通院が終了ということはお医者さんの傷病の扱いも今日までの日付ですか?

来週はじめの様子で働き方を相談しましょう。
一日勤務するか、
半日くらいにするか、
もうちょっとお休みするか、」

なるほど、と思った。
傷病手当てはこれで終わりなんだ。

 
連休明けから行けないとクビになる気がした。

クビにならないにしても、申し訳なさ過ぎて、周りがどう思っているか気になりすぎて
辞めざるを得ないのではないかと。

 
連休中に本屋に行ったり、映画に行きたいと思っていて
連休明けから仕事復帰をしたいと思っていた私は
連休明けの仕事を考えると泣きたくなってきた。

 
こんな調子で明日は歩けるのか分からなかった。

 
そんな私の気持ちを察したのか、新施設長はこんな風に言ってきた。

「出勤していきなり送迎にでるとか、支援にがっつり入るとかってことはないようにしますので焦らず筋力戻していきましょう。

そこらへんは真咲さんの中で動くことに不安がなくなってからで。

それまでは事務作業+安全な利用者さんとの活動かなと思いますので、不安なくできること、不安なく出勤退勤できる時間を言ってください。」

 
私は泣いた。
泣いて泣いて泣いた。

クビにならないことに泣いた。
行くだけでいいことに泣いた。

 
体を動かすことがメインの職場で
一人で車から玄関まで入れない私が行っても
足手まといにしかならないと思っていた。

 
だけど

行くだけでも、大丈夫なんだ。
事務やっていても大丈夫なんだ。

それは私にとって希望だった。

 
 
骨折から24日目。

 
朝、一番最初の立ち上がりはピキッとしたが
昨日よりはまだ足が痛くない気がした。

階段の上り下りを二往復やってみた。

 
骨折してからは自室にほとんど行けていなかったが
歩けて、立ち上がれることで
出しっぱなしのものを片付けたりすることができた。

一歩前進だ。

 
これなら本屋に行けそうだ。

そう思った私は
本屋に行ってみることにした。

 
骨折前は毎週1~3回以上行っていた本屋。

三週間ぶりに一人で来た。

ときどき立ち止まり、休憩しつつ本屋を回った。
普段は買う予定がない場所もざっくり見るが
今日は目当ての場所のみだ。

 
松葉杖で歩いていたから買いたい本をどう持とうか少しだけ迷い
カゴに本を入れた。

レジでお金を払い、本をリュックに入れた。

骨折をしてから両手が使えるようにリュックが欠かせない。

 
だけど、歩いたことで体が熱くなり
リュックを背負っていることで背中も汗をかいた。

 
骨折をしてから1階の涼しい場所でほとんど過ごしているため
まだ気温に合わせた服装が上手く掴めなかった。

 
その後、コンビニに買い物に行った。
車椅子で行った時は上のものが届かなかったり
通路が狭くてぶつかったり
床に品出しの物が置いてあると通りにくかったが
松葉杖だと自由度がグッと広がった。

 
調子にのった私はマックのドライブスルーでお昼も買った。
今年初めてのマック。

チーズバーガーもポテトもストロベリーシェイクも美味しくて感動した。

今の私にはごちそう過ぎた。

 
骨折になってから私は
家に一人でいる時はバナナとかパンとかナッツのような
調理をせず、冷蔵庫から開ける必要のないものを食べていた。

冷蔵庫を一人で開けたり、レンジやトースター、フライパンを使うことは困難だった。
お湯を使うことさえ。

 
パンもバナナも好きだが
選択の余地がないのも否めない。

だからこうして、ドライブスルーでマックは贅沢のように感じた。

 
今年の連休は予定していた場所には全て行けないだろうけど
本屋やコンビニ、マックに行けたのは
私にとっては大きな一歩だった。

大きな一歩だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?