私の知らない世界とあなたの知らない世界 Part2
なんともない日常を過ごしているのに、
あの日は違った。
彼女と出会った日。
工場見学という名の見世物になる日。
ましてや本社の人間なんて、興味無さそうな死んだ目でつまらなさそうにどこを見てるのか分からない目線でこちらを見ている。
これが毎度のこと。
その日はその見世物が更に特別な日だった。
宮城義隆という俺とは別世界の人間の孫娘がやってくる。
工場内では、朝礼の時に工場長から口酸っぱく粗相のないように!
そう言われてた。
どうせこの人も車が作られる過程なんて興味無いんだろうに。
そして、俺らみたいな人間を、本社のお偉いさんのように「底辺の人間」みたいな目線で見てくるんだろう。
てか、コネ入社のお嬢様なんて気に入らない。
宮城様のお嬢様がやってくると知った瞬間に、この日は全く仕事のやる気が出なくなった。
持ち場につき、ひたすら作業をする。
見られてることにも気にせず。
チラッと見ただけで、宮城お嬢様が誰かすぐに分かった。
1人だけ立ってる姿からして育ちの良さを感じる人間がいた。
背筋が伸びていて、黒くて長い髪を後ろで結んでる。凛とした表情で手の位置は決まって腹の前。まるで昔元カノと見に行った映画に出てきた、刑事とホテルマンのドラマのホテルマンだ。
案の定、連中は死んだ魚みたいな目でこちらを見てる。
けれど、1人だけ違った。
宮城お嬢様は目を輝かせながら、俺らを見ている。
どのような工程で作られてるのか楽しそうに聞いている。
お嬢様にとってはこの光景が珍しいんだろうな。
そう思っていたけれど、
彼女は工程を見る度に社員にお礼を言ってるかのようで、深くお辞儀をしているのもちらほら見れた。
礼儀正しいんだな。さすが育ちがいい。
ふと、お嬢様がこちらにくるそのタイミングだった。
彼女が転びそうになった。
俺は離れちゃいけないのを分かっていながらも、身体が反射的に動いて彼女に駆け寄り支えた。
その瞬間だった。
なんて純粋で真っ白な雰囲気で可愛らしい顔をしてるんだろう。
その真っ白な雰囲気に引き込まれそうになり、見つめ合ってしまった。
「あのー…」
「あっすみません…」
俺は彼女を起こすと、またすぐに持ち場へと戻った。
チラッとみると彼女は俺の事をいつまでも見つめていた。
そこから昼休憩の際、食堂で本社の新入社員がまるで学生のノリで話ながら飯を食ってるのを遠目で見ながらいつもの席に座って、飯にありつこうとした。
「あの…すみません…」
振り返ると宮城お嬢様だった。
「さっきはありがとうございます。隣、いいですか?」
お嬢様は返事をする間も与えずに隣に座った。
なにも話さずに綺麗な仕草で定食を食べている。
ゆっくりとしたスピードで何度も噛み締めながら食っている。
「美味しい……毎日こんな美味しいご飯を召し上がってらっしゃるのですね」
その微笑む姿が眩しすぎた。
俺には何の変哲もないただのおばちゃんが作った定食だと言うのに。
そして、あんまり会話もすることなく去ろうとしたら、
「あの…もしよかったら、LINE教えて頂けないでしょうか!」
断る理由も思いつかず、俺は彼女とLINEを交換した。
夜帰ってくると、彼女からのLINEが来ていた。
「はるとさんとおっしゃるのですね!私は田中れみと言います!ぜひお話させてください!」
彼女は自分の素性を隠して俺に近づいた。
それは、本当の自分を見てもらいたかった。宮城家を知られて先入観で見て欲しくなかったという彼女の願望だと後々知ることになった。
「中村遥斗です。気にしないでください。」
「あの、ぜひお礼させて欲しいんです!あれで転んで怪我してたら私はもしかしたら次の日から会社に行けなかった。」
どんなもろい身体なんだ?
「気にしなくていいのに。でもありがとうございます。今度飯にでも行きましょう」
なんだか彼女に興味を持ったから飯に誘った。
「嬉しい!!横浜の方だと、このお店が美味しいので、ここに行きませんか!」
そこはあからさまに俺が入る雰囲気ではないレストランだった。
「あの…申し訳ないんですけど、そんな場所行ったことないから、もっとチェーン店にして欲しいです。ファミレスとか。」
「分かりました!それでしたら、チェーン店とか調べてみますね!」
チェーン店を調べるってどういうことなんだろう。
GWの初日。
俺にはGWなんてない。工場は常に動かしてないといけないから。
でも初日は休みになった。
そして、宮城お嬢様との会食がある。
チェーン店だからこそ、普段のジーパンに白Tシャツを着て、髪をセットし出かけた。
横浜駅で待ち合わせすると、宮城お嬢様は先に着いていた。
その格好はある意味目立っていた。
花柄のワンピースにピンクのカーディガン
綺麗に磨かれているパンプス
皮のハンドバッグを持っている。俺はブランドには疎いからなんのブランド品かは分からないけれど、それは絶対にブランド品だと思った。
横浜にはあんまりいない格好の、あからさまのお嬢様がそこにいた。
「中村さんー!田中です!」
宮城さんは俺をすぐに見つけた。同じような格好をしている人は沢山いるのに。
彼女が「調べた」というチェーン店は
ラーメンが1杯390円の俺にはお馴染みの店だ。
元カノは確か、高校卒業してこの工場で働いてまもない俺に、働いているんだからと高いものをねだってきたよな。
こういう店に行くと、
私が食べたいものはこんな普通のものじゃない。
せっかくのデートが台無し!
そう不満を言うから、俺は夜勤を増やしてでも金を稼いでた。
けど
「大卒で余裕のある人と付き合うことにした」
そう言って離れていった。
それがきっかけで俺は、女を作ることも無く、誰かを養っていけるくらい、マイホームを買えるくらい必死に働いている。
まだそんなには貯まってない。
でもそれも単なる言い訳で、
結局は俺みたいな男を好きになってくれる人なんていない。
自信が無いんだ。
気づいたら、その心の声を全て宮城さんに話してしまっていた。
けれど、彼女は視線を逸らすことも無く、うん、うん、と頷きながら、俺の話を聞いていた。
すると、
「あなたの元カノはあなたの魅力を理解できなかったのね。おバカな方ね。」
「俺の魅力って?」
「優しくて、男らしくて、真っ直ぐで…そんな雰囲気があなたの魅力よ。」
「俺は……。金もなければ地位もない。そんな男だぞ?」
彼女は啜ることが出来なくて苦戦していたラーメンを少しずつ頬張っていた。
そして話しながら食べて俺の方向を向いて、
「そんなこと関係ない。私は好きな人だったら、アルバイトでもいい。私を愛してくれるならどんな人でもいい。好きな人と一緒に食べていたらこのラーメンがすっごく美味しく感じる!!」
そして女神のような笑みを俺に向けたのだ。
その瞬間、俺は彼女に恋をした。
その瞬間、脳と口が直結したかのように
「宮城れみさん。俺と付き合ってください。」
そう口に出してた。中華屋のチェーン店のラーメンを食べている。ものすごい雰囲気のないところで。
彼女は宮城だとバレていることに驚きを隠せない様子だったが、
彼女自体も考えることなく笑顔で、
「はい!」
と答えた。
もしかしたら、れみはすぐに俺なんか飽きてしまうかもしれない。
会長や両親に反対されて、別れさせられるかもしれない。
幾度の困難も沢山あるかもしれない。
でも俺だけは彼女をいつまでも愛していよう。
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5年後、
「れみ!これが新しい家だよ!」
「わー!すごーい!新築は綺麗ねー!」
「いいのか?あの大きなお屋敷じゃなくて、こんな狭い家で。」
「あのお家は、お掃除が大変よ。それにあなたが建てたお家だもの。あの実家よりも何倍もいいわ。……あっ蹴った。ちよちゃんも喜んでるのね。」
あのとき、俺が助けなければこんな素敵な人とは出会えなかった。
神様ありがとう。全ては偶然から起こったこと。
あなたのイタズラがこういう運命を導いたんだな。
俺は生涯かけて、れみと子供を幸せにして守り抜いていくよ。
君の知らない世界と、俺の知らない世界が交わったとき、それは新たな世界として生まれ変わる。
ちびちゃんは新たな世界で生きていくんだな。
[完]
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