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第3回 CTスキャンの功績は、ミイラを生かし続けられること

展覧会をもっと楽しむ!“骨のエキスパート”坂上和弘先生インタビュー(全5回)

CTスキャンの技術の向上は、古代エジプト研究にどのような功績をもたらしたのでしょうか。これまでの研究方法との違い、そして今後の展望についても聞きました。
取材・構成:渡辺鮎美(朝日新聞メディアプロダクション)

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坂上 和弘(さかうえ かずひろ)先生 プロフィール
国立科学博物館 人類研究部 人類史研究グループ長。専門は自然人類学・法医人類学。先史時代から現代までの人骨やミイラが研究対象。

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頭骨のCTスキャン撮影風景と、CTスキャン画像の例(写真はいずれも坂上先生提供)

――CTスキャンの技術無しにミイラから病変などを知るには、破壊するしかないのでしょうか。

破壊しないと難しいです。1990年代ごろまでは、まだCTスキャンの解像度や画像の分析技術が低く、研究者の中には「やはり実際に解剖しないと詳しい調査は難しい」という声も多くありました。

しかし、CTスキャンの技術やコンピューターの解析技術も日進月歩の発展を遂げました。今回の展示でも現在の最先端といえる高度な分析技術の成果が紹介されます。解剖した状態にかなり近づいているといえるでしょう。

――破壊せずに研究してもらえると、私たちが実物を見られる機会も生まれますね。

それもありますが、破壊してしまうと、ミイラとしての命はそこで終わってしまうんです。もちろんかつての研究では、破壊したミイラもなるべく後世に残そうとしてきました。ですが、残したとしても、一度破壊してしまったミイラは当然、元通りにはなりません。

今はわからないことであっても、今後の技術革新で新たな情報が得られる可能性はあります。それを無くすことになってしまうのです。

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国立科学博物館所蔵のメキシコミイラのCTスキャン画像からの三次元構築画像

――それこそ今回の展示内容は、CTスキャン技術の飛躍的な進歩によって新たに得られたものでした。

破壊してしまうとそれがすべてなくなってしまいます。ミイラだけではなく、文化財全般に言えることですが、文化財の価値を無くしてしまうことだってありうるのです。

正直、研究者はこれまで「解体したい」と思いつつ、「でもだめだ」というせめぎ合いをずっと繰り返してきました。それを「壊さなくてもいいんだ」という方向に一歩押してくれた。CTスキャン技術の進化がもたらした功績だと思います。

また、撮影技術だけでなく、画像を解析するソフトウェアの進化も大きい。ソフトが変わるだけでも、新たなことがわかることもあります。

ただ、今では一般的なスペックのパソコンで処理しようとすると、パソコンが動かなくなるほどのデータ量になってしまっていて、作業する際には大変ですが(笑)。それほどまでに得られる情報が増えたことを実感しています。

――ミイラの生前の病気までわかるというのは、意外でした。

それは考えてみれば当然といえますよ。なぜなら、人の体の見えない病変を明らかにするのがCTスキャンの本来の目的の一つだからです。そのために医療の領域では、撮影技術や画像の解析技術が発展してきましたから、ミイラにもあてはめて検証することができます。

――ミイラでなければわからなかったこともありますか。

例えば、血管などは骨だけになってしまうと残らない器官ですから、人骨が出ても調べることはできません。ミイラから古代人の血管の様子を知ることができる点も、大きな飛躍といえるでしょう。

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エジプトのミイラのCT画像から三次元構築した図

――6体のミイラのように、生前の病気などについて考える時には、医療の知識も必要になりますね。

僕たちも、臨床現場のCTスキャン画像から得たデータを参照することがあります。現在では、体のどの部分にどのような症状が出るのか、といった医学的なデータがかなり累積されているため、そのおかげでミイラのことがよりわかるようになっています。

CTスキャンの専門家の医師とディスカッションしたり、教えてもらったりすることもあります。

――今後のCTスキャンの進化には、どのようなことを期待しますか。

一つは、より高い精度で撮影できるようになって欲しいということ。もう一つ、実現可能かどうかは未知数ですが、CTスキャンで物質の分子構造までわかるようになれば、これほどうれしいことはありません。

今回のCTスキャンでは、ミイラ内部に蝋(ろう)と思われるものが見つかったり、胸の中に砂状のものが入れられていることがわかったりしました。でも、それが本当に蝋なのか、何の砂なのかは、今はまだミイラを解剖してみないと確かめることができません。そこまでわかるようになったら、本当にミイラを壊すことなく研究することができるようになります。

(第4回につづきます) 

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特別展「大英博物館ミイラ展 古代エジプト6つの物語」

会期:2021年10月14日(木)~2022年1月12日(水)
会場:国立科学博物館(東京・上野公園)
※会期等は変更になる場合がございます。
※開館時間、休館日、入場料、入場方法等の詳細は決定次第、公式サイトでお知らせします。

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