読書感想文「残酷な神が支配する」(上)
文庫で10巻。買いました。読みました。
萩尾望都さんの「残酷な神が支配する」。もう20年以上前の作品になるんですね。若い頃、連載中に前半だけ読んだことがあります。私は20代の頃「マージナル」を読んでから萩尾作品に注目した口で逆に「トーマの心臓」などは未読です。この作品がとりわけ気になっていたのは、自分の少女時代とダブる部分が多少あったから。一言で言うと「名作です」になるのですが、自分の経験も交えて感想を書いてみようと思いました。
核になる筋は平凡、でも、やはり萩尾ワールド。
時代設定は1990年代前半です。話の舞台となるアメリカ、イギリスでも同性愛が市民権を得ている時代です。そして近親者、特に父親に強姦されるという話は、特にアメリカでは1940年代を舞台にした「サイダーハウス・ルール」が父親に強姦されてできた子供を非合法に中絶する話であったように、市井の人が口にはしなくてもごくありふれた話だったと思われます。
ましてや日本より離婚・再婚については先んじていた当時の英米では、母親の再婚相手による性的虐待は、実際によくある不幸だったのでしょう。しかし、それが社会的地位に恵まれたエリート男性によってなされ、豊かさゆえに広い家で行われるなど、家族や使用人に気づかれない環境で行われ、かつ単なるセックスでなく命の危険さえ感じるサディスト的行為であったことがこの作品の特徴と言えます。掲載されていたのは少女漫画雑誌なのに、よくもここまで踏み込ませた、小学館、偉い!と思ったものです。
家族による性暴力は貧困家庭にこそありふれた話です。主人公が悲惨な目に遭うとしても、ボーディングスクールに子弟を通わせる大きな屋敷の家族を真ん中に据えるあたりが萩尾ワールドだと思いました。
金持ちならいいってわけじゃないけど。
連載当初から「グレッグ、死んでまえ!」と拳を握るほどジェルミに肩入れしていた私にも、母の再婚相手に殴られたり、その家族にいじめを受けた過去があります。私の父が亡くなったのは私が7つ、妹が4つの時でした。その後、女手一つで姉妹を育てた母は、商売をそこそこ成功させていたのに、何を思ったか、5年後に一回り年下の甲斐性なし男と再婚し、大阪から伊勢の三角州に引っ越してしまいます。コツコツ貯めたお金を資産価値のない土地購入に使って一文無しになり、風呂もない小さな男の両親の家に転がり込みました。その時、私は小学校六年生、思春期真っ盛りでした。
ジェルミと私が違うのは、母の再婚で貧困に突き落とされたこと。そして養父の家族がそろって私たち(特に年長の私)を敵視し、徹底的な継子いじめをしたことです。当時、4つしか部屋のない家に住んでいたのは、血のつながらない祖父母と叔母(行かず後家、無職)と、養父と母、そして私と妹の7人。そして間もなく夫婦の間には娘が生まれます。この8人が暮らすには家は小さすぎ、私は納屋で寝起きすることにされました。この辺、まだジェルミの方がましでしょ、とか思ったりして。
「母のために我慢」は既視感が満載。
そのほかに私と上の妹が何をされたかは詳しくは書きません。ここには書ききれないし、私たちにもプライバシーってものがありますから。差しさわりのない、小さな悲しみだけを教えましょう。
まず一つ目。母の再婚前に、ネガも含めて亡き父の写真はすべてハサミで切り刻めと言われ、泣く泣くそうしました。
二つ目。私は再婚の条件として、ずっと飼っていた九官鳥を連れて伊勢に行きましたが、ある日学校から帰ると「ピコ」はいなくなっていました。そのあと、養父は柴犬を飼い始めました。
こんなのは序の口でした。もっとひどいことがたくさんありました。それでも我慢していたんです。母が幸せになるなら、と。殺される、と思った恐怖の瞬間も何度もありました。そこはジェルミと同じです。でも私の場合、再婚してからの母が幸せに見えることはありませんでした。再婚後まもなく40歳となった私の母。養父より一回り上、養父は初婚ということが後ろめたかったのか、養父の両親や姉に気をつかい、私たち姉妹への仕打ちは見て見ぬふりをしていました。そんな状態で幸せになるはずがありません。一方、ジェルミの母、サンドラは内面的にいろいろあっても、きれいでしたよね。それは、やはり最初は「知らなかった」からでしょうし、夫と息子の間に起きていることに気づいた後も、現場に立ち会わなくて済んだからでしょう。
いい環境に恵まれているから悲惨さが際立つ。
そう、現実に血のつながらない親に暴力やいじめを受けている子供は、実の母が目の前にいるのに、助けを得ることもできません。それどころか、時が経つにつれ、私の場合は母が率先して私を殴ったり、首を絞めたり、階段から突き落としたりし始めました。貧困の問題を抱えた再婚家庭は、多かれ少なかれこんなものじゃないでしょうか。
ジェルミが恵まれているなと思ったのは、友人や学校の環境です。ボーディング・スクールに通うウィークデーはグレッグから逃れられますから。同室のウイリアムもいいやつだし、兄のイアンは最初からまっすぐないい男だったじゃないですか。悲劇に気づかなかったとしても。
現実に血のつながらない父に悩まされている多くの子供は、生活環境も悲惨です。しかしこの作品の優れたところは、まさにグレッグとの関係以外ではジェルミが恵まれているというその点にあります。他の面で恵まれているからこそ、グレッグの暴力や欺瞞が際立ち、読者の目にインパクトを与えるのでしょう。それがゆえに、ジェルミが殺意を抱き、それを実行に移す過程でも、読者はジェルミに肩入れし続けるのだと思いました。(続く)
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