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クリスの物語(改)Ⅱ 第十二話 クリスタルエレメント

『それでは、どうぞそちらのクテイラにおかけください』
 そう言って、ソレーテが宙に浮かぶソファを手で示した。

 一行は言われた通りクテイラに腰掛け、ベベが背もたれのへりの部分にちょこんと座った。クテイラから見える外の景色は、真っ青な空だけだった。

『早速ですが』
 向かいのクテイラに腰かけると、ソレーテが切り出した。
『すでにクレアさんたちからお聞きになっているかもしれませんが、今回こちらへお越しいただいた用件を説明いたします』
『あ、はい』
 クリスと紗奈は、背筋をピンと伸ばしてかしこまった。

『単刀直入に申し上げますと、今地球は進化を遂げるか、滅亡してしまうかのまさに過渡期にあります。そして、闇の勢力が地球を消滅させようと、躍起になっているのです。
 その闇の勢力の計画を阻止し、地球、そして地球に宿るすべての生命を救うために、クリスさんや皆さんのお力がどうしても必要なのです』
『はあ・・・』
 ソレーテから真面目な顔でそう言われても、クリスには実感が湧かなかった。
『あの、なんで地球を救うのにぼくたちの力が必要なんですか?』
 質問したクリスにうなずき返すと、ソレーテはテーブルの上で手を組んだ。

『まず、クリスさん。あなたは以前別の肉体でこのセテオスへお越しになったことは、すでに思い出していらっしゃると思いますが・・・』
 確認するソレーテに、クリスはうなずき返した。
『その時に、クルストンが書き換えられていたかもしれないという事態があったことは覚えていらっしゃいますか?』
『あ、はい。たしかそんなことがあったのは覚えています』
 クリスの返事に満足するように、ソレーテはうなずいた。

『その後の調査により、実際、クルストンは書き換えられていたことが判明しました。それをご報告する前にファロスさんはこの世界を去ってしまいましたが・・・』
 一度目を伏せてから、ソレーテは続けた。
『しかし、書き換えられた事実は判明したのですが、書き換えられる以前の記録も消失していたため真実は今も不明です。また、誰がそのように画策したのかも分からないままです。恐らく闇の勢力によるものだというのが、私達中央部の見解ではあるのですが』
 その見解に賛成、というようにクレアが大きくうなずいた。

『そのことに関しては、中央部をはじめ銀河連邦の協力のもと捜査をして参りましたが、あまりに巧妙にクルストンが書き換えられてしまっている上、元のデータにまで手を加えられてしまっていたために、手の施しようがありませんでした』
 申し訳なさそうにソレーテは言った。

『あの』と、紗奈が小さく手を上げた。
『クルストンって何ですか?』
『クルストンとは、個人の魂の記録を刻み込んだ石板のことです』
 両手の親指と人差し指で四角形を形作ってソレーテが答えた。

『それで、元のデータというのは?』
『ええ。宇宙には、万物が創生されたときからのすべての事象を記録するアカシックレコードというものが存在します。すべての現象を生み出し、記録するエネルギーフィールドのことなのですが。そこには、すべての事象が生み出されると同時に記録され、永久的に保管されているようになっています』
『すべての事象が生み出されると同時に記録される・・・』
 紗奈はうつむき、ソレーテの言葉を復唱した。それから顔を上げて再び質問した。
『その記録までもが書き換えられちゃってる?』
 ソレーテはうなずき返すと、『銀河連邦からはそのように報告を受けています』と答えた。

『中央部で調べたわけではないの?』
 横からクレアが質問した。
『ええ。私達中央部にはアカシックレコードへのアクセス権限しかなく、そのデータの整合性を確かめる術はないものですから』
『ふーん。そうなんだ』
 考えを巡らせるようにクレアは2,3度うなずいた。

『それで、そのデータも闇の勢力によって書き換えられたというのですね?』
『はい。その可能性が高いと思われます』
 紗奈に向き直って、ソレーテは答えた。
『我々中央部だけでなく銀河連邦の目を逃れてネットワークに侵入し、情報を操作したとは誠に信じ難いことなのですが・・・』
 神妙な面持ちでソレーテは首を振った。

『いずれにいたしましても、その情報操作によってかつてクリスさんが“ファロス”としての過去世で地底世界へと送り込まれてきたわけです。黒いドラゴンの石を手に入れるために。ところが、ファロスさんが地表世界へと戻ってしまうという想定外の事態があり目論見は外れてしまった、ということになっています・・・表向きには』
 最後の言葉を強調するように、ソレーテは間をおいて言った。

『え、どういうこと?』
 聞き捨てならずに、クレアが質問した。
『つまり、当時はまだ時機ではなかったわけです』
『それって、どういう意味?』

『闇の勢力は、適性を見ていたのではないか、ということです。当時から、この地底世界へ訪れる地表人の数が増加していることはクレアさんもご存知ですよね?』
『話題になっていたもんね。でも、それは目覚めている人たちが増えたからでしょう?』
『ええ。もちろんそうです。ただ、私ども中央部の試算ではそれでも100人程度のはずでした。しかし、実際のところはその10倍近くの人間が、地底世界へ訪れているのです。
 当時は、それだけ地表世界の進化がめざましいのだと、うれしい誤算として受け入れていました。しかし実際には、闇の勢力による操作があり、多くの人間が本人も知らぬ間に送り込まれてきていたのではないかと推測しています。それも、すべてファロスさんの一件から分かり始めたことなのですが』

『適性を見ていたというのは?』
 今度はエランドラが質問した。
『はい。いずれ訪れるアセンションの時期に地球を滅ぼすため、黒いドラゴンの石を手に入れることのできる魂かどうか。手に入れて、さらに闇の勢力へ加担できる人間かどうかの適性を判断していたのです。そういった意味では、クリスさんは恐らく適性からは外された可能性が高いと思われます』

『え、そうなの?だってクリスは適性があると言っていたじゃない。だから、今回連れてくるように指示したのでしょう?』
 問い詰めるクレアに、ソレーテはうなずき返した。
『クリスさんは、ドラゴンの石を手に入れる適性がある人間の一人であるのは間違いないと思います。それも、かなり有力な』
『じゃあ、どういうこと?』
『つまり、クリスさんの魂は闇の勢力からすると、いささか光に寄りすぎているという判断になったのだと思います。闇の勢力からすれば、黒いドラゴンの石を手に入れる適性があり、尚且つ陰りがある魂を求めているのです。なぜならその方が取り込みやすいため、闇の勢力にとっては好都合だからです』

『じゃあファロスのときみたいに、クリスが闇の勢力に利用されることはないっていうこと?』
『それは、分かりません。その危険性はないとは言えません。そのため、そうなってしまう前に黒いドラゴンの石を手に入れていただきたいのです。
 それこそが、今回こうしてクリスさんにこちらへお越しいただいた理由です。闇の勢力より先に黒いドラゴンの石を手に入れ、地球を消滅から救い、アセンションへと導く手助けをしていただきたいのです』

『ふーん』と言って、クレアは少しの間考え込んだ。それから、クリスに向かって『どう思う?』と聞いた。
『どうって言われても・・・』
 そんな壮大な話を聞かされても、クリスは相変わらず実感が湧かなかった。

『そもそも、闇の勢力はなんで地球を滅ぼそうとしているのですか?』
 考え込むクリスの横で紗奈が質問した。それは、クリスも疑問に思っていたことだった。
『現在、地球が進化の段階にあることは先ほど述べましたが』
 ソレーテは、クリスと紗奈を交互に見た。
『地球がアセンションして多次元へと移行してしまうと、闇の勢力は地球にこれ以上居座れなくなってしまいます。なぜなら、アセンションすることでエネルギーの振動率が変化するために、邪悪なエネルギーのままでは存在ができなくなるからなのですが・・・』
 間をおいてからソレーテは続けた。

『そして、地球は現在アセンションの時期を迎えています。そのまま次元上昇してしまえば、宇宙にはさらに光の存在が増加することになります。それにより、闇の勢力はどんどん衰退してしまって、その存在自体危険に晒されてしまうことになるわけです。
 そのため、地球から得られるエネルギー資源を搾取できるだけ搾取したら、闇の勢力に加担する魂だけを従えて、あとは消滅させてしまおうという魂胆なのです。闇の勢力は、常にそのようにして惑星を乗っ取っては滅ぼしているのです』
 クリスと紗奈は、顔を見合わせた。惑星の消滅にそんな裏事情があるとは、到底信じられないことだった。

『それで、具体的に何をしたらいいのですか?』
 今度はクリスが質問した。
『はい。黒いドラゴンの石というのは、全部で5つ揃うことによって次元上昇を促すパワーを発揮します』
 ソレーテは一度座り直した。

『先ほどから申し上げている黒いドラゴンの石というのは、別名“クリスタルエレメント”という、特別な石のことをいいます。ただの黒いドラゴンの石ではないのです。
 黒いドラゴンの中でも“超竜”と呼ばれる伝説的なパワーを誇るドラゴンから創り出されたもので、この世に5つしかないと言われています。そしてその“クリスタルエレメント”は、現在も地球のどこかに眠っています。
 それらを探し出し、闇の勢力よりも先に手に入れていただきたいのです』

 なんだか漠然としているな。そう思って紗奈が質問した。
『地球のどこかって、どこにあるかも分からないのですか?』
『ええ。導かれし時に、導かれし者によって導かれると言われています』『それで、今がその時でありクリスが導かれし者ということね』
 エランドラの言葉に、ソレーテがうなずいた。
『そのおひとりであると、信じています』

『でも他にも適任者はいるってことでしょう?』
 今度はクレアが聞いた。
『ええ、そうです』
 ソレーテはまたうなずいた。
『クリスさん以外の適任者に対しては中央部の他の者が手配し、同じように依頼しています』
『え、そうなの?』
『はい』
『じゃあ、他の人たちとも一緒に行動するってこと?』
『いえ。そういうわけではございません』
 ソレーテは首を振った。

『クリスタルエレメントは、地“テラ”・水“アクア”・火“イグニス”・風“ウェントゥス”・空“カエルム”五つのエレメントの化身である超竜から創り出されています。そのため、それぞれゆかりの地にあると言われています』
『ゆかりの地?』
 クレアが聞き返した。
『ええ。たとえば、地のクリスタルエレメント“テラ”は地底都市に。水のクリスタルエレメント“アクア”は海底都市に、といった具合に』
『なるほどねー』

『それで、クリスさん。あなた方には、水のクリスタルエレメント“アクア”を探し出していただきたいのです』
『はあ・・・』
 話について行けず、クリスは首を傾げながらも返事をした。
『水ってことは、海底都市に行くのね』
 クレアがにんまりと笑った。

『でも、どうすればいいのですか?』
 漠然としたまま具体案が出されないため、紗奈は更に質問した。
 海底都市に行って導かれるまま黒いドラゴンの石を探してこいと言われても、どうしたらいいのか見当もつかない。
『海底都市まではこちらの方でご案内いたします。また、海底都市に詳しい者がおりますので、その者も同行させます。ただ申し訳ございませんが、黒いドラゴンの石の所在については導きに従って見つけ出していただく他手立てがございません』

 紗奈の不安を読み取って、ソレーテが頭を下げた。
 それから『ちょっと失礼します』と言って立ち上がり、自分のデスクへ戻っていった。それからすぐに、何かを手にして戻ってきた。
『こちらをどうぞ』
 ソレーテが一本の短剣をクリスに差し出した。
『あ、これは』
 受け取った短剣を見て、クリスはすぐに思い出した。

『覚えていましたか?そうです。ファロスさんが所持していたものと同様のものです。フェローニア、いわゆる鍛冶職人に作らせました』
 クリスが受け取った短剣は、前世で父親からの形見としてファロスが持ち歩いていた短剣と同じ物だった。
 柄の部分には、赤いドラゴンの石“導きの石”がはめ込まれている。しかし、心なしかその石はクリスの記憶にある物よりも色がくすんでいるようだった。しかしその点を除けば、デザインはまったく同じだ。

『ありがとうございます』
 クリスが礼を言うと、ソレーテは首を振った。
『いえ。クリスさんであれば、きっとその導きの石“ルーベラピス”によってアクアへと導かれるでしょう』
 そう言って自信を見せるソレーテに対して、クリスは自信なさげに頭を下げた。

 するとそこへネイゲルがやって来た。ソレーテはネイゲルに目配せすると、『それでは、いかがいたしましょうか?』とクリスに尋ねた。
 その質問に首を傾げるクリスに、ソレーテは改めて聞き直した。
『もうご出発できますか?』

 クリスは紗奈の方を見た。正直、クリスはまだ心の準備が整っていなかった。“選ばれし者”と呼ばれても自覚はないし、自信もなかった。
 紗奈もクリスの方を振り向いた。それから、ソレーテに向き直って質問した。
『すぐの方がいいのですか?』

『いえ、皆様の準備が整い次第出発はいつでも結構です。こちらはすでに手配済みですので。導かれた時がベストのタイミングですから』と、ソレーテは笑顔で答えた。
 闇の勢力より先にクリスタルエレメントを手に入れないといけないという割に、焦っている様子はなかった。

『どうしよっか?』と言って、紗奈はまたクリスの方を向いた。
『うん、そうだね。でも紗奈ちゃんももっとセテオスを観光して回りたいでしょ?』

『うーん。なんかでも正直おちおち観光しているような気にもなれなくなっちゃったかな』
 紗奈はうつむき、そう言った。
 たしかに紗奈の言う通りだった。地球や人類の存続がかかっているというのに、のんびり観光している気にはとてもなれない。

『準備することって何があるのですか?』
 紗奈がまたソレーテに質問した。
『特に皆様にご用意いただくものはありません。必要なものはこちらで用意しますので。お気持ちが決まり次第で結構ですよ』
『どのくらい・・・』と、言いかけて紗奈は口をつぐんだ。
 出発したらどのくらいの期間がかかるのかを知りたかったのだろう。しかし、こちらの世界ではその質問が無意味だということを思い出したようだ。

『どうする?わたしたちはいつでも大丈夫だけど。ねぇ?』
 そう言うクレアは出発したくてたまらないといった様子だった。クレアの問いかけにラマルもエランドラもうなずいた。

 クリスと紗奈は顔を見合わせ、お互いにうなずき合った。不安はあったが、しかしどうせ行かないといけないのなら早いところ終わらせたい。そんなクリスの思いを紗奈も読み取った。

『よろしいですか?』
 二人の心が決まったことを察したのか、ソレーテが確認した。
 紗奈ともう一度うなずき合って、クリスは『はい』と返事をした。


第十三話 金の指環

お読みいただき、ありがとうございます! 拙い文章ですが、お楽しみいただけたら幸いです。 これからもどうぞよろしくお願いします!