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BAND☆やろう是 第十一章 本番

 遂に開場時間になり、次々と客がサロンキティへと入り始めた。それを二階から見ていた僕達は、予想以上の客の入り用に、驚愕していた。

「めっちゃ入っとるなあ…。」
「なんか緊張してきたなあ…。」

 どこか弱気な声を上げているのはイータダとトースであった。その横で鼻歌交じりに髪にスプレーをかけていた大ちゃんは言った。
「そりゃこんな祭りに客が殺到しなきゃ何かの間違いだろうさ。」
 そんな向かいの席で、自身の顔に髭剃りを施している智さん。
「然り。それなりに腕が鳴るってもんだ。なあ、岡田。」
 いきなり話を振られても、否定的な側の気持ちも分かるし、肯定的な側の気持ちも分かるから、どう話を返して良いか分からずに戸惑った。
 もう一度窓から外を見てみると、やはり長蛇の列が出来ている入り口で、僕自身身震いする想いだった。
「まあ、やるしかないけんな…。」
 誰のフォローさえできない台詞しか吐けない自分が呪わしく思ったが、正しくここまで来れば後はやるしかないのだ。もう窓の外を見るのは止そうと思い、そろそろ自身のセットアップを施す事にした。
 バンド衣装は智さんからの言いつけで、黒を基調とするものなら何でもいいという事だった為、色々と考えた結果、最近流行のバンドが着ているような細身のスーツ、親に駄々をこねて新調して貰った。
 初めて試着した時、『なんか七五三の時を思い出すわねぇ…』だなんて親に言われてしまったのだが、自分なりにはとても気に入っていた。
 インナーは普通の白Tシャツで、上下黒の三つボタンのついた細身ジャケットと、若干ブーツカット気味の細身のスラックスである。どきどきしながら袖を通し、本来紳士的な着こなしであるらしい真ん中だけのボタンを止めた。そしてスラックスを穿き、昔からお気に入りの白いラバー・ソウルに履き替えた。すると、周りからどよめきの声が上がった。
「岡田君、やるじゃないかっ!!」
 大ちゃんが真っ先に声を上げた。僕の中では密かにオシャレさんだと思っている大ちゃんに誉められて少し嬉しかった。
「岡田、なかなかいいじゃないかっ!しかしながらそれだけではいけない。後は髪型と、薄くでいいからメイクも施さなければいけないな。どうやらステージ上のライトがきつ過ぎて、プレイヤーの顔の輪郭が飛んでしまうらしい。メイク道具を持っていない者は俺のを貸すから、皆もするように。」
「はーい」
 大ちゃん以外の三人が口を揃えて相槌をした。何もかも初めての事なので、正直そこまでの考えには至れていなかった。その点、同じく初めてではあるものの、観客から見る自分達の姿の隅々まで想定しているこの二人には脱帽の思いである。
 言われたように、僕はワックスでパーマを当てたようにいい加減クシャクシャにして、これでもかというくらいハードスプレーをかけた。そして智さんにご教示を賜りながら、自分の顔にメイクを施していく。
 横から同じようにメイクを施しているイータダが御馴染みの濁声を上げながら歌っているのが嫌でも耳に入ってくる。

「何かが凶はリールでショールなっっっ♪あっおーい邪道ぅぅぅにっっっかっっっ♪」
 多分この曲は、日本を代表するトップアーティストの一人である井上揚水氏の『MAKE UP SHADW』であるのだろうが、兎にも角にも音痴な上に、歌詞さえどこかおかしい。リールでショールって一体何だ?
 機嫌よく歌うイータダの顔面に施している筆にも力が入り、最後に、額の所へ何故か『仮』という文字を書き終えたと同時に、曲は終焉へ差し掛かっていた。

「あっっのっ振り付けぇぇぇ♪家事ぉぉぉぉぉっっっ♪メイちゃんの車道えぇぇぇぇぇぇいェェェェ♪」
 気持ちが最高潮に達したのか、いきなり立ち上がり、筆をマイクに見立てて拳を効かす。そして…。
「ふふっふぅうぅぅぅっっ♪メイキャップ☆太郎にいぃぃぃぃぃぃぃっっっ♪」
「太郎って誰だっ!!イータダっ!いい加減にしたまえっ!!!」

 智さんの会心の叫び声と同時に、大ちゃんお得意の左拳ラッシュが怒涛の如くイータダの鳩尾を捕らえた。
 歌声と、訳の分からない歌詞が続く中で、何事にも真面目な二人の許容範囲に限界が訪れたのだろう。まるで鬼のような形相を浮かべ、激しく肩で息をしている大ちゃんと智さん。イータダはやりきった感、満載な表情を浮かべて、あの日のようにコンクリートへと這い蹲っていた。
 お二人方の気持ちは手に取るように分かる。分かるのだが、智さんの切れポイントは太郎だったのかという疑問と、大ちゃんの襲撃の経緯がもしかするとその場のノリだったのではないかという推測が立つ事から、それならそれで物の捉え方として問題があるのではないかと思わざるを得ない。
 そのまた横にいるトースは知らぬ存ぜぬと懸命にメイクを施していたが、どうみてもそれはパンダのようにしか見えない有様で、お世辞にもかっこよくは見えない。しかもイータダの真似をしてなのか、額には『坂』という文字まで書かれていた。それがなんの話の真似なのかは分からないが…。
「トース…、かっこ悪いからやり直しだ。俺と大ちゃんでイータダとお前達の顔にメイクしてやる。だからこれで一度メイクを落とせ…。大ちゃん、イータダの息を吹き返して。」
「あいよ。」
 智さんに渡されたチューブを受け取り、あたふたと洗面所へと走っていくトース。その横で、はたまたあの日のように背中に活を入れる大ちゃん。そして飛び起きて、智さんに指摘されて恥ずかしそうに走っていくイータダ。その情景を何の悪ぶれた様子もなく見つめている智さんと大ちゃん。そして、自分の完全にセットアップさせた姿を懸命に確認する僕。
 平和な楽屋の時間は平凡に過ぎていき、暫くすると一階側から激しい音が鳴り始めた。

 本番 1おしまい  2に続く

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