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はじめから

夕日刺さる部屋。
二人揃ってシーツから滑り抜けた。

ユナは何も言わず下着、ジーンズ、Tシャツの順に着て、テーブルの上に置いていた飲みかけの缶ビールを一気に飲み干した。

「どうして昨日のビールって不味いんだろうね」

「冷えてないからだろ」

「じゃあ、冷えたビールでも飲みに行きますか。早く着替えて」

僕は急かされながら下着、ジーンズ、Tシャツの順に着替えた。


町中華のテーブルの中央には、二人を隔てるように餃子とエビのチリソースと酢豚が並び、真白な霜が薄く張った生ビールがそれぞれの手元にある。
綺麗なシンメトリーだったが、ユナの目の前に運ばれてきた白飯のせいでそれは崩れた。

左手に茶碗を持ったまま餃子と白飯を口に運ぶユナの頬はシマリスのように膨らんでいる。

そういえばユウジはユナのこういうところが好きだと言っていたな。


「いいお店だね、少し古いけど」

「煙草吸える飯屋がここしかないんだよ」

そう言ってラッキーストライクに火をつけた。
大きく吐いた煙が油まみれの換気扇に吸い込まれる。

「いる?」

「いらない」

「昨日は吸ってた」

「昨日は、煙草に逃げたくもなるよ」

「ユウジに振られたから?」

「そうだね。だけど昨日たくさんお酒飲んで、きみとセックスして、餃子食べてビール飲んでたら、もうユウジのことは忘れちゃった」

「嘘。そのTシャツ、ユウジがよく着てるやつだよね」

「たまたま着てるだけだよ、未練とかじゃなくて。このTシャツね、ユウジと一緒に偶然入ったお店で見つけたの。植物まみれの変わったお店だった。デザインも可愛いし、二人で着れるからユウジが買ってくれたの。半分同棲みたいな感じだったからさ、シェアしてる服も多かったんだ」

それからユナは一言も喋ることなく、ひたすらシマリスに変身し続けた。



すっかり暗くなった町を歩いていると、ユナは少し不安定な足取りで言った。

「ねぇ、もう一杯付き合ってよ」

「いいよ」

「やった、持つべきものは元彼の友人だね」

「危険な台詞だけど、どこ行くの?」

「ユウジの部屋」

戦の太鼓のようにリズムを刻むユナの足音のあとを、僕は慌てて追いかけた。



階段を登るとユウジの部屋の扉が見えてきた。

「大丈夫、放火なんてしないから」

「いや、それより」

「ユウジは出張でいないよ」

鍵を差し込み、ドアノブを引いた。

「汚いところだけど入って」

慣れた様子で玄関を上がっていく。
溜息をついて、僕はつづいた。


月明かり刺さる部屋。
間接照明が一つだけついているが、大きな窓のおかげで十分すぎる明るさだ。

「二人で着てたけど、買ったのはユウジだからこのTシャツ返しにきたんだ」

ユナは着ていたTシャツをハンガーにかけて、キッチンとリビングを仕切るカウンターの横に置かれた白木とガラスでできたキャビネットの前に立ち尽くした。

「このグラス、ユウジの誕生日にプレゼントしたんだ。お揃いで使おうねって」

「バカラのアルクール。高級品だ」

「なんで私が振られたか知ってる?」

「新しい彼女が出来たって」

「そう、あいつ無神経だからさ、このグラスもその子と一緒に使うと思う。だから一個持って帰ろうと思ったんだけど、私は霜が付くほど冷えたジョッキがお似合いだから。これは置いて帰る」

「そっか。いつでも付き合うよ」

目が合ったまま数秒が流れた。
僕は耐えきれず綺麗にベッドメイクされたマットレスの広がりに目線を移した。
出張帰りの夜に新しい彼女を迎えるために、ユウジがホテルの客室係みたいにベッドを整えたのだろう。

ユナがベッドの中央に腰を降ろすと、ベッドカバーの四隅から、ピンと皺が走る。
逸れていた目線がもう一度合う。

「ねぇ、ここでセックスしちゃおうか」

一つだけの間接照明と月明かりに照らされた、下着とジーンズ姿のユナは魅力的だったが、僕の口から出たのは別の言葉だった。

「やめとく。おれもここでするのは気が引ける」

「冗談だよ」

笑ったユナの顔は、難しいクイズに正解した僕に送られる花丸のようだ。


「さっき新しい彼女が出来たから振られたって言ったじゃん。あれ本当は違うの。私と付き合う前からその子とは付き合ってたんだ」

「二股ってこと?」

「うん。私ははじめからそれを知っていてユウジと付き合った。付き合えば私が一番になれるって思ってたから。だけど、いつまで経っても二番。いつまで経っても都合のいい女。ユウジはその子のことを私にばれていないと思っているから、二人でいる時は私が一番だったんだ。それでも良いって思ってたけど、新しい彼女が出来たって私に言うってことは、私が一番になることはもう無いんだよね。私ははじめから傷を負ってユウジとの関係をはじめてたんだ」

「はじめから、ボロボロだったんだ」

「だけど、はじめからボロボロだったから、上手くいくわけないなって開き直れる。純愛で二股なんてかけられたら、立ち直れないよ」

「そっか」

「はじめからボロボロでよかった。ほら、おかげで君と友達になれた」

「びっくりだよ。連絡先知ってるだけで昨日まで大して面識もなかったのに」

「セックスしちゃったけど、大切な友達になれそうだね」

「はじめからボロボロだな」
















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