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葉山『あじ平』恩師の言葉と熱々あさりラーメン

逗子から葉山へ抜ける途中に『あじ平』というラーメン屋がある。私が小学生ぐらいの時からあるので、かれこれ40年以上も営業されている地元に根付いたラーメン屋だ。

このお店には忘れられない思い出がある。

第二次ベビーブームに生まれた私は、中学校でやんちゃ坊になった。周りがどう見ていたかは知らない。でも、自分自身は不良だとは思っていなくて、当時流行っていた『ビー・バップ・ハイスクール』や『湘南爆走族』などのヤンキー漫画をマネしているだけだった。タバコも吸ったし、お酒も飲んだ。喧嘩をしたり、バイクを盗んだりもした。それらの行為を『不良』と世間が言うのなら『不良』だったのかもしれない…。

ある日、他校の生徒と喧嘩をした。次の日あっけなく見つかり、担任の先生と学校終わり謝りに行くことになった。

クルマの中ですごく怒られるのかと思ったら、この先生は違かった。

「なんで、殴ったんだ?」

「むこうから喧嘩売ってきたんです」

「だからって先に手を出していいのかい?」

「じゃあ殴られるのを待ってろって言うんですか?」

「そうじゃないが、殴らないで解決する方法はなかったのか?」

先手必勝。殴られる前に殴る。当時、それ以外の方法は思い付かなかった。

「まぁいい。でも、あちらの生徒と先生には、しっかり謝れよ」

隣町の学校に着くと殴った生徒とその母親。教頭らしき人と担任が応接室に座っていた。左目が腫れ上がっている被害者はこちらを一度も見ない。そりゃあそうだ喧嘩を売ってきたのはあっちなのだから…。

頭をちょいと下げて謝る横で先生は何度も、何度も頭を下げた。昔おばあちゃんの家にあった、水飲み鳥のオモチャみたいだった。

「本人が反省しているのなら、もういいですよ」

「はい。凄く反省しています。な!?」

コクンと小さくうなずく私の頭を上から抑えて、無理やり水飲み鳥の体制にさせられた。

沈黙の帰り道、お腹が鳴った。先生にもきっと聞こえたのだろう。

「お腹空いただろ?そこに美味しいラーメン屋さんがあるんだ」

道路沿いの駐車場にクルマを停める。黄色の看板に赤文字で

〈ラーメン・餃子・あじ平〉

この店の存在は知っていたが、中に入ったのはこの時が初めてだった。

カウンターと大きめのボックス席が5~6卓だっただろうか。先生と私は一番奥のボックス席に座った。

「なんでも食べな」

先生がメニューを差し出す。キョロキョロ店内を見回してみると、作業服を着たお兄さんが、鉄鍋に入ったラーメンをハフハフしながら食べている。

「ここはさ、鉄鍋に入っているんだよ。温まるぞぉ」

「先生は何を注文するんですか」

「おれはアサリラーメンの味噌味。これがウマいんだだよ」

「じゃあ僕もそれで」

同じ物を頼んでもらい、出来上がりを待つ間、再び沈黙が続いた。何を話したらいいのかも分からず、なんだか気まずい空気を感じていた。

「お待ちどうさん!熱いので気を付けて!」

湯気もくもくの鉄鍋にはあさりがたっぷりと入っていて麺が見えない。するとコショウをかけながら先生が言った。

「先生さ、お前の気持ちも分かるんだ。原因がなんであれ向こうから喧嘩を吹きかけてきて、お前を殴ろうとしたんだろ。そうしたら誰だってやられたくないから、手が出ちゃうよな」

なんだかとても嬉しかった。相手も悪いということを分かってくれていたのだ。それなのに一緒に頭を下げて誤ってくれたのだ。泣きそうになるのを堪えていると、

「おい、冷めないうちに早く食べろよ」

『こんだけ熱い鉄鍋に入っているんだから、しばらく冷めるわけがないだろ!』そう思いながらも、ハフハフとラーメンをすすった。

あの先生は今何をしているのだろう。中学を卒業してから随分と会っていなけど、あの時の言葉とラーメンの味は忘れない。

その後もこの店の近くへ行った時は必ず寄って、あさりラーメンを食べながら昔のことを思い出していた。できればもう一度食べたかったが、年内(2023年)で閉店するらしい。

いつか先生に奢ってあげようと思っていたので、とても残念でならない。、

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