セーラー服と網タイツ
私が初めてその人に会ったのは、高校に入学してからだった。
私はチラッと見ては目を伏せ、またチラッと見ては目を伏せた。
嘘がつけない。
それは私の長所であり、短所だ。
「ともかちゃん、電車通学の人の間では、あの人は有名な人なんだよ。」
私立の中等部に進学し、中学生の頃から電車通学していた友人は、私に別場所でコソッと囁いた。
そりゃ有名だろうなぁと思った。
朝の通学・通勤ラッシュ時に
その人はとてもよく目立っていた。
その人は私達学生から、「セーラー服おじさん」と呼ばれた。
小太りで50代くらいだろうか。
髪はおそらくウィッグで、茶髪のパーマ。
コスプレ用と思われるセーラー服を着ていた。
スカート丈はやや膝上で、ルーズソックスにローファーを合わせていた。
確か、特にメイクはしていなかった。
私が高校生の時はコギャルが大流行していて
お洒落女子のスカート丈はなんといってもミニだった。
ルーズソックスが流行したのは私が小学生の時で、従姉妹はルーズソックス世代だった。
ダボッとした白い靴下の上をソックタッチで固定し
ゴム抜きをして、適度にたゆませて履くのが
女子高生の間で大流行していた。
従姉妹は私とかなり年が離れていたので
私にルーズソックスを大量にプレゼントしてくれたが
これがあの噂のルーズソックスかぁ!
としか思わなかった。
なんせまだ小学生である。
試しに私服のスカートに合わせて履いてみたし
ソックタッチで固定もしてみたが
なんとも履き心地は微妙で慣れなかった。
そもそも私はミニスカートを持っていなかったし
ルーズソックスはひどく不釣り合いだった。
中学生の頃、私の学校の制服は
ミニスカートにできないタイプで(ちびまる子ちゃんの赤いスカートのようなタイプ)
コギャル(マゴギャル?)の人達もスカート丈は膝丈だった。
靴下は白のソックスと決まっていたが
ワンポイントまでOKだったので
サンリオのキャラクター等が入った靴下を履くのが
当時の精一杯のお洒落だった。
とは言ってもバイトをせず、お小遣いでしかお金がない私は
親から早々たくさんの靴下は買ってもらえない。
ワンポイントの靴下は高かった。
三足無地のソックスの方が安かった。
だからほとんどは、無地のソックスを履いて過ごしていた。
私が高校生の頃、ルーズソックスのピークは終わりを告げ、時代は紺のハイソックス時代に突入した。
ルーズソックスはルーソー、ハイソックスはハイソと呼ばれていた。
ニュースによると、東京や都心部ではとっくにルーソー文化は廃れていたようだが
うちのように田舎や地方は都会に遅れて文化が入ってくるので
流行には多少の誤差があった。
だが、私の高校はタイツ指定だったので、ルーズソックスもハイソックスも無縁であった。
タイツは元々お嬢様のようで好きだったし
制服トータルコーディネートもまたお嬢様っぽくて素敵だったが
流石に毎日タイツは飽きてくる。
私は朝が弱い。
寝ぼけている状態でタイツを履くのはなかなか時間がかかる。
夏はくるぶしソックス指定だった。
今でこそ、若者の間でくるぶしソックスは流行っているらしいが
私の時代は「ダサい」の三文字で片付けられた。
マメな人はタイツやくるぶしソックスを放課後に脱いで
わざわざルーズソックスやハイソックスに履き替えていたが
私はズボラなJKだ。
履き替えるつもりは全くなかった。
面倒ったらない。
大体、履き替えて学校の先生に見つかって内申書に響いても困る。
私が小学校から高校まで勉強を頑張っていたのは
大学進学を目標にしていたからなのだ。
我が校の制服はルーズソックスや紺のハイソックスが合わないデザインだったし
尚更履く気は起きなかった。
余談だが、高校三年間であまりにもタイツを履きすぎて
しばらくプライベートではタイツを履かない時期があった。
さて、当時私と大して年の違いがない女性は
多かれ少なかれ同じような道を辿ってきたと思うが
そんな私達学生に混じって
毎朝電車に乗るセーラー服おじさんとは何者なのだろう。
スカート丈は膝上だから
私達と同じように三つ折りかもしれない。
高校生といったら、スカート丈は三つ折りだ。
潔くスカート丈を切ってしまう方も中にはいたが
抜き打ちチェックもあったのでリスクは高い。
行事の時にはササッと丈を戻せる三つ折りが望ましい(ただし、三つ折りだと若干よれるのが難点だ)。
当時の私にとって大人とは、働く人であった。
女性ならばパートや専業主婦もあったろうが
大人の男性は働く人のイメージがあった。
だが、セーラー服おじさんは、その格好で働きに行くのだろうか?
セーラー服おじさんはいつも赤いランドセルを背負っていた。
赤いランドセルの中に仕事道具が入っているのだろうか?
はたまた趣味でそのような格好を?
みんなに見られることが快感?
ただ思いのままに着たいだけか?
結婚して子どもはいるのだろうか?
今日は仕事休みなのだろうか?
いやだが、休みの日に着るには、出現率が高い。
やはり仕事?
駅のロッカーに仕事着がしまってある?
見れば見るほど
会えば会うほど
私の中では好奇心や妄想が膨らみ
疑問が後から後から沸いてきた。
色々聞いてみたい。
色々知りたい。
だが、その色々を聞くわけにはいかない。
さすがに好奇心旺盛な私も
話しかける勇気や覚悟はなかった。
私含め周りの学生もチラチラ見たり
セーラー服おじさんを意識しつつも
みんな物理的距離を置いていた。
今でいうソーシャルディスタンスは
既に当時からあったとも言える。
セーラー服おじさんは毎朝
私と同じ駅で降りていた。
駅に到着したら戦場のごとく学生は走り出し
自転車置き場に向かうので
セーラー服おじさんどころではなくなる。
駅に着いてからセーラー服おじさんが何をしているかは私には分からなかったし
学校帰りや休日に遭遇することはなかった。
セーラー服おじさんはいつも一人だった。
一人言を言わない人だった。
クシャミや咳さえなかった。
毎朝会っていたのに声さえ分からない。
あんなに存在感があるのに
分からないことだらけなのである。
通学の時間の電車で会っていた関係のため
高校卒業を機に会わなくなった。
これが私とセーラー服おじさんの思い出である。
高校を卒業した私は、大学に電車で通うことになった。
高校時代は下り線の電車に乗っていたが、大学時代は上り線である。
ホームが変わるのである。
女子大生になった私は、下り線のホームでセーラー服おじさん②と会う。
そう、どうやら私の最寄り駅には、上り線のセーラー服おじさんと下り線のセーラー服おじさんがいらっしゃるようだった。
私はまさか最寄り駅で第二のセーラー服おじさんと出会えるとは思わず
初めて会った時はとても驚いた。
高校卒業を機にセーラー服おじさんとも会えなくなったと思ったら
まさかの新たな出会いである。
春は出会いと別れの季節であることを
私はセーラー服おじさんから学んだのである。
セーラー服おじさん②の方は細身で長身で
黒のボブヘア(多分ウィッグ)。
40~50代くらいだろうか。
セーラー服を着て、下はブルマーで網タイツ、靴はローファー。
口紅は真っ赤。
ランドセルを背負っていて、手には黄色の上履き入れを持っていた。
………なるほど。
セーラー服おじさんも、人によって様々なこだわりがあるんだな。
私は個性を感じた。
同じセーラー服おじさんでも方向性の違いやポリシーを感じた。
とりあえず分かったことは赤いランドセルがマストアイテムということだ。
もしかしてセーラームーンが好きなのかな?と思ったが
セーラームーンなら片手にはステッキだし
ランドセルは関係ないだろう。
セーラー服おじさん②はいつも同じ駅で降りた。
その駅は私の友達の最寄り駅で
セーラー服おじさん②と心の中で別れを告げた後
大学の友達と落ち合う感じだった。
友達の最寄り駅ということもあり
また私のバイト先でもあり
大学の帰りや休日にその駅をよく利用したが
やはり朝以外は会えなかった。
謎は深まるばかりである。
二人のセーラー服おじさんは友達なのか?
各自たまたまセーラー服おじさんになったのか?
一日あの格好なのだろうか?
セーラー服の何が彼等をそこまで魅了したのか?
私はまたしても疑問ばかり浮かんだ。
大学はある程度単位が取得できてからは一限からの講義が少なくなり
私はセーラー服おじさん②と自然消滅のごとく会えなくなった。
別れは呆気ないものである。
それから時は流れ、私は社会人になった。
私は仲の良かった同僚に、ひょんなことからセーラー服おじさんの話をした。
「私も知ってますよ!4人組ですよね?」
4人組!?
私は飲んでいたお茶を吹きこぼした。
なんでも同僚の話によると、セーラー服おじさん4人組はスーパーに買い物に来るらしかった。
我が家と同僚の家は一時間以上離れている。
同一人物の可能性もあるが
おそらく別人であろう。
上り線と下り線担当?のセーラー服おじさんだけでなく
買い物担当?のセーラー服おじさんがいるとは。
しかも4人組。
私の地元のセーラー服おじさん①②はいつも一人だったけど
同僚の地区は仲良しセーラー服おじさんなんだ。
そう思うと微笑ましかった。
高校と大学を卒業してから、私はセーラー服おじさんに会っていない。
ネット情報によると、日本全国各地にセーラー服おじさんの目撃情報があるので
セーラー服に魅せられた男性が一定数いるのだろう。
そういうことを知れば知るほど
セーラー服の凄まじさを思い知る。
ブレザーおじさんはいないし
学ランおばさんだって私は見たことがない。
私の高校の制服は高値で売れると聞いたことがあり
私はてっきり制服の匂いを嗅ぐ目的で男性が買うと思っていたが
もしかしたら着たい方も一定数いるのかもしれない。
セーラー服おじさん。
その存在は一人ではない。
最初、セーラー服おじさんを見た時
色々な人がいるなぁと思った。
だが、現実は違かった。
色々なセーラー服おじさんがいる。
私は世界を知らなかった。
狭い世界の中で生きて、知ったかぶりをしていただけに過ぎないのだ。
全国各地にいるとなると、もはやセーラー服おじさんは文化であり
文化人類学でさえあるかもしれない。
とりあえず私は
コスプレでならセーラー服を着たことがあるが
網タイツは公私共に履いたことがない。
人生で一度くらい
網タイツを履いて街を歩いてみようかな。
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