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第64号(特別号) イーロン・マスクとNeuralinkは脳科学をどう変えるのか(2024年最新版)

// 2022年12月10日 第64号(特別号)
// イーロン・マスクとNeuralinkは脳科学をどう変えるのか(2024年最新版)

(2024年1月30日追記)


2024年1月30日、Neuralinkがヒト患者を対象に初のデバイス埋め込みを完了したとの大ニュースがありました!

そこで、以前執筆したこちらの有料noteを期間限定で無料公開します。
ますます進歩するブレインテック業界とNeuralinkの最新状況を、ぜひご覧ください。



こんにちは、東京大学医学部附属病院で医師として、東京大学の池谷裕二研究室と松尾豊研究室で脳や人工知能の研究をしている紺野大地です。

2022年12月1日(日本時間)、「脳とコンピューターをつなぐ」ことを目的にイーロン・マスクが設立した会社Neuralinkの進捗報告がありました。
今回のBrainTech Reviewでは、この発表をじっくり考察したいと思います!

※ 過去の記事は以下になります。
「Neuralinkはなぜこんなに注目されているのか?」、「そもそも侵襲型Brain Machine Interfaceとは何?」という方は、本記事を読む前にまず2019年版をご覧いただくのが一番分かりやすいと思います。

2019年

2020年

2021年

今回のNeuralinkの発表動画は以下になります。


では、始めていきましょう!


今回の発表の概要

まず、今回のNeuralinkの発表を振り返っていきます。
主な内容は、以下の6つです。

  1. サルが念じるだけでキーボード操作、人間の言葉の入力に成功

  2. 電極の自動埋め込みロボットの実演

  3. デバイス小型化により、1回の手術で16,000以上の電極が埋込可能に

  4. 硬膜外からの電極刺入の実現

  5. 「脳への情報書き込み」への取り組み

  6. ヒト臨床試験を半年以内に開始予定

順番に見ていきましょう。

1. サルが念じるだけでキーボード操作、人間の言葉の入力に成功

サルが念じるだけで卓球ゲームをプレイするYouTube動画」が2021年に話題になりましたが、今回は、
「サルが念じるだけでキーボードを操作し、人間の言葉を入力することに成功」しました。

(ただし、「サルが人間の言葉を理解している」訳ではなく、あくまでも 「サルに、人間が望むようにカーソルを動かせることに成功した」点にご注意ください。)

いわゆる「パフォーマンス」として、今回の発表で最も印象的だったのではこの部分だと思います。
一方、この成果はサイエンスとして新しくはなく、ミゲル・ニコレリス先生らが7年以上前に同等以上のことを達成していることは記憶に留めておかなければなりません。

この点については、昨年のBrainTech Reviewに詳しく記載したので興味のある方はぜひご覧ください。

2. 電極の自動埋め込みロボットの実演

続いて、Neuralinkが開発している自動電極埋め込みロボットの実演が行われました。
(ちなみにBrainTech Review 第60号では、「電極埋め込みロボットを用いたリアルタイムの埋め込み実演が見たい」と予想していたので、予想が当たって嬉しいです笑)

実演では、15-20分で2,048電極(64 threads)が埋め込まれました。
このスピード感は素晴らしく、今後さらに早くなるそうです。
個人的には、このロボットがNeuralinkのテクノロジーで最もすごいと考えています。

マネキン相手の実演

3. デバイス小型化により、1回の手術で16,000以上の電極が埋込可能に

これも素晴らしい成果です。
過去のヒト研究は100~数百電極が主流で、昨年初めて1,000電極の研究が報告されました。

16,000電極というのは文字通り桁違いで、過去と同じ実験を行っても新しい発見が数多く見つかるでしょう。
さらにこれを複数箇所に埋め込めば…。妄想が膨らみます。

4. 硬膜外からの電極刺入の実現

これまでNeuralinkは、硬膜を開いて電極を刺していました。
ですが今回の発表では、硬膜を大きく切り開くことなく外側から電極を刺せるようになったと主張しています。

以降でも取り上げますが、これにより出血や感染症のリスクや、デバイス交換のハードルも大幅に下がります。
個人的に、今回の発表で最も印象的だったのはこの部分です。

5. 「脳への情報書き込み」への取り組み

現在彼らは、「サル視覚皮質を電気刺激する」や「ブタ脊髄を電気刺激する」といった「脳への情報書き込み」にも取り組んでいるとのことです。

脳の理解のためには「脳情報の読み取り」に加え「脳への情報書き込み」が不可欠であり、非常にポジティブな情報です。

脳の理解には「読み取り」と「書き込み」の両方が必要

6. ヒト臨床試験を半年以内に開始予定

イーロン・マスクは2019年7月の時点で「来年ヒトでの臨床試験を始めたい」と言っていましたが、3年以上経って、ようやくあと半年のところまで来たようです。
このスピード感に「遅い」と思うかもしれませんが、FDA承認が降りないという最悪のケースもありえた訳で、素晴らしい成果です。
いよいよこのデバイスがヒトに用いられると思うと、研究者としてワクワクが止まりません。


ここまで、今回のNeuralinkの主要な内容を見てきました。

私の率直な感想としては、
「Neuralinkの強みは何といってもエンジニアリング(not サイエンス)であり、彼らが思い描く未来を実現させるために、着実に進んでいる」
というものです。

以下では、過去に挙げたNeuralinkへの疑問について考察していこうと思います。

過去の疑問への考察

過去のnoteでは、

Neuralinkの発表には、いくつか気になる点や不安な点もあります。

と記しました。

それらが今回の発表でどう解決されたのか(または、依然として未解決なのか)を見ていきましょう。
(疑問については過去のnoteを転載しており、太字の部分が本noteで追記した部分になります。)

  • 本当に倫理審査を通るのか?
    似たような先行事例があるとはいえ、倫理審査が通らなければどうしようもありません。その場合、中国や北朝鮮でこっそり行うのでしょうか…。
    (2022年追記)ようやくあと半年でヒト臨床試験を始めたいとのこと。素晴らしい成果です。

  • 電極の劣化の問題は?
    電極は時間とともに性能が低下します。Neuralinkが発表した論文中では「一生使える電極を作成した」と主張されていますが、根拠となる技術は記載されていませんでした。「性能が劣化したから埋め直す」ことはできないため、とても気になります。
    (2022年追記)デバイスを数年ごとに交換することで、この問題を克服しようと考えているよう。デバイスを硬膜の外に留置することで可能になりました。

  • 脳深部の血管も避けることができるのか?
    Neuralinkの動画では確かに「脳表面の血管」は避けていましたが、果たして「外から見えない脳深部の血管」も避けることができるのでしょうか? 個人的にはかなり疑わしいと思います。脳深部の血管であっても、損傷により重大な障害が出ることに変わりはなく、その点の保証がないうちにヒトに対して埋め込むのは時期尚早だと思います。
    (2022年追記)基本的に現時点で彼らは脳深部をターゲットとするつもりはなさそう。であれば、これはそこまで大きな問題ではないかもしれません。

  • ワイヤレスにできないのか?
    発表されたデバイスは「耳の下からUSB-Cケーブルが露出し、有線で脳活動を記録したり脳を刺激したりする」ものでした。しかしながらその場合、コードの長さに活動範囲が制限されてしまいます。論文中に「いずれは完全ワイヤレスにしたい」との記載がありましたが、現状できていないのは通信の安定性や速度の問題だと思うため、あと何年すればその問題が解決できるのかは定かでありません。
    (2022年追記)2020年の時点でワイヤレス化されました。

  • 刺せる部位は大脳新皮質だけなのか?
    Neuralinkの論文中には「大脳新皮質をターゲットとする」との記載があったので、脳深部に刺すことはあまり想定していないようです。しかしながら例えばパーキンソン病で重要なのは脳深部に位置する「黒質」と呼ばれる部位ですし、記憶に深く関わる「海馬」をターゲットとしたい場合も出てくるでしょう。「脳深部」に対しても電極を留置できるようになるのかも気になるところです。
    (2022年追記)上でも触れましたが、基本的に彼らは脳深部をターゲットとするつもりは"現時点では"ないようです。ただQ&Aコーナーでは、将来的な脳深部へのアプローチも探っているとのコメントがありました。

  • 頭蓋骨に穴を開けずに済む方法はないのか?
    発表では、「頭蓋骨に小さな穴を開けるだけで電極を埋め込むことができる」と主張していました。しかしながら、いくら小さいとはいえ頭蓋骨に穴を開けるのは大きな負担ですし、穴を通じて菌が入ろうものなら髄膜炎という命に関わる病気を引き起こしかねません。「頭蓋骨を開けずに電極を刺す方法」ができれば良いのですが、そのようなことが可能なのか、個人的には全く案が浮かびません。
    (2022年追記)新型のドリルを使うことで頭蓋骨の穴をなるべく小さくし、さらに硬膜を大きく切り開かないことで侵襲度はかなり下がりました。これにより、感染症や出血のリスクもかなり低減されました。


このように、過去に挙げた疑問点の多くに対して克服の見通しが得られています。
なかでも、硬膜を大きく切り開かずに電極を刺すことが大きなポイントとなっており、これを実現したNeuralinkには脱帽と言うほかありません。

今後残るポイントとしては、

  • 謳っている性能が本当なのか(論文化等による証明)

  • 脳深部へのアプローチ

あたりになるかと思います。
特に「脳深部へのアプローチ」について、どのような解決策を見出すのか、非常に注目しています。

イーロン・マスクとNeuralinkは脳科学をどう変えるのか(2022年版)

ここでは、今回のNeuralinkの発表を受けて私自身が感じたことや、脳科学の未来についての期待を記したいと思います。

Neuralinkの初期のターゲットとして、従来から言われていた四肢麻痺患者に加えて、今回の発表では視覚障害患者も言及されました。

四肢麻痺の患者さんは車椅子やコンピュータを念じるだけで操作することが可能になり、
視覚障害の患者さんはもう一度世界を視ることができるようになるでしょう。
病気で苦しんでいる方々をNeuralinkのテクノロジーで救うことができることは、紛れもなく素晴らしいことです。

この先のNeuralinkの動向で私が最も注目しているポイントは、
「Neuralinkがどのようにして脳深部にアプローチするのか」です。

現時点のNeuralinkのデバイスでこれらの領域にアプローチすることはほぼ不可能ですが、Q&Aで彼らは脳深部へのアプローチを示唆しており、どのように課題を解決するか興味が尽きません。

脳深部にアプローチできると、どのようなことができるでしょうか?

なんと言ってもまず挙げられるのは、神経精神疾患の治療です。
脳深部刺激療法(DBS, Deep Brain Stimulation)は薬が効かないうつ病や強迫性障害に非常に効果的ですが、文字通り「脳深部」への刺激が必要です。
Neuralinkが脳深部にアクセスしうつ病や強迫性障害を治療できるとなれば、ターゲットが大きく広がります。

脳深部刺激療法のイメージ図
https://my.clevelandclinic.org/health/treatments/21088-deep-brain-stimulation

また妄想混じりではありますが、脳深部には睡眠覚醒や食欲、体温調節を担う脳領域も存在するので、ここにアプローチすることで

  • 電極で刺激するだけで一瞬で眠りにつける / スッキリ目覚めることができる(Neuroscience-based のび太

  • 電極で刺激するだけで満腹感を感じ、ダイエットができる(Neuroscience-based ライ○ップ

  • 電極で刺激するだけでコールドスリープできる(Neuroscience-based 冬眠

などが実現できるかもしれません。
もしこれができれば、健康な人でもNeuralinkデバイス埋込希望が増えそうです。

Neuroscience-based のび太
Neuroscience-based ライ○ップ

(これらのアイディアについては以下の著書をご覧ください😊)

今後Neuralinkがどのようにして「脳深部へのアクセス」を実現するのか。
今後もNeuralinkから目が離せません。


2019年のnote記事で私は、

Neuralinkの発表を機にGAFAなどメガIT企業が脳科学にどんどん投資を増やしたり、昨今の人工知能業界のように企業とアカデミアの人材の流れがもっともっと流動的になったりすることを期待します。

と記しました。

あれから3年、私の周りでは、ブレインテックに興味を持つ人が着実に増えている実感があります。
この熱を一過性のもので終わらせないために、私自身も人類を先に進めるような取り組みをしていきたいと思う日々です。

近い将来、私の新たな挑戦を発表できるかもしれないので、ぜひ楽しみにしていただければと思います!

脳科学・ブレインテックやろうぜ!!!

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
次回のBrainTech Reviewでは、「11月の重要なブレインテックニュース」を扱いたいと思います。

ではまた次回!

ヘッダー画像出典: https://medium.com/upskilling/neuralink-v-s-meta-facebook-the-race-for-an-integrated-digital-landscape-d09bac40975d

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