クリスの物語(改)Ⅳ 第27話 見覚えのある風景
人目に注意を払って開錠の魔法で鍵を開けると、ふたりは部屋に侵入した。
室内はむっとしていて、タバコとカビの染みついた匂いが鼻をついた。
リビングのテレビはつけられたままだった。
タバコの空き箱やスナック菓子のごみ袋が散らばる汚い部屋の中にあって、テレビ台に乗ったその液晶テレビだけは新品同様だった。
テレビにはゲーム機がつながれ、ゲームソフトが床に散乱していた。
宙を飛ぶベベの後に続いてリビングを抜け、寝室のクローゼットの扉をハーディが開けた。
床にある蓋を確認してから、ハーディが振り返った。
クリスがうなずき返すと、ハーディはしゃがんで音を立てないようにそっと蓋を開けた。それからホロロムルスで中の様子を確認した。誰もいないことを確認し、ハーディが先に梯子を下りた。ベベがふわりと飛んで後に続いた。
クリスは車で待機するメンバーに連絡を取って、今から地下へ潜入すると報告してから後に続いた。
クリスが蓋を閉めると、真っ暗闇に包まれた。
「ルーメパルス」
小さな声でカンターメルを唱え、ハーディが指先に明かりを灯した。
そしてその明かりに向かって「セキ」と唱えると、光の玉がふわふわと頭上に浮かび上がって辺りを照らした。
明かりに照らされながら、一行はまた奥の梯子を伝って下へと下りた。
梯子を下り立った先には、狭いトンネルが先に続いていた。そこで一度ホロロムルスの動作を確認したが、やはりいずれのホロロムルスも機能しなくなっていた。一行は用心しながら、先へと進んだ。
トンネルは、ひとりがやっと通れるほどの広さしかなかった。ハーディが出現させた光の玉が先導し、ベベがくんくんと匂いを嗅ぎながら、その後に続いた。
30メートルほどトンネルを進むと、突然目の前に街が出現した。
『地下遺跡だ』
辺りを見回して、ハーディが言った。
『氾濫を繰り返す河川から建造物を守るため、ローマは街ごとすっぽりと土壌で埋め立てていると聞いたことがある。だから、地下を掘ればいくらでも紀元前の遺跡が出てくるって話だ。まさか、こんな風に完全な状態で残っているとは思っていなかったけど』
ハーディがそう話す中、ベベは匂いを嗅ぎながら石畳の道をまっすぐ進んでいた。
『ベベ!ストップ』
クリスが思念で命じると、ベベは立ち止まって振り返った。
『あまり、勝手にどんどん行っちゃダメだよ』
ベベのところまで飛んで行ってから、クリスが注意した。辺りには石造りの大きな建物が建ち並んでいる。
その雰囲気は、前世でファロスとして生きた時代の都の街並みを思わせた。
『うん。でも、たぶんこの近くにいると思うよ』
クリスの胸の辺りまで浮かび上がって、キョロキョロしながらベベが言った。
『そうなんだ』と、クリスも周囲を見回した。特に人の気配は感じられない。
クリスは念のためもう一度ホロロムルスの動作を確認した。しかし、やはりまったく機能しなかった。
「フーガ」と言って、ハーディが一度明かりを消した。すると、たちまちあたりは闇に包まれた。どこにも明かりはなかった。
もう一度ハーディが明かりをつけた。そして今度は光の玉を前方へ移動させた。
建物に囲まれた道を先へ進むと左右に通りが何本かあり、さらに正面に進むと巨大な門が構えていた。その街並みを目にして、やはり似ているとクリスは思った。
建物は朽ちているが、ファロスが生活していた時代の街並みにそっくりだった。
広場で処刑を待つオルゴスを助けられずに殺されてしまった前世の記憶が、クリスの脳裏にまざまざと蘇った。
闇の勢力に翻弄されて、結局悲しい結末を迎えた前世────。
そこでクリスは、あっと思った。
『ねえ、思ったんだけどホロロムルスの電波が通じないってことは、もしかしてここ闇の勢力のテリトリー内にあるんじゃない?』
クリスの言葉に、ハーディがうなずき返した。
『実は、僕も今そう思っていたんだ』
『ってことは、闇の勢力の本拠地ってもしかしてこの地下にあるっていうこと?』
『それは分からない』と首を振ってから、『でも、もしかしたらそうかもしれない』と言って、ハーディは腕を組んだ。
『でも、それならこの地下にアジトを持つダニエーレの組織は、闇の勢力の支配下にあるってことじゃない?』
クリスの問いかけに、ハーディは顔を上げた。
『もしここに闇の勢力の本拠地があるとしたら、その可能性もあるかもしれないね』
『もしそうなら、一度引き返して作戦を練り直した方がいいかな?』
クリスの提案に、ハーディは腕を組んだままうつむいた。それからベベに向かって、『この先にダニエーレの匂いがするんだろう?』と尋ねた。
『うん。たぶん、もう少し行ったところにいると思う。そこから動いてないよ』
ベベの返答にハーディはうなずき、考え込んだ。
ダニエーレには、ふたりが乗り込むと伝えてある。つまり、それまでダニエーレはボスの下で時間稼ぎをしていることだろう。
ハーディは顔を上げ、『とにかく、ダニエーレに伝えていた通り作戦は決行しよう』と言った。
『もちろん僕らの安全を優先するから、危険があれば一度引き返そう』
クリスは『分かった』と、うなずき返した。
それからふたりはベベの後に続いて通りを直進し、何ブロックか先で左に曲がった。
その通りも左右に2,3階建ての建物が密集していた。しばらく進むと、明かりが漏れ出る建物があった。
ハーディはすぐさま「フーガ」と言って、光の玉を消した。
その建物は、3階建ての事務所のような造りだった。
縦長の小さな窓は塞がれているが、隙間からかすかに光が漏れ出ている。
お読みいただき、ありがとうございます! 拙い文章ですが、お楽しみいただけたら幸いです。 これからもどうぞよろしくお願いします!