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TENET-キャットの選択と「結末後」についての考察


TENETについての考察。結末までのネタバレを含みます。
主に「キャットのあの選択は本当に感情に流された拙速なものであったか」「因果関係の円環構造」の2点について自説を述べます。


【1】キャットによるセイター殺害について

この点について満足いく解説や考察がなかなか見つけられていないので個人的な見解を述べておく。

①状況の整理

▪セイターが死ぬ(脈拍が停止する)とアルゴリズムが起動するという前提
▪スタルスク12爆破前にTENETがアルゴリズムを確保し、マヒアに連絡、マヒアが信号弾を撃ったら、キャットがセイターを自殺に導くというのが本来の作戦
▪しかしキャットが自制できず合図より前にセイターを殺害してしまう。セイターは銃で撃たれ、船の側部に派手に頭をぶつけながら海へ落ちて死亡。
▪結果的にアルゴリズムの起動による世界の破滅は起きなかった。

よく言われているのは「海に落ちた時点では息があり、アルゴリズム回収が成された後で脈が止まった」というようなタイミングが重要であるとする説。
つまり「キャットは我慢できなかった。感情的になったが結果オーライだった」という説になるが、個人的にはこれは違うと思う。

②デッドマン・スイッチによるアルゴリズム起動の仕組み

厳密には、セイターの脈拍が停止すると、デッドマン・スイッチになっている脈拍計から「アルゴリズムを埋めた場所の位置情報が送信される」(ニールのセリフより)。

つまりセイターの死はアルゴリズム起動の直接のスイッチではない。セリフを言葉通りに解釈するならば、実際の流れは以下のようになると思われる。

セイター死亡

アルゴリズムの位置情報が、同時代の何かしらの機器に送信される

その「記録」が未来まで残る

未来人が位置情報を確認し、アルゴリズムを起動

つまりアルゴリズム起動の条件は
1.アルゴリズムが爆発によりスタルスク12に封印され、未来までそこに残る
2.セイターが死亡し、アルゴリズムの位置情報が記録として残る
の2つで、そのどちらが欠けてもいけない。

そしてこれらの条件の確認はそれを受け取る未来人が行うというのが重要。
「キャットがセイターを殺害したタイミングがアルゴリズム回収より僅かに早かったとしても、結果的にアルゴリズム回収が成された」ということはつまり、「未来では、条件2は満たされているが条件1が満たされていない」という状況になるのである。

では、セイターが自殺するのは放っておいてゆっくりアルゴリズムを回収することに専念すればよかったのでは?あるいは、適当な時点でさっさとセイターを殺しておけばよかったのでは?というのが次の疑問。

これについてはまず、セイターの自殺を放置するか殺すかしてゆっくりアルゴリズムを探せばよい、というのは結果を知っているから言えることである。アルゴリズム回収が確実に成功するか判明するまでは(条件1の阻止が確約されるまでは)条件2を満たしたくない、セイターを死なせてはならないという危機的な状況に変わりはない。


③因果関係の円環構造

さらに、この世界の因果関係が円環構造になっているという重大な事実がポイントとなる。

TENETの映画の世界にはパラレルワールドは存在しない。パラレルワールドはタイムパラドックスの解消法として考えられるものである(時間遡行者が過去に干渉すると、干渉があった世界と干渉がなかった世界に分岐して並行に進む)
TENET世界での時間遡行はある時点からある時点へのワープではなく、「逆行」である。つまり、遡行者による遡行中の行動が全て、予め起きたこととして歴史に織り込まれているという形でタイムパラドックスを解消している。これが劇中繰り返し語られる「起きたことは起きた」である。

例えば、主人公がTENETの指示を受ける「スタート」は、主人公が黒幕となり指示を出す「ゴール」と繋がっていてループ状になっているのが分かる。

主人公がアルゴリズムに関わったのはなぜ?

TENETのテストに合格し指示を受けたから

主人公が指示を受けたのはなぜ?

主人公(黒幕)が指示を出したから

主人公(黒幕)が指示を出したのはなぜ?

主人公(黒幕)は過去にアルゴリズムに関わったから

主人公がアルゴリズムに関わったのはなぜ?

……

セイターの話に戻ると、セイターが14日のベトナムに逆行する時点まで生きていなければ、アルゴリズムは揃わない(TENETの目的の1つは実はアルゴリズム全パーツの回収でもある。全パーツを入手した上でバラバラに隠そうとしている。これはプリヤの行動の動機にもなっている)
つまりセイターを早期に殺害してしまうと、TENETはアルゴリズムを入手する機会を失うことになる。
同様にセイターの自殺を放置することも円環状の因果関係に矛盾する。

結局のところ、「キャットがセイターを殺害し、海へダイブする。過去のキャットがその様子を目撃し、自由な姿に嫉妬する」という因果関係が既定のものとして不変なのである。


④キャットの計画性

キャットが感情的になった、というのも否定できそうなところ。
まず、キャットはいざとなればセイターを殺すつもりで周到に準備している。マットレスの下に銃を隠し、ロープ柵を外し、シャワーとサンオイルで床を滑るようにした。はなからみすみす自殺させる気などなかったとしか思えない。

そして過去の自分を乗せたボートが目前に迫ったとき、「自由な女」が未来の自分であったことに気づく。
「タイムリミットが迫ったから我慢出来ずに殺した」ではなく、「起きたことは起きた」という不変の円環構造を理解したから殺害を決意したのである。

過去に飛び降りる女を目撃した

ここで今飛び降りる女は自身しかいない

ボートの母子が戻る前に全てを終え飛び込むには自身でセイターを殺害する他ない

つまりあの日目撃し、嫉妬し、憧れたのはセイターを殺害しまさに「自由」を得た自分の姿であったのだ

このような「起きたことは起きた」の鉄則に理解が及んだからこその殺害であった。果たすべき役割を果たしたと同時に、自分の力で自由な自分を得た。「起きたことは起きたこと。でもそれは何もしないことの言い訳にはならない」のである。殺害のための周到な準備は、この理解に至る瞬間へと収束していくまでの道のりでもあった。それは例えば逆行主人公の肩に傷が現れ、流血して、過去の自分によって傷をつけられる瞬間に収束したのと全く同じように。

ついでに、「死ぬなら1人で死んで」「大丈夫なんでしょう?」といったセリフの端々からも、早まった殺害が結果に影響しないことを確信していた節が見受けられる。

以上がキャットによるセイター殺害についての個人的な解釈である。


⑤主役としてのキャット

上記の解釈は全く置いておいて、「世界より私を選んだキャット」も好きといえば好き。
「世界が終わっても知らない、ただこの男が勝ち誇った顔で死ぬのが気に食わない、私が自由になるために殺す、私は私」という、「世界を救わない主人公」がいてもいいと思う。
つまり、「世界が変わってしまってもいい、東京が雨に沈もうが僕は君を選ぶ」。

①〜④までの解釈と⑤を合わせた結論として、「作戦の規定よりも自分の意志を優先したが、同時にそれが世界の破滅を招かないことをも確信していた」というのが正しい気がする。


【2】因果関係の円環構造について

上述の通り、TENETの物語は因果関係が円環構造になっている。
TENETが誕生したのは主人公がTENETを組織したからであるが、主人公がTENETを組織したのはTENETに巻き込まれたからである。鶏が先か、卵が先か?TENETが先か、主人公が先か?

ストレートには理解し難いプリヤの行動原理もこの前提にたてば理解できる。「セイターに9つのアルゴリズム全てを揃えさせる」というプリヤの目的は一見敵に利益を与えているように見えるが、そもそもプリヤは全ての結果を知っており、それをなぞるように行動しているだけに過ぎない。
真の目的は「TENETがアルゴリズムを手中に収めること」。「主人公にプルトニウム241を奪取させ、それがセイターに渡るように仕向ける。セイターはアルゴリズム全てを揃えるが、TENETが回収に成功する」という展開とプリヤの言動は目的のもとに首尾一貫している。

実はこの閉じた円環構造は事後的な過去改変に対する絶対的な防御としても機能している。もし未来人が事後的に全ての結果を知り、時間を逆行してTENETの計画の阻止、例えば主人公の暗殺を企んだとしたら?結論は、「その様子や結果も既に起きたこととして映画の中で描かれていなければならない」である。逆に、そのような妨害の様子は描かれていないということはつまり、そのような干渉は行われなかったか、行われても失敗に終わった、ということである。
カーチェイスのシーンを例にとると分かりやすい。セイターによる挟撃作戦の閉じたループ構造に対して、主人公が逆行し事後的な改変を試みる。しかし実際には、既にその失敗が順行の主人公視点で描かれていたことが判明するだけ。結果的にセイターの作戦成功は書き換え不可能の事実として成立している。同様に、この映画のハッピーエンドは閉じた因果関係の円環構造により絶対的に保証されており、事後的な干渉の心配をする必要はない。

(ちなみに、おそらく数百年単位で先の存在と考えられる本作の未来人たちは、そもそも例え逆行したとしても直接現在に干渉することはできない。逆行している間に寿命が来るからである。寿命の範囲で逆行し、そこで目的を同じくする組織をつくって、再び逆行して、を繰り返せばいつかは辿り着けるが、ハイリスクすぎる。)

パラレルワールドや歴史の修正を許容する一般的な時間遡行の物語では結果を知って動ける未来人に一定の優位があるが、「逆行」という現象により矛盾を解消しているTENETの設定の中ではその優位は退けられる。ニールのいう「時間が前に進んでいる限り、我々に優位がある」である。

「これは美しい友情の終わりだ」
「私にとっては始まりだ」
「この全てが挟撃作戦なのさ」
「誰のだ?」
「君のだよ!君はその中間地点にいる。始まる場所でまた会おう、友よ」

この会話が美しい。
「僕らはすれ違ってなんかいない。端と端で繋がっている」がCV福士蒼汰で再生された方は仲良くしましょう。


もっと細かい部分についてのメモはこちら。


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