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クリスの物語(改)Ⅲ 第三十話 紗奈とクレア

『何かお飲みになりますか?』と、操縦室から戻ってきたトルメイが聞いた。
 アダマスカルは次元間を移動する亜空間にすでに突入しており、窓の外は真っ暗だった。

『ヴィーナンはありますか?』と、紗奈が聞いた。
 ヴィーナンといえば、海底都市で飲んだ飲み物だ。フルーツを発酵させたワインからアルコール分や不純物を飛ばして特殊な海藻と組み合わせて作られるものだが、紗奈はその味というよりはプチプチとした食感が気に入っていた。

『残念ながら、ヴィーナンの用意はございません。ですが、それに近いものであればご用意できます』
『じゃあそれをお願いします』と、紗奈が頼んだ。

 クリスも優里も、同じものをお願いした。そしてベベにはミルクを頼んだ。
 ミルクと言っても何かの植物から抽出されるもので、豆乳みたいなものだ。
 クレアいわく、地表世界以外の都市で動物性のものを摂るところはないということだった。

 トルメイが魔法を使って、それぞれの前にドリンクを運んだ。特にいらないといったクレアたちの前には、水の入ったグラスが運ばれた。
 クリスたちの前に置かれたグラスには、クリスタルブルーの飲料がなみなみと注がれていた。見た目には、ヴィーナンとの違いが分からなかった。

 クリスと紗奈は顔を見合わせ、それをひと口飲んだ。
 口に含んだ瞬間バチバチっと電気が走るような感覚があり、ふたり同時に口を押さえた。

「え、何これ?」
『エリナンだよ』
 手にしたグラスを見つめるクリスに、クレアが言った。

『ヴィーナンと一緒でワインの不純物を飛ばしたもので、それでさらに粒子の振動を上げて浄化したものだよ』

 紗奈の隣に座る優里は、「おいしい」と言いながらゴクゴクとそれを飲んでいる。
 たしかに予想外の口当たりだが、まずくはない。少し炭酸がきつめのグレープジュースだと思えば、飲めないことはなかった。

『ところで、今向かっているネブラリウムはどの辺にあるんですか?』
 少し離れたカウンターに座るトルメイに、クリスが尋ねた。
 思念の会話は距離があったり、壁を挟んだりしていても声を張り上げる必要がない。声が小さいクリスにとって、そういった点はすごく便利だった。

『現在は、北大西洋のバミューダ諸島北東500㎞ほどの沖合にあります』
 クテアに座ったまま、クリスの方を向いてトルメイは答えた。

『向かっている間に移動しちゃう、なんてことはないのですか?』
 横から紗奈が質問した。

『それはまずないでしょう。私どもが現在向かっていることは、すでに打診しておりますので』
 なるほどとうなずいてから、紗奈はさらに質問した。

『ところで風光都市が移動や分離、統合したとき、中央部ではその都度把握しているのですか?』
『ええ、もちろんです』
『小都市についてもですか?』
『ええと、そうですね。街の詳細までとはいきませんが、どこに新たな都市ができたかなどは当然把握しております』
『そうですか』
 紗奈は、考え込むようにうつむいた。

「どうかしたの?」
「ん?ううん。場所を変えたり都市の数も変わったりするのなら、もしかしたらセテオス中央部でも把握しきれていない都市があるんじゃないかなぁと思ったの」
 紗奈はグラスを手に取ってエリナンをひと口飲むと、きつい炭酸に顔をしかめた。

「そっか。それで把握できていない都市にもしかしたらウェントゥスはあるかもしれない、ということだね」
 クリスが相槌を打つと『そんなことはないよ』と、クレアが口を挟んだ。

『だって当時の神官たちが、そんな現れたり消えたりするような都市にクリスタルエレメントを封印するなんてことないでしょう?』
 小バカにしたように、クレアは言った。

『それに、もう3都市に絞られているってさっきソレーテも言ってたじゃない』
『でも一度フィオナさんっていう人が探したけど、見つからなかったのでしょう?』と、紗奈も言い返した。
『だから、フィオナは選ばれし者じゃないんだよ』
 それはもう決定事項だとでもいうように、クレアは断言した。

 この二人ってなんでこんなに仲が悪いんだろう、とクリスは不思議に思った。たまに意気投合するときもあるが、それでもしょっちゅう言い合をしている。
 クリスがそんなことを考えている間にも、二人の言い合いは続いた。

『でも、前回海底都市に行ったときだって、アクアの在りかはアトライオスに絞られていると言われていたのに、結局まったく別の場所で見つかったじゃない』
『それは、マーティスがローワンから偽の情報を掴まされていたからでしょう』
『それなら、今回だって今得られている情報が正しいとは限らないじゃない』
『そんなこと言い出したら、いつまでたっても見つからないわよ』
『でも実際に手間取っているのだから、情報を鵜呑みにしないで一つひとつ疑ってかかった方がいいでしょう?』
 紗奈がそう言い返すと、クレアは腕を組んだままふんっとそっぽを向いた。

 二人のやり取りを驚くように見ていた優里に、クリスが『いつものことだよ』と目配せした。
 それから二人の仲を取り持つために、クリスは話題を変えた。

『そういえば、マーティスさんはどうしてるの?』
『マーティスなら、中央部から追放されたよ』と、振り返ってクレアが答えた。

『え?』
 思わぬ返事に、クリスはびっくりして聞き返した。

『なんで?』
『だって、中央部に内緒で闇の勢力であるローワンと連絡を取り合って、情報を仕入れていたわけだからね』
 当然でしょう、というようにクレアは言った。

『でも、マーティスさんは知らなかったわけでしょ?ローワンさんが闇の勢力に取り込まれていたなんて。知らなかったから、ぼくたちにもローワンさんを紹介したんだろうし』
『まぁそうだとしても、すでに中央部ではない人間から情報を得ていたことを報告していなかったのは、やっぱり問題だよ』

『そうなんだ・・・』
 仕方ないといえば仕方ない。しかし少なからず世話になった人だったから、ショックだった。愛想の良い人ではなかったけれど。

『それで、マーティスさんは今どうしているの?』
 紗奈も気になった様子で、クレアに質問した。クレアはちらっと紗奈に視線を向けると、またぷいっと顔を背けた。

『知らない』
『知らないって、どういうこと?』
 尚も紗奈が追求すると、クレアは紗奈に向き直った。

『知らないものは知らないんだからしょうがないでしょう?興味もないし。中央部から追放されたのだから、中央部にいたころの情報と記憶は消されて、地底世界のどこかの都市にいるんじゃない?』
 わかった?というように紗奈を見てから、クレアはまたそっぽを向いた。

『なんでこんなに怒ってるの?』と、紗奈は呆れ顔でクリスを見た。


第三十一話 霧の都ネブラリウム

お読みいただき、ありがとうございます! 拙い文章ですが、お楽しみいただけたら幸いです。 これからもどうぞよろしくお願いします!