クリスの物語(改)Ⅲ 第二十一話 悪魔祓い
『それじゃあ、こっちへ来て』
クレアがふわりと舞い上がって、グラウンドの隅に降り立った。
ラマルとエランドラが脇へよけて、道を開けた。
優里は立ち上がって、クレアの方へと向かった。クリスと紗奈もその後に続いた。
クレアはうしろに手を回すと、何かを取り出した。手にしていたのは、テステクだった。
『あれ?テステク。持ち出してきたの?』
『ああ、うん。あとこれも』
クレアはそう言って右手の人差し指を突き出した。そこには、金の指輪“オーラムルス”がはめられていた。
『ソレーテから持ってていいって渡されたの』
すまし顔でクレアは言った。それからテステクを地面に向けると、ブツブツと何かを唱え始めた。
「マージアバラスニアード」
最後にそう言ってテステクをひと振りすると、地面にうっすらと青く光る円形の模様が浮かび上がった。
直径3mほどの円の中に大きな✡マークが描かれ、さらにその中に文字のような、記号のようなものがびっしりと細かく描かれていた。
「こんな複雑な魔法陣初めて見た」と、その模様を目にして優里も感心しきっていた。
『それじゃ、真ん中に立って』
クレアに指示された通り、優里はその魔方陣の中央まで進んだ。それから、クレアがまるで指揮者のようにテステクを構えると、目をつむった。
身構える優里に向かって、クレアがテステクを振った。
「ディアデスグナーリオ」
次の瞬間、魔法陣が強い光を発し、時計回りに回転を始めた。それと同時に、優里の周りを砂埃が舞い始めた。
魔法陣の中だけ風が起こっているようだった。
風はどんどん吹き荒れていった。優里は目を固く閉じたまま、両手でスカートを押さえた。
竜巻のように砂埃が舞い上がっている。そしていつの間にか、あたりは薄暗くなっていた。
突如、「うおおおお」という低いうめき声のようなものが聞こえた。そして砂埃が舞い上がる中、優里の首筋あたりから黒い影が浮き出てきた。
その影は次第に大きくなり、少しずつ形を取り始めた。二本の大きな角を生やした影は、山羊のような頭を持ちながら胴体は人の形をしている。
優里の中から体がすっぽり抜け出ると、その影はうめき声を上げながら舞い上がっていって、やがて塵と化してしまった。
その後、優里の中から次々と魔物が出てきた。
猫の化け物のようなものから、猿の化け物のようなもの。巨大なムカデのようなものや、目がたくさんついた巨大ミミズのようなものまで全部で5~6体の化け物が優里の体から抜け出ては、断末魔の叫び声を上げて消滅していった。
そしてついに最後の影が消滅すると竜巻が止み、周囲は元通り明るくなった。クレアが出現させた魔法陣も徐々に消えていった。
そして魔方陣が完全に消えたのと同時に、優里がその場に倒れ込んだ。それを目にして、クリスと紗奈が慌てて駆け寄った。
優里は、意識を失っていた。不安そうに紗奈がクレアを見上げると、『寝ているだけだよ』とクレアが言った。
クレアいわく、波動の調整が入るから起きるまでしばらく寝かせておく必要があるということだった。しかし、このまま砂の上に置いておくわけにもいかない。かといって、校庭のどこを見渡しても砂しかなかった。
『ぼくの上に乗せてくれていいよ』
クリスと紗奈がどうしようかと困惑していると、ラマルがそう言って長い首を下げた。
『ありがとう、ラマル』
クリスと紗奈は、2人がかりで優里を抱え上げた。手こずっているふたりに気づいたクレアが、テステクを振った。
すると優里はふわりと浮かび上がって、ラマルの背にそっと乗った。
『さっき出ていった悪魔、あれが全部桜井さんに取り憑いてたの?』
クレアに礼を言ってから、クリスが尋ねた。
『まあね。思っていたより大したことなかったわね』
すまし顔でそう言ったクレアは、どことなく得意気だった。
『それで、優里はもう大丈夫なの?』と、心配そうに紗奈が聞いた。
『まあこれからの本人次第だけど、とりあえずもう悪魔の干渉は受けないから大丈夫だよ』
「何にしても、よかったね」とクリスが声をかけると、紗奈は振り返って「ん?まあ、そうだね」と、作り笑いを浮かべた。
紗奈は、どうやら優里がこうなったことになぜか責任を感じているようだった。小学校の頃もっと仲良くしてあげればよかったな、という紗奈の思いが伝わってきた。
『気にすることないよ。実際、桜井さんは小学校の頃ぼくたちに救われたって言ってたし。だからこれからは、友達としてつき合っていったらいいんじゃない?』
ラマルの上でぐったりと眠る優里を見て、紗奈は小さくうなずいた。
紗奈は男子からも女子からも人気があるのに、友達があまりいない。それについて自分は冷めているからだと本人は言うが、実際には繊細過ぎるからだとクリスは思っていた。気を遣いすぎてしまうのだ。
クリスと違ってコミュ力があるから人づきあいはうまくこなすが、心を開くことがあまりない。しかし、優里みたいに仲間外れにされているような子を見かけると、放っておけないような優しい面があるのだ。
だからぼくのこともいつも気にかけてくれるのだろうなと、紗奈の横顔を見つめながらクリスは思った。
お読みいただき、ありがとうございます! 拙い文章ですが、お楽しみいただけたら幸いです。 これからもどうぞよろしくお願いします!