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Cheeeeees!〜栗狩と柿泥棒〜(2)

 今朝の母とのやり取りを話すと子狸は、母と同じなんとも微妙な顔をした。
 狸にこんな表情が出来るだなんて初めて知ったと思うと同時に何でそんな表情をされないといけないのかむすっと頬を膨らます。
 彼女と子狸は、町から少し離れた山の裾野にある森に来ている。
 ほんの数十年前までは道が無く人間にはとても足の踏み入れることの出来ない動物だけが住む未開の地であったが今は自然がダメージを受けない程度に開拓され、道も出来た。それでもあまりに危険な森だから立ち入り禁止になっているのだが、今回は母からの依頼と言うことで使い魔である子狸と共に足を踏み入れていた。
「先生、本当にそれ分からないの?」
 子狸は、少し呆れた顔をして言う。
 普段、子狸は、彼女が実習している小学校の一年生と通っている為、彼女のことを"先生"と呼んでいる。

 子狸が彼女の使い魔になった経緯は、また別のお話しで語られている。

 彼女は、眉を顰める。
「貴方には分かるのですか?」
「まあ、話しを聞いていて何となく・・・」
 子狸は、これまた母と同じく視線を空に向けて頬を掻く。
(てか、なんで分かんないんだろう?)
 逆に子狸が困ってしまい、尖った耳が折れしまう。
 彼女は、子狸に食いよってくる。
「教えて下さい!私は彼にどのようにすれば良かったのでしょうか⁉︎」
 切長の目が射抜くように子狸を見る。
 本気で知りたい、教えてほしいという訴えが目の中に浮かんでいるかのようだ。
「・・・何もしない方がいいと思う」
「えっ?」
「友達に言われるのと先生に言われるのだと違うから言わない方が良いと思うよ」
 彼女は、両腕を組んで小さく唸る。
「やはり曲がりなりにも教諭に言われてしまったことがショックだったのですね」
 彼女は、力無く項垂れ、背負ったリュックが小さな肩から落ちそうになる。
 子狸は、慌てて右手を横に振る。
「いや、そうでなくて!」
「?・・・では、どういう?」
 彼女は、首を傾げる。
 本気で分からないという表情を浮かべて。
「教諭とかそういうのは関係なくてね。その子は男の子なんでしょ?」
「そうですよ」
「先生が話しかけると目を逸らして口をモゴモゴさせるんでしょ?」
「ええっあんなに明るい子でも教諭と話すのは緊張するんでしょうね」

 何でこの人は分からないんだろう・・・。

 子狸は、胸中で頭を抱える。
 自分がどう言う存在なのか分かってないのだろうか?
 子狸は、小さくため息を吐く。
「先生・・・」
「はいっ」
「このことはがどんだけ言っても今の先生には伝わらないと思います」
 彼女は、首を横に傾げる。
「私から言えるのは今は彼をそっとしておいて上げて下さい。それが今は1番大事なんです」
「はあ」
 返事は、するもののどこか釈然としてない様子だ。
「それと先生は、もう少し男子の気持ちと自分のことを理解してみましょうね」
 それだけ言うと子狸は、前に向かってスタスタと歩き出す。
 彼女は、子狸の言葉の意味が理解出来ないままその後を付いていった。

 森の奥へと進んでいくと目的のモノはすぐに現れた。
 我が身の存在と強さ、危うさを誇示するかの如き赤茶色の鋭い棘を見せつけてくる。
 子狸は、地面を埋め尽くす大量の毬栗いがぐりに我が目を剥いた。
「すごーい!」
 小学生らしい感想に彼女は、思わず小さな笑みを浮かべる。
「今年は、よく実ったようですね」
「でも、なんで誰も取りに行けないんだろう?」
 子狸たち、野生で生きる動物たちからしたらここは栄養の宝庫だ。立ち入り禁止になってるから入って来れないにしても子狸と同じ狸や狐、熊なんかは取りに来てもおかしくないはずなのに・・・。
「ああっそれはですね・・・」
 彼女は、説明しようとするが、その間に子狸が軽いステップを踏みながら毬栗いがぐりに近寄っていく。
「・・・!危ないですよ!」
 彼女は、慌てて声を掛ける。
 しかし、子狸は笑って「大丈夫、大丈夫」と答える。
「栗なんてよくお母さんと近くの山に拾いに行ってるから慣れてるよ!」
 そう言って綺麗な丸い形の毬栗に視線を定める。
 現在、お父さんが季節の蕎麦として秋の野菜に砕いた栗を塗してかき揚げにした天ぷら蕎麦を開発中だ。
この大きな栗ならきっと美味しいかき揚げが出来るに違いない。
 お父さんの喜ぶ顔を想像しながらニヤニヤと笑みを浮かべ、子狸は、毬栗に触れようとした。

 その瞬間!

 毬栗が地面から投げ出されるように飛び上がった。
「ふひゃあ!」
 子狸は、思わず身体を仰け反らせ、地面に背中をぶつかる。
 飛び上がった毬栗は、そのまま木の幹に突き刺さる。
「痛いよー」
 子狸は、小さな黒い両手で鼻を押さえる。
「大丈夫ですか⁉︎」
 彼女は、慌てて駆け寄る。
 そして子狸の鼻を見る、と鼻の上に小さな茶色の棘が刺さっている。
 彼女は、細い指で棘を摘んでそっと抜いた。
「栗に不用意に近づいてはいけません!」
 彼女は、教諭然とした口調で子狸を窘める。
「いや、ちょっと待って!」
 子狸は、棘の取れた鼻を押さえながら言い返す。
「不用意とかいう以前に栗が今跳ねたよ⁉︎どういうこと⁉︎」
 すると、今度は彼女がきょとんっとした顔になる。
「そりゃここに生えてるのは最高級の栗だから動くに決まってるじゃないですか?」
「・・・・」
 それって魔女の世界だけの常識なのでは・・・と思ったが言葉に出来なかった。
 地面に転がる大量の栗たちが毬栗を爪楊枝で作った足のように不器用に動かしながら彼女と子狸ににじり寄ってくるのが見えたからだ。
「怒らせてしまったようですね」
 彼女は、冷静に言い、リュックを下ろすと、ファスナーを開けて流行りのアニメの絵が描かれた小さなペットボトルを取り出し、1本を子狸に渡す。
 中には緑色の液体が入っている。
「これを飲んでください。一時的にですが栗の毬に対して強くなれます」
「そんなピンポイントな?」
 そういうや否や彼女は、蓋を開けて中身を飲み干す。
 子狸も器用に手を使って蓋を開けて飲む。苦そうな色なのに苺ミルクの甘ったるい味がして舌が誤作動を起こして吐きそうになる。
「全部飲んでください。効果が出ません」
 リュックの中をガサゴソと弄りながら言う。
 その間にも毬栗らはジリジリと2人に迫ってくる。
 子狸は、横目で見ながら我慢して何とか飲み干す。
「あった」
 彼女が取り出したのは赤い毛糸の玉だった。
 毬栗が彼女の顔に目掛けて飛んできて、眉間に見事当たる。
「先生!」
 子狸は、悲鳴を上げる。
 毬栗が地面に落ちる。
 しかし、薬の影響なのか彼女の顔には傷ひとつない。
「質問があります」
 彼女は、子狸の方を向く。
 顔に毬栗がぶつかったことなどなかったかのように。
「ラクロスのラケットに変身は出来ますか?」
「ラクロス?」
 子狸は、首を傾げる。
 彼女は、ポケットからスマホを取り出し、音声検索を掛け、表示された画像を見せる。
 先端の歪な小さな円にネットの張られた細長い棒が映し出されている。
「これです。ネットは入りません」
「出来る」
「お願いします」
 その瞬間、ポンっとクラッカーが弾けるような音と灰色の煙が子狸を包み込む。
 毬栗たちが驚いて一瞬、たじろいだ。
 煙が消えると彼女の手に先端に歪な円のある細長い棒が握られていた。
 ネット無しのラクロスのラケットだ。
 色合いがどことなく子狸の毛の模様になっているが重さ、長さともに通じのラケットと相違ない。
「見事なモノですね」
 この年で高等魔法と言うべき変身の術を使いこなせている。それに長けた一族とは言え並大抵で出来ることではない。
 彼女は、胸中に溢れそうになる小さな嫉妬を抑え、赤い毛糸玉に向かって小さく詠唱する。
 毛糸の先端が蛇の頭のように持ち上がるとラクロスの円の部分に絡みついていく。
 突然のことに子狸が驚いて震えてるのが手に伝わってくる。
「大丈夫ですよ」
 彼女は、優しく語りかける。
 毛糸は、円の部分に縦と横に交差していき、碁盤の目のように甲子に編まれていく。
 そして赤いラクロスのネットへと変化した。
「いい感じですね」
 そう言ってラクロスを構える。
 構え方だけ見るとラクロス選手と言うよりは虫取りの少年のようだ。
 危険を感じた毬栗たちが一斉に飛び出して彼女に襲い掛かる。
 彼女は、飛び交う毬栗を避けながらラクロスを振るう。
 ラクロスのネットに捕らえられた毬栗が勢いのままに吹き飛び、木の幹に突き刺さる。
 幹に突き刺さった毬栗は、すぐに飛び立とうとするが毬栗の先端に付着した糸くずがミミズのように張 這いずり回って、毬栗をがんじがらめにし、幹にそのまま縫い付けられる。
 彼女は、動けなくなった毬栗を見て口の端を吊り上げて笑う。

 その様は、妖艶に美しかった。

 彼女は、ラケットを振るい、飛び交う毬栗を捕獲し続けた。

#ラクロス
#変化

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