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表紙に選ばれた日、裏表紙に選ばれた日

私は小さい頃から絵を描くことが好きだった。

とにかく絵を描くことが好きで
白い紙と鉛筆さえあれば、ずっと絵を描いていた。
画用紙や自由帳はあっという間になくなり
チラシの後ろの白い部分や
メモ帳や
とにかく白い紙という紙に
私は絵を描いた。

私の右手と鉛筆で世界は描かれた。
白い紙と鉛筆があれば、どこまでも自由だった。

 
そう感じていたのはいつまでだろう。

 
 
成長と共に私は
自分には絵を好きな気持ちはあっても、絵の才能はないと思い知る。
絵が上手い子はたくさんいた。
賞をもらう子は私ではなかった。

 
【絵描きになりたい】

という夢を手放したのは、小学校五年生だった。
幼稚園時代からの夢は夢のまま
私の中で現実に負けたのだ。

 
 
私は小学校高学年で谷川俊太郎さんに出会い
詩を作るようになった。
白い紙と鉛筆があれば
私は詩を書いて、絵を添えた。

鉛筆が描ける世界は絵だけではなかった。

プロになる夢は諦めたが
私は相変わらず絵を描いた。
そして、詩も書くようになった。

 
 
小学校高学年、将来の夢は作家になった。特にエッセイストに憧れた。

私はどうやら、絵より作文の方が才能があるらしい。
特に実体験を書く文章が、人よりちょっとだけ得意らしく
作文でもらえる賞状は絵の賞状より多かったし
賞はずっと上だった。

絵で一番にはなれない。
でも、作文でなら、文章でなら、私は何らかの形で認められた。

 
私はさくらももこさんのようになりたかった。
エッセイストになり、実体験を書いて本にしたかった。
エッセイストとして認められたら
いつか詩や童話を発表するチャンスがあるような気がした。

小学校六年生の頃
読書クラブで初めて童話を作った。
拙いながらも自分でカラーで絵を描き、物語を考えた。

生死について作文に10枚書いたのもこの時だ。

 
どちらも返却はされなかったし
評価はされなかったから
周りはそれをどう受け取ったかは知らない。
返却されない作品は
前もってコピーしておくという発想が
この頃の私にはまだなかった。

ただ、初めて童話と長文を書き終えたという
自己満足の思い出が私に残った。

 
 
 
小学校を卒業し、私は中学生になった。

小さい小学校からやや小さい中学校に進学したが
中学校にも絵が得意な人はたくさんいた。
私はますます自信をなくした。
相変わらず、作文や文章は評価される。
担任の先生は国語の先生で
私の才能を見出してくれ、褒めてくれたし
小学校時代よりも大きな賞を作文でもらえた。

私は少しずつ少しずつ
絵から文章に表現方法をシフトしていく。
人から褒められるのが嬉しかったし
絵より文章は自由だった。

 
描きたい絵は浮かぶ。…頭に浮かぶのに
私は技術が追いつかなかった。
人物のバランスは変だし、構図はありきたりだし、建物や植物やその他諸々を
写実的に魅力的にバランスよく描けなかった。

 
頭の中に浮かぶ世界を表現しきれないことは悔しく、また空しかった。
だからそんな時に誰かが歌や絵や詩や何かで表現していて
それが自分の世界観や感情に当てはまった時
私はただただ夢中になった。

 
一番は、自分で表現できたら表現できるにこしたことはない。
ただ、文章でなら表現できることも、絵では限界を感じてきた。
私はイメージの半分も絵にあらわせなかった。

絵は自由なのに、私は世界を描けない。
絵は、不自由だった。
ただ描ければ幸せだったのに、不甲斐なさばかりを感じる。

 
 
そんな中、中学二年生になり、宿泊学習の行事が近づいてきた。
その際、しおりの表紙を描くことが宿題になった。
生徒の作品から、先生が表紙を選ぶらしい。

宿泊学習はキャンプファイヤーやウォークラリーを予定していた。
カレー作りもだ。

 
宿泊学習は森の中が中心なんだよな…
キャンプファイヤーは人影しかうつらないだろうし、人物をシルエットで描くのはどうだろう?

色んな身長の色んな髪型の人が、それぞれ楽しんでいる絵にしよう。

 
私はそう思い、一枚の絵を描いた。
自分の中ではこだわりがあった一枚だし、自分なりに思いを込めた。
だが、我ながら技術が足りないのは分かっていた。

 
同じ宿泊学習がテーマでも
周りの友達は様々な絵を描いた。
どの子の絵も上手いし、素敵だ。

 
 
だからしおりの表紙を先生から配られた際

私は息の根が止まるかと思った。

宿泊学習のしおりの緑色の表紙は、見間違えるはずもない、私が描いた絵だった。
中を開くと、【表紙 真咲ともか】と名前が載っていた。

 
「この絵、ともかちゃんの絵なんだね!」

 
休み時間に私は友達に言われた。
表紙に選ばれたのは嬉しい。確かに嬉しかった。
だが、見れば見るほど技術が足りない。
画力もない。バランスも悪い。
選ばれた喜びよりも、「何故私の絵が選ばれた!?」という疑問が強かった。

画力があり、センスもある人は学年にたくさんいたのだから。

 
「ともかちゃんの絵、私好きだよ。影絵って雰囲気あるじゃん。」

 
友達が言った。

 
 
そして、担任の先生は私にこう言った。

「あたたかみを感じた絵だから、表紙に選ばれたのよ。」

 
 
私は友達や担任の先生の言葉に泣いた。
ようやく自分の絵が表紙に選ばれた喜びを噛みしめた。

小中学校と、文集やしおりを作る機会はあっても
表紙に選ばれたのは生まれて初めてだった。

 
私の絵が認められた!私の絵が表紙になった!
万歳!万歳!万歳!

私は嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
宿泊学習の打ち合わせや当日に、みんながしおりを手にするたびに喜びが膨れ上がった。

 
私の絵が表紙のしおりをみんなが使う喜びがあんなに大きいものだとは
私は思いもしなかった。

 
  
 
 
宿泊学習の一年後、私が中学三年生の頃だ。

中学三年生といったら、いよいよ修学旅行がある。
修学旅行が楽しみで楽しみで仕方なかったが
その前に私は別のワクワクがあった。

修学旅行のしおりの表紙は、再び宿題になった。
生徒の作品から一番良いものが選ばれる。

 
私は燃えた。
やるからには、表紙に選ばれたい。

 
 
 
修学旅行は奈良と京都だ。
京都といったら、やはり有名なのは清水寺だ。

 
清水寺…………
ええい、ままよ……………

 
私はちびまる子ちゃんの漫画を見ながら、清水寺を描いた。
まるちゃんのおじいちゃんが清水の舞台から飛び降りる描写があったのだ。

 
清水寺は柱が細かい。
描きながら泣けてきた。
細かいし、描いても描いても終わらないし、バランス悪いし、後にはもはや引けないし、やるしかないし、やるしかないのだ。

 
清水寺のあまりの難しさに打ちひしがれた私は
急遽、奈良の大仏や鹿や舞子さんを描いた。
柱だらけの建物も大仏も鹿も舞子も描くのは得意ではない…
どころか、初挑戦で
それらを描いたところでへなちょこさには変わりはなかったが
とにかく表紙を仕上げて、提出した。

 
 
 
やがて配られた修学旅行の青いしおりに、私はビックリした。
選ばれた表紙は、私が描いたものではない

清水寺

だった。

 
 
構図が私と同じ上、清水寺に焦点をしぼり、写実的に仕上げていた。上手い。
いや、これは負けるわ。完敗。
やっぱり表紙にはこういう絵が選ばれるよね。うん。

 
悔しさはなかった。
あまりに見事だったからだ。
同じ題材な分、差は明らかだった。

 
 
見事な負けにいっそ清々しささえ感じた私は、裏表紙を見て、ひっくり返りそうになった。

わ、私の表紙だ…………

どうやら私は第二位の作品だったらしい。

 
 
見れば見るほど同じ構図の清水寺で
見れば見るほど柱が歪んでおり

よく裏表紙に選ばれたよ………

と、私は顔を引きつらせた。

 
 
 
(こちらが裏表紙である↓)


 
 
 
中学校を卒業した私は高校生になり
本格的に詩や詞を作るようになった。

高校生になった私は
徐々に絵を描く時間は減っていき
大人になった私は
詩や詞は書いても
絵はほとんど描かなくなった。

 
仕事柄描く絵はうさぎやネコやアニメキャラといったキャラクターが中心となり
昔あれほど描いた少女漫画風の絵はほとんど描かなくなった。

 
 
 
(昔はこんな絵ばかり描いていたのにね↓)

 
 
 
 
 
私は30代になり、noteに出会った。

コロナウィルスにより、外出や活動に制限がかかるようになり
私は毎日noteで、過去の体験を書くようになった。

 
小中学生だったあの頃
私は絵描きやエッセイストになりたかった。
そして中学校三年生になり
私は現実を見つめ、福祉職になることを決めた。

 
そして、学校卒業後、福祉職として11年働いた。
3年勤めることを目標としていたのに
まさか11年も続くとは思わなかった。

 
 
現在は転職活動中である。
福祉職に就くか、他の仕事に就くか、今の時点ではまだ分からないが
私がnoteにエッセイを書くようになり、半年以上が過ぎた。
その間に、サポートをしていただけるようになった。

見知らぬ方複数からお金をいただけたことは
今年あった嬉しいことの一つだ。

 
 
私はプロの絵描きにも、エッセイストにもなれなかった。

だけど、中学校時代にしおりの表紙や裏表紙に選ばれることができた。
あれから15年以上経ってもしおりは捨てられない。

 
そして、大人になってnoteでエッセイを書けるようになった。
毎日私が書く文章を誰かが読んでくれて、スキやコメントやサポートをしてくれる。

夢は夢のまま、夢の形を少し変えつつ
私は少しずつ夢に近づいている。

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