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彼が今どこに自転車を停めているか、私は知らない【短編創作】

私たちの学校の駐輪スペースは、図書館の脇と、校舎と校舎の間の木陰、そして実験室の脇の3ヶ所にある。私は彼の自転車なら、どんなに他の自転車に紛れていてもすぐに見つけることができる。それは、彼の自転車が特別変わった色をしているからでも、何か目印をつけているからでもない。かといって、私の洞察力が秀でているからというわけでもない。彼は毎回、実験室の脇にある駐輪スペースの決まったところ時に自転車を止める。毎日毎日、そんなに都合よく同じところが空いているものなのかと思う程である。だから私は、彼の自転車をすぐに見つけることができる。

放課後に、彼と駐輪スペースまで行き、『自転車みっけっ!』なんてお決まりの台詞を言い、当たり前のようにあなたの横を歩けることが嬉しかった。嬉しいなんてもんじゃない。本当に幸せだった。幸せという言葉は多くの人が使うから安っぽいだなんて普段は思うのだけれど、気持ちが高ぶっている時には難しい言葉などがでる余裕もなく、幸せという響きで脳が埋めつくされてしまうのだからとても悔しい。悔しいという負の感情ですら心地よく感じてしまうのですから、恋は盲目と言うのでしょうか。

けれど、これは1年ほど前の話なのであって、あなたが今、朝学校へきて、どこのスペースに自転車を停めているのか、毎日同じ場所なのか、それとも日替わりか、私は知らない。私が彼の自転車を探すことも、私が自転車を押す彼の横を歩くことも、幸せという感情で盲目になることも、あの日からもこれからもないだろうと思う。

それでも私は、今日も実験室の脇を通って下校している。彼がまだ、あの場所に自転車を停め続けているのではないかと期待せずにはいられないのです。







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