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Cheeeeees!〜栗狩と柿泥棒〜(3)

「大量だねー」
 最後の毬栗を赤い毛糸を編んで作った袋に収めて子狸は言う。最初は、巾着袋くらいの大きさだった赤い袋は今や膨らみに膨らみ続けてサンタクロースのプレゼントを収めた袋のようだ。
「一度、目をつけられると全部取らないと治まりませんからね」
 洋服に刺さった棘を抜きながら彼女は言う。
「どうしても大量になってしまいます」
 洋服に棘が残ってないか確認する。
 量販店で買ったので高い服ではないがそれでも穴が空くのは気分が良くない。
「貴方は怪我はありませんか?」
「うんっ先生の薬のお陰で全然。それに物に変身してる間は身体の固さも物に近くなるから飲まなくてもそんなに痛くなかったかも・・・」
「そうですか。大したものですね」
 賞賛するも言葉の端に暗い感情が見え隠れしている。
「いや、先生の方が凄いでしょ」
 何言ってるんだかと言わんばかりに子狸は、腰に手を当てる。
 何せラクロス片手に縦横無尽に飛び交う毬栗を避けながら全て捕まえたのだ。
 並大抵の身体能力ではない。
 オリンピックとは言わないまでも体操とかの大会で何かしらの結果を残すことは出来るのではないかと思わせるほどだ。
「やっぱ2人の言う通り何でも出来るんだね」
 納得するようにうんうんっと頷く子狸に彼女は怪訝な顔をする。
「何でも出来る?」
「うんっ」
 子狸は、笑顔で答える。
「冷たい兄ちゃんとお姉ちゃんが言ってたよ。先生は小学校の頃からとても優秀だったって。成績はいつもトップで運動神経抜群の神童で、中学でも高校でも才女として有名だったって」
 子狸は、目をキラキラ輝かせながら言う。
 期間限定とは言えそんな凄い人の使い魔になれたことが誇らしかった。
 しかし、彼女の表情は曇っていた。
「それは人間の世界での話しでしょう」
 彼女は、聞き取れないくらい小さな声で言う。
 しかし、子狸の耳はそんな微かな声を聞き取ってしまう。
「えっ?」
 彼女は、毬栗の収まった袋を持ち上げる。
「それじゃあ行きましょうか」
 彼女は、口元に笑みを浮かべて言うと肩に袋を担いで歩き出す。
 子狸は、慌てて追いかけようとする、と。

「魔女様」

 どこからか声が聞こえた。
 彼女は、歩みを止めて視線を動かして声の主を探す。
 声の主は、木の木陰の中から現れた。
 赤茶色の毛、身体は、4歳児くらいで小さいのに手足はとても細く、そして長い。少し堀の深い顔は林檎のように赤く、目はごろっと大きい。

 猿だ。

 日本猿が身を屈めてこちらを見ていた。
「貴方は?」
 彼女が声を掛けると猿はさらに身を縮めて地面に額を擦り付けんばかりに頭を下げる。
「お仕事の最中に声をお掛けして申し訳ありません」
 猿は、ただただ平伏して震える声で謝罪する。
 子狸は、唖然とした表情で猿を見た。
 そしてお母さんが言ってたことを思い出す。

 魔女は、とても恐ろしい存在なのよ。
 決して粗相があってはならない。
 もし機嫌を損ねたらどんな目に会うか分からないからね。

 そう言って彼女の元に子狸が向かう度に不安げに送り出していた。

 実際には魔女のおばちゃんは、いつも笑顔で歓迎してくれて手作りの和菓子やクッキーをご馳走してくれたり、彼女は、使い魔とは言っても対価の為のものだからとそんなに危険なことはさせないし、何なら時間をある時は勉強も教えてくれる。
 子狸にとって魔女とはとても不思議で優しい存在なのだ。
 だからお母さんの様子や猿の態度にはどうしても違和感を感じてしまう。
 彼女も怯える猿を見て困惑している。
「私は、魔女ではありませんよ。そんなに怯える必要ことはないですよ」
 彼女は、努めて優しく言う。
 しかし、彼女に声をかけられたことに猿は、さらに身を縮ませて恐縮してしまう。
 魔女ではないと言う言葉も耳に入っていない様子。
「ひょっとして栗を取りすぎましたか?私達も必要分あれば良いのでお返ししますが・・・」
「いえ、滅相もございません!」
 猿は、額を地面に叩きつけるように頭を下げる。
「栗などで良かったら幾らでもお持ちください!」
「では一体何がいけなかったのでしょう?」
 彼女は、眉を寄せて首を傾げる。
「・・・まっ魔女様にお願いがございます」
「お願い?」
 猿は、顔を上げる。
 その表情は、魔女に対する恐怖とそれでも告げなければならないという決意が滲み出ていた。
「柿泥棒を退治して頂きたいのです!」
 猿の言葉の意味が分からず子狸は、首を傾げ、彼女の顔を見た。
 彼女の顔から血の気が引く。
「柿泥棒・・・」
 彼女は、声を震わせて呟いた。

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#短編小説

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