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【♯9】 写真の場所性と記念碑性についての考察及び歴史伝承への応用 ━ 【第4章 写真と記念碑】 -4

4 - 4 他作品から考える風景の保存

4 - 4 - 1 ベアトリス・ゴンザレス『無名のオーラ』

場所を作品として保存した例として、ベアトリス・ゴンザレス *『無名のオーラ』を取 り上げる。この作品は、70 年前に建造され 2003 年に取り壊しが決まったコロンビアの ボゴタ中央墓地を、記憶の共有場所として保存する取り組みである『Lugar de memoria(記憶の場所)』というプロジェクトの一環で制作された。個人の存在や感情を軽視する 自国の公権力に対し、彼女は無数の板に 1 枚ずつシルエットを刷ることで、名も無き 死者たちを鎮魂すると同時に、社会が忘却していくそれぞれの痕跡をとどめようと試み た。ベアトリスの作品はまさに能動的な想起を促すため、時間の幅をもった場所を保存 するというアクションの一つであった。歴史の中に必然的に埋もれる運命にあった無数 の個人の記憶をそこに留めることによって記憶をその場所に保存する意図があったので はないだろうか。実際にベアトリス・ゴンザレスによって行われた作業は広島の街で行われるべきアクションに比べると個人的なものであり、期間も短いものであるが(2003 年に墓地の取り壊しが決まり、行政への働きかけによって無期限の保存が決まったのが 2019 年)、その目的意識としては同じものを感じざるを得なかった。

4 - 4 - 2 ピーター・アイゼンマン『虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑』

ベルリンの中心部にも、建築家ピーター・アイゼンマンによって設計され 2005 年に 完成した『虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑』(図 6) がある。この作品 はベルリンの都市の一区画、サッカー場約 2 個分の広さの土地に、2,711 本の柱がマト リクス状にただただ並べられているというものである。これも、風景をアートとして保 存し、人々に歴史の想起を促すためのパブリックアートであると言えると考える。この 作品は、私が今回制作した作品やベアトリスの作品と違い、その場所自体に特別な歴史 があるわけではない。しかし能動的な歴史の想起の場として、このように風景を概念と して保存する手法が取られていることには違いはない。さらに興味深いのは、この作品 には「記念碑」という言葉が使われてはいるが、最終的には碑としての作品と言うより、 我々が普段眺めているようなただの風景に近い役割を与えられている。完成直後から この記念碑では子供が遊んだり、若者がピクニックをしたりする姿を見て不満の声があ がっていたようだが、設計者のアイゼンマンはインタビューで「これでいい。墓地や教 会や、ほかの公共広場も、同じ風景ではないか。そもそもこの記念碑は犠牲者のためで はなく、ドイツ人のために作られたのであり、そして現在のドイツ人は過去のドイツ人 が行ったホロコーストに責任がない。その前提を自覚できれば、誰でもこの記念碑でく つろぐことができる。」と述べている。24)この話は、歴史の想起を促すというアクショ ンにおいて意外に重要であると考えている。風景を使用した想起の場は、あくまでも能 動的な作業を促す場所であり、想起を強制するものではない。ベンヤミン の言うように、 不意に火花のように発するものである。だとすれば、長期的な歴史の伝承を担う場所は、 碑としての存在と言うよりはむしろ風景として、我々や、我々のずっと後の世代の生活 にできるだけ浸透するものであるべきなのかもしれない。

写真の場所性に基づいた“場所”“風景”と記念碑への考察によって、実際の社会に 存在する作品をこのように切り取り、考えていくことができた。もちろん、場所性を用 いたやり方が万能であるわけではない。他にも有効な想起の方法はあるだろうし、何よ り歴史をダイレクトに語る実物を見たり、正確な過去の情報から正確な歴史を把握する ことは非常に重要なことだ。しかし、先述した二つの作品や、これからの広島のように、伝承において圧倒的に長期的な第二のフェーズにおいては、写真の場所性に基づく理論 は効果的であると私は考える。

Peter Eisenman  "The Memorial to the Murdered Jews of Europe"


おわりに

写真術の歴史に始まり、過去と写真の繋がり、写真の場所性とベンヤミンの史的唯物 論、そしてそれに基づく写真の記念碑的性質と広島の原爆伝承と、随分話を広げてしまっ たが、それだけ写真が持つ性質は不可解であり魅惑的であり、且つ有用なはずである。 仮に広島のこれからの伝承活動に応用できたとしたら、多少なりとも広島の歴史の伝承 に寄与できるのではないだろうか。しかしここで考察した写真の場所性とそれに基づく 諸性質には考察すべき点が多々残っており、その分私が述べた以上に社会に活用できる 点も残っていると考えている。 本論文を執筆する中で、写真の場所性の論に伴って展開してきた写真と風景と記憶と いう 3 点間の関係性が浮き彫りになったが、これらの要素を整理し切れたとは到底言右 ことはできない。しかし私の中でこの 3 点が何か強く引きつけ合う要素で繋がれている ことは明らかになった。この要素を辿り言語化、作品化していくことがこれからの作家 としての使命になっていくのではないだろうか。



註釈・引用

24)『なぜホロコースト記念碑で遊んでもいいのか』
Berliner Morgenpost 
https://www.morgenpost.de/berlin/article104142463/Warum-man-am- Holocaust-Mahnmal-spielen-darf.html

参考文献

  • ヴァルター・ベンヤミン 著 / 鹿島徹 訳・評注 『[新訳・評注]歴史の概念について』/ 未来社 / 2015 年

  • ヴァルター・ベンヤミン 著 / 佐々木基一 訳 『複製技術時代の芸術』/ 晶文社 / 1999 年

  • ヴァルター・ベンヤミン 著 / 久保哲司 訳 『図説 写真小史』/ 筑摩書房 / 1998 年

  • マイケル・タウシグ 著 / 金子遊・井上里・水野友美子 訳 『ヴァルター・ベンヤミンの墓標』/ 水声社 / 2016 年

  • ピエール・マッコルラン 著 / 昼間賢 訳 『写真幻想』/ 平凡社 / 2015 年

  • ロラン・バルト 著 / 花輪光 訳 『明るい部屋』/ みすず書房 / 1997 年

  • 森山大道 著 /『ニュー新宿』/ 有限会社月曜社 / 2014 年

  • 伊藤俊治 著 /『20 世紀写真史』/ 筑摩書房 / 1988 年

  • スーザン・ソンタグ 著 / 近藤耕人 訳 『写真論』/ 晶文社 / 1978 年

  • 港千尋 著 /『記憶 「創造」と「想起」の力』/ 講談社 / 1996 年

  • シャーロット・コットン 著 / 大橋悦子・大木美智子 訳 『現代写真論 新版 コンテンポラリーアートとしての写真のゆくえ』/ 晶文社 / 2016 年


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