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冷たい男 第7話 とある物語(9)

 病室の扉がノックされる。
 窓の外の景色を見ていた少年は、目を扉に向け「どうぞ」と声を掛ける。
 ゆっくりと扉が開き、入ってきたのはチャコールグレーの手袋を付けた若い男性だった。
 彼が冷たい男と呼ばれているのを少年は知らない。
 ただ、彼が入ってきたのを目を細めて見るだけだった。
 彼は、何重にも包装された色鮮やかなドライフラワーを
抱えて少年に近づいてくる。
「こんにちは」
 冷たい男は、少し緊張したように少年に挨拶する。
 少年は、冷たい男から目を反らし、「こんにちは」と小さな声で言う。
 少年が挨拶してくれたことに冷たい男は嬉しくなり、口元に笑みを浮かべる。
「このドライフラワー、とてもいい香りがするんだけど飾ってもいいかな?」
 少年は、目を反らしたまま何も言わない。
「勝手に飾るよ」
 少年は、何も言わないが、冷たい男はそれを承諾と取った。100均で買ってきたと思われるプラスチックの花瓶にドライフラワーの束を挿した。
 清涼感のある心地よい香りが少年の鼻腔を擽り、筋肉が緩む。
「座ってもいいかな?」
 少年は、何も言わない。
 冷たい男は、勝手に丸椅子に座る。
「具合はどお?」
「悪い」
 クナイのように刹那に返された返答に冷たい男は思わず苦笑してしまう。
 少年は、冷たい男と目を合わそうとしないが、出て行けと言わないのだから受け入れてはくれているのだろう、と話しを続けた。
「"とある物語"は消滅したよ」
 少年の肩が小さく反応する。
「ハンター・・・俺の悪友が言うには"とある物語"は俺の救う糧になって消えたらしい。そのお陰で存在を記された故人の事を遺族は認識することが出来るようになった」
あの後、遺族の1人が葬儀社にやってきて49日法要をやりたいので場所を押さえて欲しいと連絡がきた。遺族は、故人の存在を忘れていたことを忘れて、さも当たり前のように依頼してきた。
 勿論、心よく引き受けた。
「君と遊びの神とやらの契約も無かったことになってるはずだよ」
 少年の拳がぎゅっと握りしめられる。
「あれからその神様から何か接触はない?あっても絶対に答えちゃダメだよ。次が大丈夫とは・・・」
「なんで?」
「ん?」
 少年は、こちらに振り向く。
「なんで僕に普通に話しかけてくるの?」
 冷たい男は、意味が分からず首を傾げる。
 その反応に少年は大きく目を見張る。
「だって・・・僕・・貴方を刺したんだよ⁉︎殺して存在を奪おうとしたんだよ⁉︎なのに・・・」
「殺されてないし、奪われてもいないよ」
 冷たい男は、笑みを浮かべて答え、ジャケットを開いて左胸を見せる。
「傷も治してもらったから跡も残ってない。まあ、ハンターや先輩にはこっぴどく怒られたけど」
 それだけではない。
 異変に気づいた社長が故人の対応をしながら警察と救急車を手配し、少年と冷たい男は病院に搬送された。
 少年は、そのまま入院となり、冷たい男は怪我もなかったので診察と警察からの聴取帰されたのだが今回のことが少女に知られてしまい、警察以上の事情聴取を受け、何故かハンターがはっ倒されていた。
 思えば怒られる謂れなどないのにそれでと謝ってしまうのが冷たい男の人柄だ。
 今回、少年のお見舞いに来ているのも少女には内緒だ。
 バレたら・・・冷たい男は思わず身を震わせる。
「だけど刺したことには変わらない。それなのに・・」
 少年は、シーツを握りしめ、唇を噛み、俯く。
 冷たい男は、言葉を探すように天井を見て、そして少年を見る。
「心臓、調子いいみたいだね」
 冷たい男の言葉に少年は、驚いて顔を上げる。
「ここに来る前に君のお母さんが会ったんだ。ようやく手術の効果が少しずつ出てきてるって」
 冷たい男は、小さく微笑む。
「それは君が頑張ってきた結果だよ。君の頑張りとお母さんや周りの人が支えてくれたからだ。"とある物語"なんて関係ない」
 少年の目が細波のように揺れる。
「確かに君がやったことは許されることじゃないし、共感は出来ない。誰かを犠牲にして得る幸せなんて本当の幸せじゃない。だけど・・・」
 冷たい男は、右手を上げてチャコールグレーの手袋を外す。
 部屋の温度が低くなるのを少年は感じた。
 冷たい男は、少年の飲み掛けのペットボトルに触れる。
 ペットボトルの周りに霜が張り、中身が凍りつく。
「俺もこんな体質だから健康ってわけじゃないのかもしれない。君ぐらいの年の時にそんな誘惑が来たら俺も同じようなことをしていたかもしれない。だから共感は出来ないけど理解は出来る。でも・・・決してやっちゃいけないんだ。誰かを犠牲にした先にあるのは間違えようのない不幸だから」
 冷たい男は、手袋をはめる。
 温度が元に戻る。
「幸い俺の周りにはいい人たちが沢山いる。困った時に助けてくれる人がいる。君の周りにだっているだろう?」
 少年の目が微かに揺れる。
 それだけで誰を思い浮かべたか分かる。
「君のことを支えてくれる人がいる。信じてくれている人がいる。期待に答えろとは言わない。頑張れとも言わない。でも、決して周りの人を、自分を裏切っちゃダメだ。君は・・1人じゃないのだから」
 少年は、何も答えない。
 ただ、俯いて、シーツをぎゅっと握りしめた。
 それだけで今は十分だ。
「また来ていいかな?」
「・・・・いいよ」
 少年は、小さい声で拗ねたように答える。
 冷たい男は、にっこりと微笑み、「また来るね」と言って病室を去った。
 春の暖かさが肌を撫でた。





 ナンダ・・・ツマラナイ・・・。

 マア、イイカ。

 新シイオモチャヲモウ少シ楽シモウ。


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