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稲井桃子 ―Last Message― #2

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稲井桃子(いない ももこ)
1995年3月13日生まれ。神奈川県出身。両親はバスケ指導者で、5人兄妹全員がバスケットボールをするバスケ一家。類まれなパスセンスで多くのファンを魅了した。金沢総合高校卒業後、デンソーアイリスに入団。2021-22シーズンで現役を引退した。

「ミスをしてもいいからパスを出し続けなさい」
原点は母の言葉

宮本 稲井さんはアシストという絶対的な武器がありながら、1人が好きだと先ほどおっしゃっていました。でも、パスは誰かとのコミュニケーションでもあると思います。それなのにどうしてあんなパスを出せるのか興味があります。
稲井 あー、なるほど(笑)。
宮本 でも、言っちゃうと「取れよ」みたいなパスも出しますよね、たまに(笑)。
稲井 確かに(笑)。
稲井・宮本 ハハハハハ。
宮本 何かコツとか、考えはあるんですか?
稲井 よくパスについて聞かれるんですけど、正直すごく何かを考えているわけではないんです。本当に「取れよ」って感じかもしれない(笑)。感覚なんですよね。説明が難しいんですよ。
宮本 パスが面白いと思ったきっかけはあるんですか?
稲井
 ミニバスの時ですね。先ほど言っていたみたいに、パスって1人じゃできないじゃないですか。信頼関係というか、受け手はきっとここに出してくれるだろうなって思うから、走り切れるし、出し手は走り切ってくれると思うから、パスを出せる。そのベースはミニバスの時に母が「ミスをしてもいいからパスを出し続けなさい」って指導をしてくれたことだと思います。ミニバスの時は相方の子がいて、中学も一緒だったんですけど、最初はミスもありながら、その子もだんだんとわかってくれるようになって絶対にいてほしいところにいてくれたり、スペースに走り込んでくれていたんです。それがすごく楽しかった。今もたまにその子と会ってバスケの話をするんですけど、「ここにパスを出したかったでしょ」とか言われて、「なんでわかったの?」っていう話で盛り上がったりします。
宮本 じゃあ、昔から「パスが私の武器だ」っていう感じだったんですね。
稲井 そうですね。

小さい頃は矢野良子さんがすごく好きだった

宮本 金沢総合高校とかデンソーの時にパスの受け手として「この選手は合うな」っていう選手は誰だったんですか?
稲井 金沢総合の時は宮澤夕貴さん(富士通レッドウェーブ)ですね。あとは宮澤さんと同期で2番ポジションの酒井愛さんです。酒井さんは運動能力が高くてスピードがあって、ゴール下にカッティングしたところに投げるとレイバックで決めてくれました。デンソーでは髙田真希さんですね。
宮本 やっぱりどんなパスも取ってくれた?
稲井 取ってくれましたね。あとは赤穂ひまわり(デンソーアイリス)もやっぱりうまいですし、先に引退された伊集南さんも一緒にやっていて楽しかったです。
宮本 伊集さんはドリフトするタイミングとかも上手でしたよね。
稲井 そうなんですよ。伊集さんはポイントガードもできて、逆に私が合わせることもあったので、伊集さんと一緒にプレーするのはすごく楽しかったですね。
宮本 参考にしていた選手とかいたんですか?
稲井 小さい頃は矢野良子さんがすごく好きだったんですよ。
宮本 意外ですね。全然タイプが違う。矢野さんみたいなシューターにパスを出したいとか?
稲井 いや、そういうわけではなくてなんか好きだったんです。小学生の時に、写真を撮ってもらったこともあるんですよ。

写真=本人提供

宮本 そのあとに矢野さんと話したことはあるんですか?
稲井 ないんです。でも、本当に憧れてました。プレーの参考にしてたのは吉田亜沙美さんですね。子供の頃は「このプレーかっこいい」って思ったら、よく真似していました。でも、あまり誰かの試合を見たり、参考にしたりすることはなかったかもしれないですね。どちらかというと自分の試合を見ていました。いいプレーだけを朝から見るんです(笑)。「これはディフェンスがここにいるからこういう風にパスをしたんだよ」とか、「本当はここにくるパスが一番いいんだけど、ディフェンスがここにいるからこうやって出したんだよ」とか、よく自分の試合を母に解説していました(笑)。
宮本 そこもパスの話なんですね。稲井さんのパスはテレビで見ていると、「あ、ここ!」って思ったところにパンってイメージ通りにくる印象です。どういう風にコートを見ていたんですか?
稲井 そうですね。うーん……。
宮本 うまく説明できないって言ってるのに説明させようとしてるけど(笑)。
稲井 ハハハハ。
宮本 見ていて、すごくわかりやすいんですよ。
稲井 それはよく言われます。作戦ボードを見ているようにプレーしているって。
宮本 そうそう。例えば、右ウイングから稲井さんがミドルドライブをしてきて、左ウイングと左コーナーにシューターがいて、そこはしっかりディフェンスがケアしているからパスを出せないな、みたいな時にワンテンポ置いて、ちょっとディフェンスの意識が次に向いた瞬間に、バックカットの空間が自然と生まれてて、そこに走り込んだ選手にもうパスが吸い込まれるように通ってるみたいな!
稲井 それはパスをするタイミングですね。ワンテンポ置いてからパスするっていうのは意識ではないですけど、間合いはすごく大事にしていました。同じリズムではなくて、ちょっとリズムを変えるんです。
宮本 なるほど、マニアックな話になりますけど、ペイントに入る時のドリブルの仕方も変えてましたよね?
稲井 あ、はい。変えていました。
宮本 あれはどこかで習ったんですか? それとも自分で考えてやっていたんですか?
稲井 習ったわけでもないし、あまり考えてもないですね(笑)。
一同 ハハハハハ。
稲井 本当に考えてなかったんです。ただ、自分のリズムがあるとは思います。
宮本 僕が稲井桃子という選手を語るのはおこがましい話ですが、稲井桃子がボールを持っていると、ディフェンスも観客もどこかにすごいパスがくると思って見てしまう。そういう存在感がありました。何か意識されていたことはあったんですか?
稲井 そうですね。さっきの間合いもそうですし、目線は結構意識していました。パスを出したいところはちゃんと見ないで、逆の方をずっと見るとか。それも小さい頃からずっとやってました。
宮本 なるほど。僕は稲井さんが一番スキルと感覚を持ち合わせている選手だと思っています。
稲井 私、スキルはないですよ(笑)。
宮本 それはスキルを何と定義するかで、稲井さんのプレーはかっこよく見えるものもちゃんと全てに意味があって、試合に使える「スキル」でした。育成年代の試合をよく見るんですけど、試合では使えない「テクニック」を持っている子は増えた気はしています。
稲井 あー、それは私も思う時はあります。
宮本 例えば、Bリーグの並里成選手(群馬クレインサンダーズ)とかはペイントに入る前のワンドリブルがめちゃめちゃ強いじゃないですか。そのドリブルで選択肢がめちゃめちゃ増やせるし、あれを強くつけるかどうか、はすごく大きいですよね。
稲井 そうですね。並里さんはうまいですよね。めちゃくちゃ好きです。ドリブルもパスも全て強い。だからパスもすごいところを通せるんだと思います。
宮本 全然関係ない話になってしまいましたけど、ちょっとその辺の稲井桃子の意見を聞いてみたかっただけです(笑)。
稲井 ハハハ。結局、感覚の話しかしてない気がするから、大丈夫かな(笑)。

#3につづく

取材・文・写真=宮本將廣

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