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選手からコーチへ ―西谷亮一に見えたもの―(4)

Bリーグも6年目が終わり、選手もコーチも非常にレベルが上がってきた。その中でトップレベルで活躍した選手が次のキャリアとしてコーチを選択するケースも増えてきた。彼らにとって選手としての経験がどのようにコーチングに活き、コーチをする中でどんなことを感じたのだろうか。今回は昨シーズンまで選手として活躍し、2021-22シーズンから横浜ビー・コルセアーズでアシスタントコーチとしてキャリアをスタートさせた西谷亮一氏に話を聞いた。(取材日:6月14日)(3回目はこちらから

僕自身の幅を広げていく必要を感じました。

宮本 1シーズン、横浜ビー・コルセアーズのアシスタントコーチ(以下、AC)として過ごされましたが、ここまでのお話を聞いていても、色んなことが見えたと思いますし、やりきれなかったこともあると思います。シーズンを通してどんな学びがありましたか?
西谷 ACにも色んなACがいると思います。育成に長けたACとか、分析に長けたACとか。その中で僕の良さは選手と対等な目線というか、選手レベルでコミュニケーションを取れることだと思います。今後もそれを続けていくことが大切だと思いますし、他のチームのコーチから話を聞いてもヘッドコーチのやりたいことを選手に落とし込む作業、ヘッドコーチが考えていることを選手たちがどこまで理解しているかの確認があまりできてないというか、難しいみたいです。
宮本 あー、なるほど。
西谷 そういう意味で僕の強みは色んなところで必要になってくると思っています。今シーズン、横浜でも(Bリーグにおける)シーズン最高勝利数や最高勝率の力になれたと思うし、この1年で僕も自信がついたと感じています。できなかったところとしては、やっぱりもう少し選手それぞれのスタッツを上げることです。アプローチの仕方とかスキルトレーニング等(オフシーズン、シーズン中問わず)のバリエーションを増やして、僕自身の幅を広げていく必要を強く感じました。
宮本 なるほど。そのためにこのオフは具体的にどんなことをされているんですか?
西谷 僕も青木さんに「コーチのオフシーズンは何をする必要がありますか?」と聞いたんです。そうしたら「色んな試合を見ることは大事だよ」と話をしてくれて、「色んな局面でのフォーメーションやバリエーションを自分のものとして貯めておくことだね」とアドバイスをもらいました。今はひたすら試合を見ています。他のコーチの方にお話を伺った時も、「ACをやっていると絶対にヘッドコーチをやらないといけない時が来るから、その時に今まで培ったものや蓄えたものを表現できるかどうかだ」と言われました。ACでいるうちは貪欲に色んなものを吸収して、ヘッドコーチになった時に困らないくらいの情報やスキルを貯めておくことの重要性を教えてもらいました。

コーチングに活きたところの1つが「人間の感覚に訴えるプレー」だと思っています。

宮本 青木さんのお話で思い出したんですけど、僕も今、大学バスケを結構見ていて、それこそ西日本インカレを見ていると、本当に色んなスタイルのバスケがあるわけですよ。
西谷 あー、そうですよね、わかります。
宮本 ミニバスとかを見てると、「はちゃめちゃに見えるけど、このアタックをし続けたら守っている方はしんどいよな」とか、バスケの本質的なものが見つかったりするじゃないですか。
西谷 そうですね。レベルは違えどバスケの試合はバスケの試合なので、バスケットというスポーツの特性や本質は変わらない。流れのスポーツであり、その流れを掴むために色んな戦術が生まれて、ステップアップしてきていると思いますけど、考え方は変わらない。例えば、さっきのはちゃめちゃなアタックに見えるものも、続けると最終的には違うところがオープンになったりしますよね。そういう本質的なものを、いかにコーチが伝えられているか、選手たちがそれをわかった上でプレーできているかだと思います。
宮本 そうですよね。コーチが「いけー!」って言ってて、「なんだ、これ」って思ってたら、本当に勝負どころでそのアタックから3ポイントが空いて決まったみたいなことがあるんですよ(笑)。外から見るとわからないですけど、コーチと選手で共通理解があることが重要なんですよね。
西谷 そうなんですよね。だから、どんなバスケットも本質は変わらないと思います。色んなアプローチが増えてきて、複雑化している部分をいかに選手たちに伝えるのかということだと思います。
宮本 プロで言えば、西谷さんのようなACがそれをどう伝えていくか、より早い段階で落とし込んでいくかっていうのが、鍵を握っていきますよね。
西谷 そうですね。日本には若いうちからコーチを志して勉強してきた素晴らしいコーチがたくさんいます。彼らがボード上で言っていることは理解できるし、間違いなく正しいんです。でも、バスケのレベル、選手のレベルが上がる中で「そのパスは通るの?」って選手が感じることが増えた気がします。「出す時にちょっと躊躇したりしない?」みたいな感覚は選手経験をしている僕らのようなコーチが成長して、サポートしていく必要があると思っています。選手たちもそういう部分には敏感なので、そこに対してアプローチしてあげると「そうですよね」という感じで修正しやすくなると思います。それがわからないまま「これ無理だろ」みたいな感じでやっているのは、結構辛いですよね(笑)。
宮本 まさに選手経験があるからこそ共感できることですね。
西谷 やっぱり「なんでそれをやっているのか」という共通認識を持てるかが大事です。それを伝えるためには選手経験はプラスだと感じましたし、そこはフルに活用していきたいですね。
宮本 ボードでは描ききれない、コートの中での感覚って絶対にありますよね。コートの中ではイレギュラーなことも多発しますし、バスケは相手があってのスポーツなので。
西谷 そうですね。それでいうと僕は選手を経験して、コーチングに活きたところの1つが「人間の感覚に訴えるプレー」だと思っています。
宮本 どういうことですか?
西谷 今シーズン、僕が加えたフォーメーションがあって、ボードで描いたら「バックカットをする」ただそれだけなんですけど、ある動きからバックカットすると絶対にフリーになるんです。そのバックカットをフリーにさせるための別の仕掛けもあるんですよ。そうするとディフェンスする側がどこを意識すればいいかがすごく難しくなるんです。でもそれはボードで描くと「これ本当に効くの?」という感じなんです(笑)。
宮本 なるほど。
西谷 でも、「大丈夫。人間ってそういうものだから」というプレーなんです。実際にかなり成功していて、その度にベンチで小さくガッツポーズをしていました。やっぱりコートの中で培った感覚はこれからの僕にとっても武器になると思うんですよね。コーチとして1年目のルーキーシーズンが終わりましたが、色んなことを感じて精査しながら自分のコーチ像を確立できたらと思っています。

 今回の取材では、普段は知ることのできない現場のリアルを伺うことができた。まずは横浜ビー・コルセアーズのみなさま、西谷亮一ACに感謝を申し上げたい。
 シーズン前からACを含めたチームスタッフがオンコートで、そしてオフコートでも選手とかなりの時間、コミュニケーションをとり、どうすれば選手が輝けるのか、チームの勝利のために選手の成長のために向き合っていることを知った。もちろん、そのすべてがいい方向に行くわけではない。それぞれの考えを擦り合わせ、そこに葛藤がありながら、果たすべきミッションのために前に進んでいく。それがプロスポーツなのだと感じた。一方でプロスポーツの現場がいかに特別で特殊なものであり、西谷亮一もその中でもがいた1人であると同時に、彼が持つ「選手経験」は特別なものだと知った。本人も「選手としていい時もありましたし、求められていることを発揮できずにベンチ外になったこともありました」と微笑みながら振り返った。その経験を活かし、選手それぞれの立場や境遇で変わる葛藤に正面から向き合い、長所を見抜き、最後までアドバイスを送り続け、コートで輝いて欲しいと願っていたことが私には伝わった。選手、スタッフそれぞれにストーリーがある。  
 シーズンは変わり、新しいキャリアを歩む中で、横浜ビー・コルセアーズでの1年がそれぞれのキャリアにとって大きなプラスになるだろう。

「選手からコーチへ」

 そのキャリアだからこそできることがある。これからの西谷亮一の活躍と成長も追いかけたい。


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