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クリスの物語(改)Ⅱ 第十話 ピューラを仕立てに

 クリスタルのトンネルを猛スピードで走行するジェカルは、まるで遊園地のアトラクションのようだった。クリスと紗奈は地底世界へやってきた目的も忘れ、あちこちに見える珍しい形をした建物や空飛ぶドラゴンなどを指差しては歓声を上げた。
 しばらく走ってクリスタルのトンネルを抜けると、ジェカルは左右湖に囲まれた真っ直ぐの一本道を進んだ。

「あそこがベスタメルナかな?」
 前方に見えてきた街を指差して、紗奈が言った。
「でもこっちの服、ピューラだっけ?それに着替えるって言うけど、クレアとかエランドラが着ているようなあんなシンプルなワンピースみたいな服になるのかな」
 そう言って、紗奈はクリスに視線を向けた。
「うーん、どうなんだろうね?」とクリスが首を傾げると、「気に入るようなのだといいけど・・・」と紗奈はつぶやいた。

 街に入ると、ボートの船着場のような広いスペースへとジェカルは一列になって入っていった。
 何列にも並んだ船着場に乗り付けると、皆そこでジェカルを降りた。するとジェカルは無人で走行し、奥の地下へと下るスロープを下りていってしまった。
『帰りにまた呼ぶから大丈夫だよ』
 クリスが心配そうにジェカルの行方を目で追っていると、安心させるようにクレアが言った。

 ベスタメルナも、他と同様どこもかしこも白を基調としていた。全体的に建物の造りは小ぢんまりとした、商店の建ち並ぶ街だ。人通りも多く、にぎわっている。
 店の入り口に掲げられた看板の文字は、どれも地上にはないような文字だった。文字というより記号のようだ。
 その商店街の一角に、少し変わった形の建物があった。
 白く丸味を帯びたその建物は、外壁にびっしりと細かく糸を張り巡らせたような模様があり、まるで巨大な蚕のようだった。
 クレアがその建物を指差し『ここだよ』と言った。

 店の看板には、次のような文字が書かれていた。
「☬☮〓☣ю┗§☣Б‡〓☮」
 何と書かれているのだろう?と、クリスは看板の文字をまじまじと見つめた。
 気づくと、いつの間にか皆の姿がなくなっていた。クリスは慌てて店に入った。

 店内は天井が高く、外観から想像する以上に広かった。床には羊毛のようにふかふかしたカーペットが敷かれ、天井にはキラキラと光る布が羽衣のように宙に浮かんでいた。
 さらに、服を着せられたマネキンがその布の間を潜り抜けるように宙を舞っている。
 クリスと紗奈がその光景に見とれていると、クレアが奥から店員を連れてきた。
『この二人だよ』と言って、クレアは店員にクリスと紗奈を紹介した。

『いらっしゃい』
 胸の前で手を組んで一礼をしたその店員は、まるで宇宙人のような出で立ちをしていた。4本しかない手の指はカニの手足のように細長く、肌はオレンジ色だった。
 背は低くクリスたちとさほど変わらないが、まるでハロウィンのかぼちゃの被り物でも被っているかのように頭だけは異常に大きい。
 その大きな頭には、毛が一本もなかった。年齢も性別も不明だが、見た目からは相当な年を取った老人という印象を受けた。

 物珍しそうに見つめるクリスを、店員は大きな目で見つめ返した。それから『地表世界から来たのでは、私たちみたいな種族は珍しいかな?』と言った。
『あ、えっと・・・いや、あの・・・』
 しどろもどろになるクリスに微笑むと、店員のしわくちゃな顔には一層の皺が刻まれた。

『いや、いいんですよ。たしかに私たちはこの地球の人間ではないですから』
『あ、そうなんですか』とクリスが答えると、紗奈が横から『それじゃあ、どこか別の星から来たっていうことですか?』と質問した。
 頭でっかちなオレンジ色の店員は、再び顔をしわくちゃにすると紗奈に微笑みかけた。

『ええ、そうですとも。地球からは一千光年以上離れた星から来たのです』
『へぇ・・・』
 一千光年と言われてもピンとこないが、クリスも紗奈も感心するようにうなずいた。

『ところで、申し遅れましたが、私はペテラといいます。ここでこうして皆さんのお召し物を仕立てることで、人々に奉仕をしております』
 そう言って自己紹介すると、ペテラは深々とお辞儀をした。
『先ほど、クレアさんからお二人のピューラを仕立ててほしいと伺いました。早速ですが、ちょっとよろしいかな?』

 ペテラはクリスに近づくと、目の前で突然両手を広げた。
 それから、カニの手足のような長い指先で、頭の上から足の先までクリスの体を隈なくなぞった。
『両手を水平に上げてもらっていいですか?』
 クリスは指示されるまま、水平にピンと手を伸ばした。
 その手に沿って指をかざしながら、ペテラも両手を広げていった。

 何をしているのかと紗奈が聞くと、採寸をしているのだとペテラは答えた。メジャーはいらないのかという疑問に対しては、指で感知してデータをとっているから必要ないのだという思念を返した。

『さて、お次はお嬢さん。よろしいかな?』
 クリスの体を採寸し終えると、今度は紗奈の採寸を始めた。それから紗奈の採寸も終えると、今度はベベに向かってペテラは微笑んだ。
『せっかくだから、あなたにも仕立ててあげましょう』
 ペテラはしゃがんで、両手をベベに伸ばした。ベベは片足を上げて身じろぎしながら、近づけられたペテラの指をくんくんと嗅いだ。

『はい、これで完成です』
 ベベも採寸し終えると、ペテラは立ち上がった。
 すると、ペテラと同じような出で立ちの店員がもう一人、奥から出てきた。手には、畳んだ布を載せている。店員は持ってきた布をペテラに渡すと、クリスたちに一礼をしてからまたすぐに奥へと引っ込んでしまった。

『はい、こちらです』
 店員から受け取った布を、ペテラはクリスと紗奈にそれぞれ手渡した。
『え?これは?』
 キラキラと光沢を放つ布を手に載せて、クリスと紗奈は顔を見合わせた。

『お二人に仕立てたお召し物です』
 にっこりと笑ってペテラは言った。
『え、もう?』
 まさかと思い、クリスは手渡された布を広げた。
 それは、青と銀の糸で刺繍が施された長袖の上着とズボンだった。一方、紗奈が広げたピューラは半袖の白いワンピースだった。そのワンピースにも赤やピンク、銀の糸で刺繍が施され光の加減によって七色に色を変えた。

『それと、こちらのピューズもどうぞ』
 そう言って、ペテラは靴を差し出した。クリスが渡された靴は、全体が鱗のような柄で覆われた平べったい靴だった。一方、紗奈が渡された靴はバレエシューズのような形をしていて、シンデレラのガラスの靴のようにきらめきを放っていた。

『それと、こちらがあなたのお召し物ですよ』
 ペテラはしゃがむと『着せてあげましょう』と言って、仕立てたピューラをベベに着せた。ベベのピューラには、背中に6枚の翼がついていた。
『この翼は、クレアさんのものを真似て作りました』
 ベベにピューラを着せ終えると、立ち上がってペテラは言った。

『あれ?なんだか体が軽い』
 ピューラを着せられたベベは、そう言って走り回った。すると、突然ふわりとベベの体が宙に浮かんだ。
『わ!飛んだ!』
 ベベは驚きの声を上げて、キョロキョロと見回した。少し飛んで着地すると、ベベはまた走って飛び上がった。今度は、さっきよりも長く飛行した。背中の羽もパタパタと動いている。

『コツがだんだん分かってきた!』
 楽しい!と連呼しながら、ベベは何度も飛行した。クリスと紗奈は、その姿をぽかんと眺めていた。
『それでは、お二人も着替えてはいかがでしょう?』
 呆気にとられるクリスと紗奈に向かって、ペテラが言った。我に返った二人は、『あ、はい』と言って頭を下げた。それからペテラの誘導に従って、試着室へと向かった。

『このピューラは、元々サイズの用意があったのですか?』
 ペテラの後を歩きながら、紗奈が尋ねた。
『いいえ、まさか。誰一人同じサイズ、同じ遺伝子、同じ波動の人はいませんので当然測定してから仕立てていますよ』
 振り返ってペテラは答えた。

「遺伝子・・・」とつぶやいてから、紗奈はまた質問した。
『でも、そんなにすぐ作れるものなのですか?』
『ええ。私が測定している最中に、すでにデータは送信されていますので、ゴルメイサム、いわば縫製機とでも言いましょうか・・・それで同時に仕立てていくのです。お体のサイズやDNA、波動にぴったりの糸を用いて』
『ふーん。それで、それを着ると空が飛べたりするようになるのですか?』
『基本的に糸を織る際にドラゴンの生命エネルギーも練り込まれますので、それぞれドラゴンの特性に応じた能力が引き出されます』

 建物の奥の通路を進み、途中左に曲がったところでペテラが立ち止まった。左右壁に挟まれたその通路は、奥が行き止まりになっていた。しかしよく見ると、左右の壁には等間隔に記号が振られている。
 メシオナの部屋の上部に書かれた文字と同じような記号だった。どうやら、両サイドの壁にマウルがあるようだ。

『それぞれドラゴンの特性に応じてって、どういうことですか?すべてのピューラが空を飛べるようになる、というわけではないのですか?』
 紗奈は立ち止まると、なおも質問した。
『ドラゴンの生命エネルギーを練りこんだ糸を用いているのであれば、どちらのピューラをまとっていただいたとしても飛翔能力は確かに開花されます。ですが、人間にもそれぞれ得意不得意があるでしょう?それと同じように、ドラゴンも秀でる能力はそれぞれ違うのですよ。
 飛翔が得意なドラゴンもいれば、吹火ふきびが得意なドラゴンもいる。鋼のように硬い鱗が自慢のドラゴンもいれば、風や雷を操る能力に長けたドラゴンもいる。ドラゴンによって、それぞれの特性があるのです』
『それで、どの生命エネルギーが練りこまれた糸を使うかによって、ピューラを着たときに引き出される能力が違うということですね?』
『そういうことです』
 体の前で手を組んで、ペテラは大きくうなずいた。

『ドラゴンの石と同じだね』とクリスが口を挟むと、ペテラは振り返って『そうです、そうです』と微笑んだ。
『お察しの通り、ベベさんのお召し物に使われた糸は飛翔を得意とするドラゴンの生命エネルギーが練りこまれたようです。そのため、あれだけ悠々と飛翔できるのです。修練すれば、もっと天高く飛翔することさえできるようになるでしょう』

 ペテラはそう言うと、マウルを手で示して着替えるように促した。自分のピューラにはどんな特性があるのか更に聞こうとした紗奈は、その言葉を飲み込んだ。着てみればきっと分かるのだろう。

 クリスと紗奈は、それぞれマウルに向かってテステクを振った。
「ヴァノール」
 マウルが音もなく開くと、鏡張りの試着室が現れた。地上にあるのとさほど変わらない、何の変哲もない試着室だった。マウルを閉じると、二人はそれぞれピューラに着替えた。
 着替えを終えて出てきた二人に、『とてもよくお似合いですよ』とペテラが笑顔で応じた。

 靴もピューズに履き替えた二人は、どちらも数センチ宙に浮かんでいた。移動するときも地底人のように、スーッと床を滑るように移動した。
 通路を戻りながら、紗奈は隣を移動するクリスに「変じゃない?」と聞いた。
「ううん。全然変じゃないよ」と、クリスは首を振った。
 紗奈にはその格好が本当によく似合っていると、クリスは本気でそう思った。
「えへへ。良かった」
 少し顔を赤らめると、紗奈は照れるように笑った。それから紗奈は『あの』と、前を行くペテラに声をかけた。

『ところで、わたしのこのピューラにはどんな特性が備わっているのですか?』
 結局ピューラを着ただけでは、どんなドラゴンの能力が引き出されているのかがまったく分からなかったのだ。
『分からなくても無理はないですよ』と、振り返ってペテラは言った。
『ベベさんの物のように、着ただけで特性が判るものは少ないですから。でも、いずれお二人とも判る時が来るでしょう』とだけ言って、具体的には教えてくれなかった。

『各人のデータに基づいて何万という種類の糸の中からその人の特性に合った糸をゴルメイサムが自動的に選び出し、織り上げていくのです。どのようなドラゴンの能力が秘められているのかは、実のところ私たちにも分からないのです』
 前を向いて、ペテラが続けた。

『場合によっては、いくつかのドラゴンの生命エネルギーが練りこまれていることもあります。その場合、開花する能力は当然ひとつに限られるわけではありませんしね』
 ペテラの話を聞きながら、紗奈の横でクリスが壁に向かって両手を広げたりしていた。
 何をしているのか聞くと、「“気”が出ないかと思って」とクリスは答えた。しかしいくらやっても、クリスの手からは何も出てくる気配がなかった。

 二人が広間に戻ると、そこになぜかネイゲルの姿があった。
『クリスもサナもよく似合っているわ』
 ピューラに着替えた二人に、エランドラが言った。
『ええ。よくお似合いですよ』
 ネイゲルも続いて言った。
『まあ、悪くないんじゃない?』と、クレア。
 そのすべてに同意するように、ラマルはひとしきりうんうんとうなずいた。

『ところで、ネイゲルさんがどうしてここにいるのですか?』
 着替えた服を両手に抱えたまま、紗奈が聞いた。
『ご調整が順調に進んでいるようですので、お迎えに上がりました』
 一礼をしてから、ネイゲルが言った。
『ぼくたちの波動の調整がですか?』
『はい。さようです』
『もう?』
 大げさなほど顎を引いて、ネイゲルはうなずいた。

『特に何も変わってない気がするけど。ねぇ?』
 クリスの問いかけに、紗奈も同意した。
『いえ、お二人ともさすがとしか申しようがありません、こちらの世界と見事に調和されております。順応のレベルは、私たち地底世界の人間と比べても、ほぼ変わらないと言えるでしょう。私たちが案ずる必要は何もありませんでした。ピューラをまとわれたことで、調和の速度がより加速しているようですよ』
 組んでいた手を広げて、ネイゲルは言った。

『でも、そうしたら、これから中央部に行くのですか?』
『お差支えなければ、ですが・・・』と言いながら、紗奈の顔色を見てネイゲルは首を振った。
『いえ、もちろん今すぐでなくても結構です。もう少しごゆっくりしていただいてからでも問題はありませんので』

 そう言われて、紗奈は皆の顔を見回した。
 正直、紗奈はまだ心の準備ができていなかった。それに、地底都市の街をもっと観光して回りたいという思いがあった。
『行って、でもお話を聞くだけなんですよね?』
『基本的には、そうです』
『基本的には?』
『はい。まずは状況のご説明と、これからの計画などについてのお話を聞いていただくことになるかと存じます。その後、どういった流れになるのかは、正直なところ私も存じ上げません』
 申し訳なさそうに、ネイゲルは目を伏せた。

『そっか・・・。でも、その後でもこの地底世界の街を見て回ったりはできますよね?』
『ええ、もちろんそれは可能かと。ただ、ご希望であれば、観光など先にしていただいて結構ですよ』
 そうは言われたものの、この雰囲気でノーとも言えなかった。紗奈は、首を振った。

『ううん。いいです。先に話を聞きにいきます』
『え、いいの?別に急がないみたいだから、先に観光して回ってもいいんじゃない?ねえ?』
 クリスがそう言って皆に同意を求めると、皆もうなずいた。
『ううん、いい。だってネイゲルさんだってわざわざこうして来てくれてるわけだし。なんかそんな空気でもないじゃない?それに、先に話を聞いて、すっきりしてからゆっくり観光したいし』
 紗奈はそう言って、微笑んだ。

 着替えなどは、ベスタメルナから皆が滞在するメシオナまで自動で転送できるということだった。
 テステクだけを手に、クリスはショルダーバッグごとペテラに預けた。ベベはずっと宙に浮いているので、バッグはもう必要なさそうだったからだ。
 それから一同はベスタメルナを後にし、ジェカルに乗ってエルカテオスへ向かった。


第十一話 情報統制局

お読みいただき、ありがとうございます! 拙い文章ですが、お楽しみいただけたら幸いです。 これからもどうぞよろしくお願いします!