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クリスの物語(改)Ⅱ 第七話 メシオナの内部

 ジェカルが着地したのは、地下にある全面ガラス張りの空間だった。
 床も壁もガラス張りで外は湖の世界に囲まれ、見たこともないような巨大な魚や色とりどりに輝く魚が泳ぎ、まるで水族館のようだった。

 正面のガラス扉を隔てた向こう側には大きな部屋があり、その部屋の向こうにも湖の世界が広がっていた。
 床に着地するのと同時に、ジェカルの両サイドが開いた。

「きれい・・・。なんだか夢でも見ているみたい」
 ジェカルから降りると、窓ガラスに近づいて紗奈がため息を漏らした。

『それでは、こちらへ』
 ネイゲルが正面の扉の前に立ち、手にした細長いクリスタル製の棒を扉に向けた。すると、自動ドアのように扉が開いた。
『どうぞ、お入りください』とネイゲルが促すと、『はーい、ありがとー』と言ってクレアが一番に部屋に入っていった。続いてクリスたちも部屋に入った。

 天井からは外の光が差し込み、部屋を明るく照らしていた。ドーム型の天井もガラス製で、その先には真っ青な空が広がっている。
 どうやら天井や壁はマジックミラーになっているようだ。そのため中から外は見えるが、外からは中が見えないようになっている。

 床は白い大理石が敷かれ、円形に広がった大きな部屋の中央には丸く弧を描くようにカウンターで仕切られたキッチンがあった。部屋の右手には3段ほどの階段があり、階段を下りた先には白いソファとローテーブルが置かれている。
 部屋の左手にはカーブする壁に沿ってカウンターテーブルが設置され、椅子が何脚か並べられていた。そのカウンターテーブルの手前には、ダイニングテーブルもある。

「ねぇ、クリス。あのテーブルとか椅子、浮いてるよね?」
 室内をひと通り見回して、紗奈が言った。紗奈の言う通りだった。テーブルも椅子もソファも、全部脚がなく宙に浮かんでいる。
「たしか、あの宙に浮いてる椅子はクテアっていうんだ。前世でも見たことがある」
 カウンターの椅子を指差してクリスが言った。しかし紗奈はその説明を無視して、ダイニングテーブルの方へとひとり歩いていってしまった。

『ねぇ、ちょっと降ろしてよ』
 ショルダーバッグから身を乗り出し、前足でバッグの縁をバシバシと叩いてベベが言った。
『ああ。ごめん、ごめん』
 バッグを床に置くと、クリスが出してあげるまでもなくベベは自力で外に出た。それから、床の匂いを嗅ぎ回った。
『ちょっと、ベベ。おしっこしたりしないでよ』
 マーキングしてしまわないか心配になってクリスが注意すると、『いくらなんでも、室内でそんなことするわけないよ』と言う返事が返ってきた。

『各部屋のご説明は特によろしいでしょうか?』
 入り口でたたずんでいたネイゲルがエランドラに確認した。
『ええ、特に必要ないわ。ありがとう』
『では、私はこちらで失礼いたします。メシオナとジェカルがリンクしたテステクを人数分お渡ししておきます』
 ネイゲルはそう言って、細長いクリスタルのスティックを5本エランドラに渡した。

『それでは皆さん、ごゆっくりおくつろぎください』
 一同を見回して、ネイゲルが言った。
『こちらのメシオナは、すべてのフロアを自由にお使いいただいて結構です。ジェカルも自由にお使いください。もしよろしければ、クリスさんやサナさんはピューラを仕立ててもらうと良いかもしれません』
 そう言って、ネイゲルはクリスと紗奈に視線を向けた。それから『皆様のご調整がお済みになった頃、また伺います』と言って深々と頭を下げると、部屋を出ていった。

『ピューラって何?』
 ネイゲルがジェカルで去っていくのを見届けてから、クリスが質問した。『ピューラは、わたしたちが着ているこの服のことだよ』
 ソファに座ったクレアが、クリスの方を振り返って言った。
『服?』と聞き返して、クリスは自分の服装を確認した。
 スニーカーにジーンズ、Tシャツの上にパーカーという、いたって普通の格好だ。

『服を着替える必要があるの?』と言って、クリスはクテアに座る紗奈の方に視線を向けた。
 紗奈は地上を出る前に着替えてきたばかりだった。
『うん、そうだね。ピューラってただの服じゃなくって、ドラゴンのエネルギーをまとったものだから、着ると自分の隠れた能力が引き出されやすくなるからね。それに何より今のその格好だと明らかに地表人だって分かっちゃうもの』
『地表人だと分かると何か問題があるの?』
『別に問題はないと思うけど、もしも何か問題が起こったときに地表人がいるとなると、真っ先に怪しまれる可能性があるんじゃないかな』
『ふーん』と返事をしながら、クリスは紗奈の方を見た。

『どうする紗奈ちゃん?』
 クリスが意見を求めると、紗奈はクテアから降りてそばへやってきた。『まぁ、着替えた方がいいって言うのなら、わたしは別にいいよ?』
 肩をすくめて紗奈は言った。それからリュックサックを肩から外して、床に置いた。

『でも、仕立ててもらうってどこで仕立ててもらえるの?』
 紗奈の質問に、『ベスタメルナだよ』とクレアが答えた。
『ベスタメルナ?それって地名?』
『うん。地名っていうか、街の名前』
『ふーん・・・それって近いの?』
『近いと言えば近いし、遠いと言えば遠いよ』
『何それ、どういうこと?』
『だから、時間の概念もないのに遠いも近いもないのが分からないの?とにかく、行ってみれば分かるよ』
 次から次へと質問する紗奈を煙たがるように、クレアが言い捨てた。
 紗奈はクリスの方を振り向いて、『なんでこんなに怒ってるの?意味わかんない』と思念を飛ばした。

『ではピューラを仕立てに行くとして、その前に部屋を割り当てましょう。荷物は置いて行った方が良いでしょうからね』
 紗奈の肩に手をかけて、エランドラが言った。
『部屋?部屋って他にもあるのですか?』
 振り返って紗奈が聞いた。
『ええ、もちろん。下にもあるわよ』
 そう言われて、紗奈は室内を見回した。

『あちらのクワインダーで下に降りられるのよ』
 紗奈の疑問に答えるように、部屋の奥の方を指差してエランドラが言った。そこには、太いクリスタルの柱があった。水槽のようになった柱の中には、数匹の魚が泳いでいる。
 不思議そうにその柱を見つめる紗奈に、『では、降りてみましょうか?』とエランドラが言った。


第八話 魔法の呪文

お読みいただき、ありがとうございます! 拙い文章ですが、お楽しみいただけたら幸いです。 これからもどうぞよろしくお願いします!