見出し画像

クリスの物語(改)Ⅲ 第十四話 紗奈の提案

 母親に続いてうつむきがちにリビングに上がった優里は、ソファに座るふたりに向かって「いらっしゃい」と軽く頭を下げた。
 クリスも紗奈もその場に立ち上がった。
「おかえり」と、紗奈。「お邪魔してます」と、クリス。

 優里はいかにも私立中学らしい黒の学生カバンを肩から外すと、それを床に置いてふたりの向かいのソファに座った。

 小学校の時と比べて、優里はだいぶ雰囲気が変わっていた。お洒落に目覚めた今どきの女子という感じだ。
 ふたりから視線を向けられて優里は恥ずかしそうにうつむき、もじもじしながら黙っていた。

 優里の分のアイスティーとケーキを持ってくると、母親は優里の隣に座った。
 優里は、出されたアイスティーをミルクもシロップも入れずにそのままストレートで飲んだ。それから無言でケーキを食べ始めた。

「眼鏡、やめたんだね」
 紗奈が話しかけると、ケーキを口に入れながら優里はうなずいた。

「そうなのよ。小学校を卒業してから、コンタクトにしたいって言いだして。春休みに買いに行ったの。それからは、出かけるときはいつもコンタクトにしているわよね」
「いつもじゃないよ」
 母親の言葉に、優里はつっかかった。

「あら、でも学校へ行くときはいつもコンタクトでしょう?」
「学校へ行くときはそうだけど、でも休みは眼鏡で出かけるときもあるよ」
「ああ、そうね。休みの日は、眼鏡のときもあるわね」
 それから、少しの沈黙が流れた。

「でも、すごくかわいくなったね」
 沈黙を破って、紗奈が優里に微笑みかけた。
 紗奈に褒められると、優里はフォークを噛んだまま気恥ずかしそうにはにかんだ。

「眼鏡も似合ってたけど、でもない方がかわいい」
「ありがと」と言って、優里は照れるように肩をすぼめた。
「紗奈ちゃんも、髪型変えたんだね」
「そうそう。校則で髪を染めるのもパーマも禁止だからね」
 さらさらの黒髪を指でうしろから前にとかしながら、紗奈は言った。

「でも、その髪型も似合ってるよ。前髪、すごくかわいい」
 優里がそう言うと、その隣で母親も「本当ねぇ。お人形さんみたい」とうなずいた。

「そうだ。これから久しぶりに三人で小学校行ってみない?」
 突然、紗奈が思いついたように提案した。
「小学校?」
 きょとんとした顔をして、優里が聞き返した。

「うん。土日、校庭は開放してるから入れるでしょう?久しぶりに行ってみようよ」
「あ、うん。そうだね。そしたら、わたし着替えてくるね」
 紗奈の半ば強引ともいえる誘いに、優里はうなずいて立ち上がった。

 ふたりのやり取りを微笑ましそうに見ていた母親は、優里が部屋へ向かうと「違う中学校に進むことになったけど、卒業しても優里とお友達でいてくれてありがとう」と言った。
 クリスと紗奈は、「いえ。こちらこそ」と言って頭を下げた。

『でも、なんで小学校に行こうと思ったの?』
 母親が席を立つと、クリスは紗奈に思念で問いかけた。学校へ行こうとした紗奈の意図が分からなかった。

 ちらっとクリスに視線を向けてから、紗奈は思念で返事をした。
『だって、おばさんがいたらやっぱり色々聞きにくいじゃない。本人だって話しにくいだろうし』
 なるほど、たしかにそうかもしれないとクリスは思った。
 こうして機転を利かせられるところは、さすがとしか言いようがない。

 私服に着替えた優里は黒のTシャツに白いスカート、黒のサンダルという中学1年生にしては上品な服装だった。クリスや紗奈よりも背が高いこともあって、同級生とは思えなかった。
 三人は、それぞれ自転車に乗って小学校へ向かった。


第十五話 土曜日の学校

お読みいただき、ありがとうございます! 拙い文章ですが、お楽しみいただけたら幸いです。 これからもどうぞよろしくお願いします!