何もないところから何をやるか
今日は日々の努力とそこから生まれる自信について考えてみたいと思う。
このテーマを考えるとき、僕がいつも思い出すのは「ハードボイルド小説の旗手」として知られる北方謙三さんの言葉だ。
俺は無名の時には自信があった。
自分は天才だと思って自信を持っていた。
でも5年経ったら、全然載らなくなった。いくら書いても載らない。その時は「もしかすると天才じゃないかもしれないけれど、充分に才能には恵まれている」と思っていた。
そこからさらに5年が経つと、自分のことを石ころだと思うようになった。
だけど「そんな石ころでも10年磨いたわけだから、ただの石ころだってけっこう光るんだぞ」と思った時が本当の自信だったかもしれない。
そこから先は辛いことはなにもなかった。やっぱり、自分のことを天才だと思っている時はつらかった。天才じゃないと思った時も、才能があると思っていた時はつらかったよ。
「俺は才能も何もない、その辺に転がっているただの石だ」と思えた時に、「じゃあゼロからやりゃあいいんじゃないか」という感じになったんだよ。
そして、石を10年磨いてきたということは俺の自信になった。
これは努力と自信の関係性について本質を突いた言葉だと思う。
何事もチャレンジする際、最初の一歩を踏み出すには「根拠のない自信が必要不可欠」だと思う。
でも、そう物事はうまくいかない。やり抜くと決めて突き進む中で、何度も失敗や挫折を繰り返す。
その過程で、最初に持っていた根拠のない自信は打ち砕かれ、「自分には何もない」と身をもって知らされることになる。
でも、本当の勝負は自分には何もないと腹落ちした時、だとも思う。何もない自分を受け入れた上で、再び前に進むことができるか。
日々生活する中で、自分自身の調子の上がり下がりや、周りからの評価等、運やタイミング等に大きく依存するようなアンコントローラブルな要因によって、苦しめられることも多い。
そんな中でも、やり続けられるか。過去を振り返った時に、ネガティブな状況の中でもやり続けてきた自分の姿を見つけることができるか。
それができた時、はじめて自分に対する信用のようなものが生まれる。(むしろ、調子よい時に積み重ねた努力よりも、調子悪いときに積み重ねた努力に自信をつけさせられている気がするから不思議だ)
どんな状況だろうと、これから何が起ころうとも、「明日も、明後日もきっとやるんだろうなー」と思えるか。変わらずにやり抜いている自分を信じられるか。そんな自分への信用こそが本当の自信なのではないだろうか。
自分でコントロールできることをコントロールしきること。
結局、「何もないところから何ができるか」だと思う。
自分がどこから来たか、という初心を忘れることなく、今週も止まらずに頑張ろう。
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