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クリスの物語(改)Ⅱ 第十四話 海底都市

 クリスと紗奈がオーラムルスの機能を色々と試していると、マーティスがやってきた。
『そろそろ到着いたします。ご準備ください』とマーティスは頭を下げ、操縦室へと戻っていった。
「え、もう着くの?」と驚く紗奈に、クリスも首を傾げて窓の外を見回した。

 外は相変わらず真っ暗だった。しかし先ほどまでの漆黒の闇ではなく、アダマスカルの室内の明かりがうっすらと淀みを映していた。
 窓辺に近づいていった紗奈が振り返り、「水の中みたいね」と言った。「海底都市ってことだから、海底にいるのね。きっと」

 そういうことか、とクリスも納得した。
 しかし、こんな真っ暗な中を探索するのだろうか。それに、海底だったら息もできず水圧で押し潰されてしまう。クリスがそんな懸念を抱くと、室内の照明も消されて暗闇に包まれた。

『到着いたしました』
 マーティスの声が響いた。
『皆様、オーラムルスにてアトライオスの地図を呼び出してください』
 全員、指示に従ってオーラムルスを操作した。すると、眼前に青く光を発するアトライオスの地図が3Dホログラムとなって浮かび上がった。表示されたアトライオスはセテオスの倍はあるかというほど、相当大きな都市だった。

『できたよ』と、ベベの声が響いた。
『それでは、その右下にある瞳のマークを開いてください』
 右下にはたしかに瞳のマークが表示されていた。それを開くと“アルド”と“クルド”という文字が2つ並んで表示された。
『“アルド”を選択してください』
 マウスでクリックするように“アルド”を選択すると、照明をつけたように視界が明るくなった。紗奈が感嘆の声を漏らした。

『それでは、参りましょう』
 マーティスが中央の円盤に乗るように指示した。
『水の中に入るのですか?』
 紗奈の質問に、マーティスは首を振った。
『いえ。そのようなことはございません』
 目も合わさず、伏し目がちにマーティスは答えた。
 出会った地底人が皆社交的だったため、マーティスのその対応は紗奈には少し事務的に感じられた。それ以上何も答えてくれないマーティスに戸惑い、紗奈がクリスの方を振り向くとクリスも肩をすくめた。

『海底都市はバリアーが張られていて、空気があるから海底人でなくても生活できるってパパが言ってた』
 円盤に乗ったクレアが振り返って言った。
 クリスと紗奈は顔を見合わせた。きっと大丈夫なのだろう。意を決して、二人同時に円盤の上に乗った。すると、床ではなく天井が開いて円盤が上昇を始めた。

『バリアーが張り巡らされているから、外から見ても地表人のような別次元の人たちからは気づかれないようになっているんだよ』
 上昇する円盤の上でクレアが説明した。

 円盤が上がりきったところは、小ぢんまりとした空間だった。天井だけはやけに高い。
 マーティスに続いて、全員がコンクリートの床に降り立った。すると正面の石の扉が開き、黒い騎士のような甲冑を身に着けた男が一人入ってきた。肌の色は青く、頬を垂れる髪は黒くべっとりとしている。少し猫背で背はそれほど高くない。170cm前後といったところだ。

 男は、入ってくるなり一礼した。
『海底都市アトライオスへようこそ』
 顔を上げたその男の瞳は、黒目がやけにでかかった。それに両目が離れていて、まるで魚のような顔つきだった。両耳は大きく尖り、顎も細く尖っている。

『マーティス様ご無沙汰しております』
 男はにやりと笑って、マーティスに挨拶をした。それに対し、マーティスは笑顔も見せずに黙ってうなずき返した。
『申し遅れましたが、私はオエノボスといいます。ポセイドーンの兵士ですわ。皆さんの用向きは伺ってますがね。ひとまず、海底都市評議会の者から話がありますんで、今から皆さんをポセイドーンまで案内させてもらいますよ』
 自己紹介をすると、オエノボスと名乗った男は出口へ向かって歩き出した。地底人とは違い、足でちゃんと歩行していた。

 オエノボスの後についてクリスたち一行は部屋を出た。それから薄暗い通路をまっすぐ進んだ。突き当あたりの壁をオエノボスが触れると、出口が現れた。
 その先は外だった。通路に比べると、外はだいぶ明るい。しかしそれでも、地上でいえば日中の曇り空くらいの明るさだ。
 空は全体的に灰色がかっていた。まるで雲が低い位置で空全体を覆いつくしてしまっているようだった。

 地面はコンクリート造りで、堤防のように高く盛り上がっている。堤防の両側には幅の広い水路があり、その水路を挟んでまた堤防があった。
 そのようにして堤防と水路が交互になって、弧を描くようにどこまでも続いていた。
 前方には上空まで高い壁がそびえている。オエノボスは、その壁に向かってまっすぐ進んだ。壁の下部分は、トンネルになって通り抜けられるようになっていた。

 水路に張られた水は青く澄み、とてもじゃないが海底とは思えなかった。でもきっと、オーラムルスによってそう見えているだけなのだろう。
 そんなことを考えながらクリスが堤防の際を歩いていると、オエノボスが『気をつけてください』と、注意した。
『水路に落ちないようにしてくださいよ。ここは水深1万メートルの海底ですから。私たちみたいな海底人でなければ一瞬でぺしゃんこになっちまいますよ。へへへ』
 それを聞いて、クリスは慌てて堤防の真ん中に戻った。

 トンネルを抜けると、雰囲気が一変した。空は晴れ渡り、とても明るい。左手には波止場があって、木製の大きな船が一艇停まっていた。さらに波止場の先には、ここが海底世界だということを忘れさせるほど壮大な光景が広がっていた。

「わあ!すごーい」
 紗奈が感嘆の声を上げて、波止場の先端まで移動した。クリスもその後に続いた。
 高台になったその場所からは、街を一望に見渡すことができた。石造りの街並みが、緩やかに下っていくようにしてどこまでも広がっている。さらに、街の上空をたくさんの船が飛び交っていた。

『それでは、この船でポセイドーンまで案内しますんで。どうぞ乗ってください』
 そう言ったオエノボスは、すでに船に乗り込んでいた。マーティスは、船へと続く石段の上り口のところで直立したまま佇んでいた。
『あ、すみません』
 無表情のマーティスはまるで怒っているようで、クリスと紗奈は思わず頭を下げて急いで戻った。

 船は、船首部分と船尾部分が少し高くなっていた。甲板の中央には教壇のような木製の台とその上に載った青く丸い玉があるだけで、舵を取るためのハンドルは特に見当たらなかった。

『それじゃあ、出発しますんで』
 全員が船に上がったのを確認すると、オエノボスは中央の台のところへ移動した。それから丸い玉に触れると、自動的に帆が広がって船がゆっくりと動き出した。
 水路を移動していた船は、水路が下へ向かって滝のように落下するところでふわりと宙に浮かんで空を飛行した。

 眼下に広がる街は、地底世界の未来的な街に比べると少し古めかしい雰囲気だった。建物は全て石造りで、ギリシャやローマにあるような神殿がそこかしこに建ち並んでいる。そして街中に水路が張り巡らされ、その上を大小様々な大きさの船が数多く行き来していた。

「ちょっとあれ見て!」
 クリスが甲板の手すりから身を乗り出して街の景色を眺めていると、紗奈が肩を叩いた。紗奈が指差す先には、いかにも幽霊船のような雰囲気のオンボロな船が空を飛んでいた。
「うわぁ。すごい・・・」
 クリスは思わず息を飲んだ。甲板には、オエノボスと同じような風貌の海底人が一人乗っているだけだった。

『あれは、地表世界から迷い込んだ船を修復して使っとるんですわ』
 飛び去っていく幽霊船を目で追いかけていると、オエノボスが言った。『結構ね、あるんですよ。迷い込んでくるのが。大概は沈没したやつですがね。中には、ひょんなことから次元を移動してきちまうものもあるにはあるんですが・・・。とにかく、そういった船を再利用してるのも多いんですよ。こっちでは。それで、今のやつみたいにきれいにしないであえてボロいまんま乗るのがいいと思ってるような変わり者もいるんですわ』
『へぇ。そうなんですね』
 紗奈はそう言って、大げさなほどうなずいた。うっとうしいと思っているときにする紗奈のいつもの対応だった。どうやら、紗奈はオエノボスのことが苦手のようだ。
 クリスに向き直って「今どの辺かオーラムルスで調べてみよう?」と、あからさまに話題を変えた。

 オーラムルスの地図上では、今いる場所はアトライオスのちょうど中央付近にある“アシナヴィス”という街だった。そしてポセイドーンは、アシナヴィスの中央にある建物だ。セテオスでいうところのエルカテオスのようなところなのだろう。
 地図上では、ポセイドーンにもう間もなく到着する様子だった。

『あれがポセイドーンですわ』
 前方にひときわ高くそびえ立つ、石造りの建造物をオエノボスが指差した。
 円柱形の巨大な建物で、屋上には大きな神殿がある。神殿の周りは円を描くように水堀で囲われ、何隻もの船がそこに停泊していた。船を堀に着水させてから、オエノボスは神殿へと案内した。

 神殿の入り口では、両脇に兵士が一人ずつ立っていた。それぞれ、フォークのような三叉の大きな槍を手に持っている。オエノボスに案内されるクリスたちに、二人の兵士はお辞儀をした。
 神殿の中は、大勢の人で賑わっていた。その中には、言葉を発して喋っている人たちもいる。言葉を発しているのは、明らかに地表人だった。がっちりとした体には刺青を入れ、まるで海賊のような風貌をしていた。
 エランドラにジロジロと視線を向け、大声で言葉を交わし笑い合っていた。言葉は外国語だったが、思念を通してクリスたちにも内容は理解できた。
 話の内容からして、どうやら皆エランドラに夢中になっているようだ。

『彼らはね。海の秩序を乱していた人間なんですよ』
 前を歩きながら、オエノボスが言った。
『でもね。こっちの世界のことを知られてしまったのもあったし、地表世界の情報を仕入れてもらうのに都合が良かったのもあってね。取り引きすることにしたんですよ。そっちでもそういうのあるでしょ?』
 そっちというのは、地底世界のことを指しているのだろう。オエノボスは、クリスも紗奈も地底人だと思っているのだ。クリスは何も言わずに、ただうなずき返した。

 建物の中央には受付カウンターがあり、そこでは女性が二人座っていた。左右の壁にはそれぞれ数台のエレベーターが並び、ドアが開けば我先にと人々が乗り込んでいた。
 クリスたち一行が案内されたのは、一番奥のエレベーターだった。その前には、一人の兵士が番をしていた。手には三つ又の槍を持っている。

 兵士はオエノボスに一礼すると、エレベーターの前から退いた。そして、左手のカウンターで何かを操作した。すると、間もなくしてエレベーターのドアが開いた。
 オエノボスに続き、皆エレベーターに乗り込んだ。ところが、クリスだけがなぜか中に入れなかった。足を踏み入れようとしても、見えないバリアのようなもので弾き出されてしまう。まるで、磁石の同じ極同士を近づけたような反発があった。

『腰に提げてるやつですね』と言って、オエノボスがクリスの短剣を指差した。
『ちょっと、よろしいですか』
 エレベーター前で番をしていた兵士が手を差し出した。クリスは、短剣を外して兵士に渡した。

『それは、クリスタルエレメントを探し出すための導きの石“ルーベラピス”よ。セテオス中央部から進呈されたもので、武器として持ち込んでいるわけではないわ』
 不安そうな表情をするクリスをかばって、エランドラが説明した。兵士が確認するようにオエノボスを見た。

『まあ、問題ないでしょ。解除してやってよ』
 兵士はうなずき、クリスに短剣を返した。それから、またカウンターで操作した。
『どうぞ』
 下を向いたまま兵士が言った。
 クリスはお辞儀をして、恐る恐るエレベーターに足を踏み入れた。すると今度は弾き出されることなく、問題なく中に入れた。
 クリスが入ってすぐにドアが閉められた。エレベーター内は十分な広さがあるが、壁や天井がほのかに青く光っているだけで少し薄暗い。

 エレベーターはどんどんスピードを上げて下降した。スピードが緩むと、今度は止まることなく前進した。それからぐるっと円を描くように移動するとまた下へ下がり、それから今度は後退した。
 そんな風にして上がったり下がったり、前後左右に向きを変えてエレベーターは移動した。
 クリスがオーラムルスで現在地の確認を試みるも、ポセイドーン内にいることまでしか表示されず詳細は示されなかった。どうやら建物内はセキュリティがかかっているようだ。


第十五話 アトライオスの王ガイオン


お読みいただき、ありがとうございます! 拙い文章ですが、お楽しみいただけたら幸いです。 これからもどうぞよろしくお願いします!