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クリスの物語(改)Ⅲ 第四話 呼び出し
放課後ホームルームが終わると、クリスはサッカー部のタクヤに声をかけられた。
別の小学校から上がってきた生徒で、同じクラスメイトだとはいってもあまり話したことはなかった。
「サッカー部のサカモト先輩いるだろ?あの人が、南階段の屋上出口のとこに来いってさ」
「ぼくに?」
自分を指差して、クリスは聞き返した。タクヤはうなずいた。
「今から?」
タクヤはまたうなずいた。
「なんで?」
「知らねーよ、そんなの。とにかく、伝えたからな。ちゃんと行けよ」
そう言い残して、タクヤは教室を出ていった。
クリスは昨日、紗奈と一緒に下校するところを先輩に見られていたことを思い出した。紗奈のことでまた何か頼みごとがあるのだろうか。
バスケ部の友達に先輩に呼ばれたからちょっと遅れると伝えて、クリスはひとり2年生が主に使用する南階段へと向かった。
最上階の踊り場の階段に、サカモト先輩が大股を広げて座っていた。そのうしろには、他に2年の先輩が3人いる。
どの先輩も見覚えはあったが、名前までは知らない。3人ともにやついた顔でクリスを見ていた。
状況が分からずに、クリスはひとまず頭を下げた。
「こんにちは」
クリスのあいさつは無視して、サカモト先輩が階段を下りてきた。クリスのいる踊り場から2段上のところで、先輩は立ち止まった。
腕を組み、仁王立ちをしたまま少しの間クリスを見下ろした。ガムをくちゃくちゃと噛んでいる。
「お前さぁ」
ペッと階段にガムを吐き捨てると、先輩が言った。
「前から思ってたんだけど、生意気なんだよ。髪の毛もなげーしよ。調子に乗ってんじゃねえぞ、オラァ!」
突然大声を上げられ、クリスは足がすくんだ。心臓がバクバクと早鐘を打った。
しかし、同時に先輩の思念が頭に流れ込んできて、クリスは状況を理解した。サカモト先輩は、紗奈にフラれていたのだ。
そして、その原因がクリスにあると先輩は誤解しているようだった。
「あの、すみません・・・」
勇気を振り絞ってクリスが発言すると、「ああん!?口答えすんのかコラァ」と、先輩はいっそう顔を近づけた。
興奮しきっていて、もはや聞く耳は持っていなかった。他の3人の取り巻きもいつの間にか階段を下りてきて、クリスを囲んでいた。
「何か誤解してると思うんですけど・・・」
もう一度勇気を振り絞ってクリスが発言すると、「うるせー」と言ってサカモト先輩が容赦なく殴りかかった。
ところが、その動きがクリスにはスロー再生のように見えた。クリスはスッと身を引いて、冷静にそれをかわした。
渾身の一撃をかわされた先輩は、バランスを崩して転げそうになった。
何とか持ちこたえると、顔を真っ赤にしてさらに殴りかかった。
次から次へと繰り出されるパンチや蹴りを、クリスはことごとくかわした。スローに見えるだけじゃなく考えも読めてしまうため、先輩の攻撃をよけることはクリスにとって面白いほど簡単だった。
先輩が右フックを放ったのと同時に、うしろからも別の先輩がクリスに殴りかかった。
クリスがうしろを振り返ることなくしゃがんで脇へよけると、先輩同士が互いに相打ちする形になった。
「いってー!」
うしろから殴りかかった先輩が、鼻血を流しながら殴られた鼻を押さえた。一方、みぞおちを殴られたサカモト先輩は、体をくの字に曲げて、悶えていた。
呆気にとられていた他の2人の先輩は、クリスと目が合うと視線を逸らした。
「ちょっとあなたたち!」と、血相を変えた田川先生が階段を駆け上がってきた。喧嘩を見かけた誰かが、先生を呼んだのかもしれない。
「大丈夫?」
4階の踊り場まで上がってくると、ひと通り見渡してから先生はゆっくりとクリスに視線を向けた。
状況がよく飲み込めないといった表情だった。
先輩たちは「ちょっと・・・」と止める先生を無視して、その場から立ち去った。ひとりは前かがみになりながら。ひとりは鼻を押さえて。
「何があったの?」
サカモト先輩が吐き捨てたガムをティッシュで拾い、床に垂れた鼻血を拭いながら先生が聞いた。
「いえ、別に」と答えてクリスが黙り込んでいると、先生は腰をかがめてクリスの顔をのぞきこんだ。
「ちょっと一緒に職員室に来てもらっていい?」
優しい口調で先生は言った。クリスは諦めたようにうなずいた。
お読みいただき、ありがとうございます! 拙い文章ですが、お楽しみいただけたら幸いです。 これからもどうぞよろしくお願いします!