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読後感想『琥珀のまたたき』

幼い頃の記憶。

誰しも幼い頃のことを思い出すと、ほとんどのことが朧げながらも、どこか断片的に思い出す記憶があると思う。そしてなぜか楽しい思い出よりも、どこか苦い思い出の方が、脳裏に強く焼き付いていて思い出すたびに少しシュンとなる。

わたしがちょうど小学校に上がる前に、隣に兄と妹の兄妹が住んでいた。よく一緒に遊んでいたのだが、妹は非常に犬が苦手であるときそのことを面白がった兄がわたしも巻き込んで、妹に犬をけしかけたことがあった。

その途端、妹は恐怖で泣き叫び、その事実を知ったその子の親が兄貴共々わたしを叱った、という記憶。その時は、申し訳なさと罪悪感とできゅっと胸が締め付けられたような痛みに襲われたことを覚えている。

記憶のかけら。

小川洋子さんが描く物語は、そうした昔の記憶を呼び戻すトリガーを持っているように思う。それほど物語に起伏はないのだが、言葉ひとつ一つをなぞっていくたびに、昔の記憶の扉が一つずつ開いていくような、そんな錯覚に襲われる。

<あらすじ>

ある日、犬に舐められたことにより亡くなってしまった末妹。その日をきっかけに、母親は子供たちに対して異常とも言える過保護ぶりを見せるようになる。末妹を亡くして残された3人の姉弟たちは、失踪した父親が持っていた別荘に外に出ることを禁止され、半ば軟禁状態で思春期を過ごすことになる。

世間の関わりから隔絶された3人の子供たちは、年齢の変化によりそれぞれが少しずつ抱く心境にも変化が生まれていく。この物語の中心となるのは、3人の姉弟のうち2番目に生まれた琥珀。彼の左目は、何か病気を患ったためか他の子と色が違う。そしてその見えにくい瞳の中に、彼ら家族は亡くなった妹の姿を見るのだ。

作品の中で、重要なモチーフとなるのが図鑑。

普通の本であれば文字ばかりでとっつきにくいものも、絵がふんだんに使われることによって、子供たちはあくなきイメージを膨らませていくのである。そして、彼らは世間から隔絶されたらされたなりに、新たに自分達の世界観を図鑑を通して広げていくのである。

掻き立てられる想像。

小川洋子さんの作品は、割とことあるごとに読んでいて、他の代表作である『ことり』、『密やかな結晶』を読んでいるときにも思ったのだけれど、彼女が紡ぐ言葉を読むたびにどこか極上のフランスコースを食べている気分になっているのである。この感覚伝わりにくいかもしれないけれど。。。

特別なドラマはないのだけれど、素敵なジャズのかかっているお店で、静かに耳と目を傾けながら読みたくなる本。この手のジャンルの本は、やっぱり女流作家さんが書いた本に多い傾向にある気がする。男性だとこうまで繊細に物語を紡ぐことができない。

「もうちょっとで銀河の雲に足をとられて迷子になるところだった」
…金属のパイプとだらんとしたスカートの裾とおばさんの両足の向こうで、星が瞬いている。

その他、子供たちが考案した「オリンピックごっこ」や「事情ごっこ」といった遊びは、彼らがおおよそ学校に行っていないとは思えないくらいの想像力の豊かさを垣間見させるのである。

最後まで読み終わったとき、そこに訓戒めいた何かがあるわけないのだけれど、読み終わった後の余韻が細い糸のように、伸びていた。

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