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ジャノメ食堂へようこそ!第5話 私は・・・(16)

 ウグイスの平なお腹から盛大な音がラッパのように響き渡る。
 ウグイスは、珍しく恥ずかしそうに頬を赤く染めてお腹を押さえる。
 それに続くようにオモチのお腹から、外にいるアズキから、音こそ鳴らないが家精シルキーも言いづらそうにお腹を押さえている。
「あっ……」
 アケは、思わず声を上げて窓の外を見る。
 いつの間にか太陽が森の木々の背よりも高く上がっていた。
「ごめんなさい……私のせいで」
 アケは、肩を萎めて謝る。
「大丈夫大丈夫……」
 ウグイスは、笑いながら言うがお腹の虫は鳴り響く。
「ちょっとおにぎりもらうね」
「僕も……」
「私もいただきます」
「ぷぎい」
 そう言ってテーブルの上に乗ったおにぎりを手に取って食べだす。
 さすがアケのおにぎり。
 冷めてもとても美味いと全員が絶賛する。
 アズキもオモチに運んでもらって嬉しそうに食べる。
 しかし、アケは逆に申し訳ない気分になる。
 自分を許し、受け入れてくれたみんなにこんな物しか出すことが出来ないなんて……。
(お味噌汁くらい作っておけば良かった……)
 しかし、今から火を起こして準備している間にお腹いっぱいになってしまうだろう。
 どうしたら……。
 そう悩んだ時、とある記憶が蘇る。
 それは遠い記憶。
 アケとナギが一緒に暮らしてた時の話し。
 ……は別腹だね!
 ナギは、無邪気な顔でそう言った。
「別腹……」
 アケの頭の中がぱっと開く。
家精シルキー
 アケの声におにぎりを美味しそうに齧っていた家精シルキーは振り返る。
「なんでございますか?お嬢様?」
「冷所にしまった物を出してもらえますか?昨日拵えた……後ガラスの器も」
「畏まりました」
 家精シルキーが笑顔で言った途端、テーブルの上に軽鉄アルミのボールと花の模様が描かれた洒落た作りのガラスの器が人数分用意される。
 アケは、外に出て調理台からお玉と人数分の木の匙を持って中に戻る。
 アケは、恐る恐るボールの中を覗いて……にっこりと微笑む。
「良し!」
 アケは、お玉でボールの中身を掬い、ガラスの器に入れる。
 それはとろんっと固まった液体のようで、ツツジを連想させるような艶やかな紫がかった桃色をし、表面には赤い粒が星屑のように浮かんでいた。
 ウグイスの緑の目が大きく見開く。
水妖スライム?」
 ウグイスは、猫の額の洞窟などに生息する水のような体型に粘り気のある生き物の名を呟く。
「桜?桃?」
 オモチは、首を傾げる。
「なんて可愛らしい」
 家精シルキーは、赤くなった頬に右手を当て、もう一つの手で器を持ち上げると、それは表面をプルンプルンと波立たせ、可愛さを倍増させた。
「回りについてるのは細かく切った苺でございますか?」
 家精シルキーが訊くとアケは口元を綻ばせて頷く。
 その瞬間、ウグイスがぱっと閃き、両手で器を持つ。
「ひょっとして……昨日の苺と牛鬼アラクネのお乳⁉︎」
 答え合わせするようにウグイスはアケに目をやる。
「正解です」
 アケは、優しく微笑む。
「苺のフルーチです」
 アケの言葉に答えるようにフルーチはプルンッと揺れた。
「フルーチ?」
 三人は、同時に首を横に傾げる。
「お乳に細かく刻んだ苺とお砂糖、そして林檎から作ったとろみを混ぜて作りました」
 そう言ってアケは、三人に木の匙を渡す。
「ご賞味下さい」
 木の匙を受け取った三人はお互いの顔を見合わせ、そして同時に口の中にフルーチを入れた。
 その瞬間、三人の目が大きく広がった。
「なに……これっ」
 ウグイスの緑の目が爛々に輝く。
「口の中でプルプルとニュルニュルが泳いでる!面白い!」
「甘いですねえ」
 家精シルキーが幸せそうにほっぺたに手を当てる。
「水飴とも違う、心が楽しくなるような甘さです」
「苺と林檎だからかな?少し酸っぱいけど……」
 オモチが口をモゴモゴ動かす。
「この酸っぱさが心地良い」
 三人の嬉しそうな顔にアケも嬉しくなりながら大きな器にフルーチを入れてアズキに持っていく。
「助けてくれてありがとうね、アズキ」
 アケは、横たわるアズキの頭を優しく撫でる。
 アズキは、嬉しそうに小さく鳴く。
 アケは、口元に笑みを浮かべてアズキの口元にフルーチを寄せて食べさせた。
 アズキは、一瞬驚いた顔をし、痛みを忘れたように頂戴も言わんばかりに口を伸ばす。
 アケは、愛おしそうにアズキの口にフルーチを運ぶ。
「ジャノメおかわりしていい⁉︎」
 既にお玉でフルーチを注ぎながらウグイスは聞いてくる。
 それが可笑しくてアケは口元を緩める。
「どうぞどうぞ」
 ウグイスは、幸せそうにフルーチにパクつく。
「不思議だね。おにぎり食べたばかりなのにいくらでも入っちゃうよ」
「本当に」
 オモチは、大きく頷く。
「胃が二つ出来たみたいだ」
 そう言って白い毛に覆われたお腹を叩く。
「甘い物は別腹ですからね」
 アケは、和かに言う。
 幼いナギが初めて手作りしたフルーチを食べて嬉しそうに言った姿と言葉が目に浮かぶ。
「ねえ、ジャノメ」
 ウグイスが木の匙を咥えたままアケの元に駆け寄ってくる。
「なんでしょう?」
 アケは、駆け寄ってくるウグイスを見る。手を止めてしまったのでアズキが鼻を擦り付けて催促する。
「ジャノメの本当の名前を教えて」
 ウグイスの言葉に蛇の目が大きく揺れる。
「貴方はここにいていいの。つまり貴方の本当の名前で生きていいのよ」
 ウグイスは、柔らかな笑みを浮かべて言う。
 その後ろでオモチと家精シルキーも、アズキも頷く。
 アケは、蛇の目と唇をきゅっと結ぶ。
 ガラスの器を握り、その表面に映った自分の顔を見る。
 その口がゆっくりと開いていく。
「わ……」
 アケは、躊躇いながら言葉を紡ぐ。
「私は……」

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