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中長距離走に必要な能力 ~生理学的な観点から~④

 こんにちは。生理学シリーズ4回目です。今日のテーマは「CS」「D’」です。
 これまでVO₂max、LTときて勘の良い方はランニングエコノミーが来ると思ったでしょう。ランニングエコノミーに関してすでに書いてはいるのですが、実は近々私自身のランニングエコノミーを測定する機会があり、そのデータも合わせて紹介したいので後回しにしました。

 さて、本日のテーマ「CS」と「D’」についてご存ですか?
「CS」と「D’」。これらの用語はあまり一般的ではないかもしれません。持久系パフォーマンスにおける生理学的要因は、VO₂max、ランニングエコノミー、LTなどが有名です。
 CSもD’も特定の生理学的な能力を表すのではなく、無酸素性能力と有酸素性能力をミックスしたパフォーマンスから決定されます。そのため生理学的な指標というよりもパフォーマンス的な指標であるといえます。


 

①CSとは


 Critical Speed(クリティカルスピード)というある速度を表す指標です。
別の言い方で
・Critical Power(クリティカルパワー)
・Critical Velocity(クリティカルベロシティー)

とも言われます。
 Twitterでは「CVインターバル」を時たま見かけますね。

 これは理論上、VO₂やBlaが定常状態で持続できる最大強度(ここではランニング速度)です。現実的には30分~60分持続できる強度と言われています。ただし60分持続できる強度はLT₂と重なってしまうので30分程度持続できる強度、と解釈しています(30分も継続できないという研究者もいます)。つまり、競技ランナーであれば10000mペース付近の速度のことを指します。おそらくCVインターバルという言葉を使っている人は10000mレースペース付近を指しているのでしょう。
 CVはLT₂とVO₂maxの間に存在し、このペースを上回って走るとVO₂maxに到達します。


パワーと持続時間の関係 (Jones et al, 2010)

②D’とは


 D’はASR(Anaerobic Running Capacity)とも言われます。日本語訳すると「無酸素性走行能力」です。しかし、無酸素性能力をそのまま評価できるものではないとされています。相対的な競技力が同じくらいであれば、長距離選手よりも中距離選手の方が大きいと思います。
 CSは有酸素性領域における持続速度でした。なぜ無酸素性の指標と同時に出てくるのでしょうか。それは、CSとD’が同時に算出できるからです。

③CSおよびD’の求め方


 これらの測定にトレッドミルや呼気ガス分析器、乳酸分析器は必要ありません。陸上競技場で測定できるからです。TTおよびレースタイムを用いて計算します。
 では実際に計算してみましょう。

1.タイムトライアルの実施
 2分~15分程度で走れる距離のタイムトライアルを2or3種類実施します。例えば、3000mと2000mと1000mなど。
 距離は何でも良く、実験では2600mや1800mなど中途半端な距離がよく使われています。TT距離の最長と最短の時間差が5分以上あると望ましいです。

2.時間と距離の回帰式を作る
一番簡単(?)なのはX軸に時間(sec)、Y軸に距離(m)を取る直線回帰をつくる方法です。

実際に回帰式を作ってみたいと思います。

タイムは適当に
1000m:2分30秒
2000m:5分30秒
3000m:8分30秒
これらを秒換算して当てはめてみました。


時間-距離の回帰直線

3.計算する

回帰直線を作ればD'が出ます。
D'はy切片、つまり166.7mです。
長距離型の選手は傾きが急になり、D’が小さくなる。中距離型の選手は傾きが小さくなる分D’は大きくなります。大きい人はD’が300mや400mくらいまで行くと思うので、166.7mは平均くらいかなと思います。

そして
d(距離)=CV×t(時間)+D’の式に代入します。

2000mの数値を当てはめてみると、、、

2000=330CV+166.7
CV=5.56

CVは5.56m/secになります。これを変換すると、、、
5.56m/sec=19.98km/h=3'00"18/km

約3分00秒ペースで30分、10000m走りきれることが推測できました。

 回帰直線や推定式を用いて5000mやその他のタイムを推定できるでしょう。ただし、あくまでも「推定」で、すべてのパフォーマンスが一直線上に乗るとは限りません。当然距離に対する得意不得意があるからです。個人的に中距離型の選手はCSをover estimate(過大評価)してしまう気がします。逆も然りです。

④最後に


 基本的に生理学的な測定はトレッドミル上で行ないます。そして測定したVO₂maxやLTからタイムを予測していくことが多いです。
 しかし、多くのランナーにとって実験室で測定を行なうことは簡単ではありません。最近では時計からVO₂maxを推定できます(おそらく心拍数とタイムから推定していると思われる)が信頼度は高くはないでしょう。
 CSからパフォーマンスを推定することも完全に正確ではないですが、予測精度は結構高めです。それに短めの距離のタイムから予測できるという点で非常に実践的な方法です。目安としてCSがどのくらいかを知っておくのは良い事だと思います。
 800mや1500m、3000mの自己ベストや、練習状況からなんとなく予測できる1000mや2000mのタイムなどを当てはめて、ぜひ一度計算してみてください!

 今日も読んでいただきありがとうございました。

参考文献
Andrew M. Jones et al.,(2010) Critical Power: Implications for Determination of VO₂max and Exercise Tolerance
Galbraith A et al.,(2011) A Novel Field Test to Determine Critical Speed
Peak Running Velocity or Critical Speed Under Field Conditions: Which Best Diogo Hilgemberg et al.,(2021) Predicts 5-km Running Performance in Recreational Runners?
R M Broxterman et al.,(2013) A single test for the determination of parameters of the speed-time relationship for running



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